風呂
姉さんは料理を取り皿に盛り、一口食べる。
「うーん......。美味しい......!」
「あらー嬉しいわぁ」
お母さんは褒められ、とても嬉しそうだ。
「そうだ。いきなりで、しかも、お食事中に申し訳無いんだけど......。縷々ちゃんのことが気になるから、質問とかしてみてもいい?」
「いいですよ」
「英治とは結構年齢が離れているみたいだけど、どこで知り合ったの?」
「私は英治の友達のお姉さん、のお友達で、偶然遊びに来ている英治と出会って、仲良くなりました」
「へぇー。ちなみに、今は大学生なのかい?」
「いえ、もう社会人です。正直、お付き合いするには早すぎると思ったのですが、一線を超えない、お友達ほどの付き合いだったら問題になりにくいと思いまして......」
「そうなのねぇ」
姉さんはペラペラと嘘を言っていく。
そして、俺たちの両親は、それを完全に信じ切っている。
「ちなみに、神谷家についてなんだけど、英治から何か聞いているかい?」
「はい。とても家族が多いと聞いてます。私は一人っ子だったので、とても羨ましいです。......できることなら、神谷家で住み込みでお手伝いとかしちゃいたいくらい......。なんて......」
「本当!? それなら、ここに住んじゃう? そういえば、縷々ちゃんは今は一人暮らし?」
「一人暮らしです。ここの近くにアパートを借りて、一人で住んでます」
「それなら、ここに住んだ方が生活しやすそうだな。空いている部屋も沢山あるし、どうだい?」
「本当にいいんですか......? それなら、お言葉に甘えて......」
「英治もいいわよね? 彼女の縷々ちゃんと一緒に住めるんだから、悪い話じゃないと思うけど......」
「え? い、いいんじゃないか......?」
姉さんには何か考えがあるのかもしれない。
そう思っている俺は、姉さんを受け入れた。
「よし! 決まりね! 引っ越し業者への連絡とかは、私たちでやっておくわ」
「あ、業者は必要無いと思います。私、ミニマリスト気質で持ち物がほとんど無いですし、家電も備え付けの物ばかりなので......」
「あら、そう? それじゃあ、お部屋の準備だけで大丈夫?」
「はい、それで問題無いです。お気遣いありがとうございます」
料理を食べながら、着々と姉さんがここに住む準備が進んでゆく。
姉さんは本気で、実家に戻ってくるつもりのようだ。
そして、両親も姉さんを逃がさないために、徹底的にサポートするつもりのようだ。
「そうだ! もしよかったら、今日は泊っていかない? 時間を気にせず、英治とお話できると思うから良いと思うんだけど、どう?」
「いいんですか? それじゃ、泊まっちゃおうかな......」
「それじゃ、パーティーの後に準備しておくわね」
「ありがとうございます」
「でも、英治と一緒に寝るのはダメよ? この子はまだ子どもだからね?」
「はい、それは絶対に守ります」
こうして、姉さんが今日泊まること、そして、この家に住むことが決まった。
俺と姉さんは、姉弟からカップルという形式に変わり、十年ぶりに一緒に住むことになった。
パーティー後、お母さんが空き部屋の掃除や布団の準備を始めた。
その間、姉さんは俺の部屋に居座ることになった。
「......んぅ? あんまり変わってない......?」
姉さんは俺の部屋をジロジロと見回る。
「......あんまり人の部屋をジロジロするのはやめてくれないか?」
「えーいいじゃん。って、あっ!」
本棚で何かを発見したのか、本棚の前に正座し、一冊の本を手に取る。
「これ、私が読んでた漫画でしょ。懐かしいなぁ」
「ちょ......! 両親に聞こえたらどうするんだ......!」
「あ......。そ、そうだった......。......しかし、懐かしいなぁ......」
姉さんは漫画を開き、ペラペラとページをめくっていく。
「このヒロインの子、すっごく可愛いんだよねぇ。主人公に一途でさ、優しくて、毎日楽しそうで......。私も、こういう生活を送りたかったんだけどなぁ......」
姉さんは漫画を読み進めれば進めるほど、テンションがどんどん落ちていく。
「じ、人生なんて大人になって終わる訳じゃないんだから、そんなに落ち込まなくても......。ま、子どもの俺がこんなこと言っても、説得力は無いと思うけど......」
「そ、そうだよね......! 私はまだ二十五歳! 人生これから! だよね!?」
「お、おう......」
急に元気になり、俺は驚きながらそう答えた。
「おーい、二人ともー」
突然、襖越しにお父さんが俺たちを呼びかけた。
「風呂が沸いてるから、入っちゃったらどうだ?」
「あー、入る入る」
俺が返事をすると、父さんは去っていった。
「それじゃ、一緒に入っちゃお?」
「は!? な、何言ってんだ! 俺はもう十五歳だぞ!」
「......あ、そっか! そうだよね! ......もう、十年経ってるんだもんね」
姉さんが俺と過ごしたのは十年前、五歳と十五歳の時。
俺との生活の記憶がそこで止まっているのから、そんなことを言ってしまったのかもしれない。
「英治、先入る?」
「え? えーっと......」
こういう時は、どうすればいいのだろうか。
女性の後に男性が入るのはいいのだろうか。
逆に、男性が入った後に女性に入ってもらうのもいいだろうか。
どちらにせよ、あまり良くない気はする。
「ど、どうしよう......」
俺はどうすればいいか分からず、パニックになる。
「なーに考えてるの。もしかして、エッチなこと?」
「ち、違っ......!」
「ふふっ。どうせ、どっちが先に入るべきか考えてたんでしょ? 英治のことなんて、なーんでも分かるよ! 先に入っちゃいなよ。私は気にしないからさ」
「じゃ、じゃあ......」
俺は部屋を出て、風呂場へと向かった。
脱衣所でササっと服を脱ぐと、全身が凍える。
「うぅ、寒っ......」
俺はすぐに体を洗い、湯船に浸かって一息つく。
「ふぅ......」
俺は天井を眺めながら、一日の出来事を整理し始めた。
「まさか、本当に姉さんとまた暮らすことになるなんて......」
家に帰る直前までは、正体を両親にバラして追っ払ってもらうつもりだったので、気持ちの切り替えもまだできていない。
本当に、一緒に暮らしても問題無いのだろうか。
「不安だな......」
部屋にいる姉さんのことを思い浮かべながら、将来のことを考える。
このままだと、高校に進学しても姉さんに邪魔されそうで、誰とも付き合えないのだろうか。
「終わりか......? 俺の人生......」
神谷家で無ければ、誰とも結婚しないというのは、別に問題無かったかもしれない。
そういう生き方だって認められたかもしれない。
しかし、ここは違う。
結婚できない、すなわち、追放。
少なくとも、独立できるまでは誤魔化さないと、残酷な目に合ってしまう。
「......ちょっと、別のことを考えよう......」
現実逃避したくなり、別のことを考えることにした。
しかし、姉さんと一緒に暮らすことになった、という出来事の印象が強すぎて、姉さんのことが頭から離れない。
「,.....そういえば姉さん、部屋で一人だけど、何やってるんだろう。まだ漫画でも読んでるのかな......」
俺の本棚には、姉さんが残していった漫画が結構置いてある。
だが、姉さんが残した漫画にはあまり興味が無く、全く読んでいない。
そんな姉さんの漫画と漫画の間には、友達から貰ったちょっとエッチな写真とかを隠してある。
親は本を出してまで掃除をしないし、姉さんの漫画は読まないからうっかり落としてしまうことも......。
「......って、やばいじゃねぇか!」
俺は即座に湯船から出て、ろくに体を乾かさずに自室へと向かった。




