神谷家のルール
ドタドタと廊下を走り、自室へと辿り着く。
襖を勢いよく開けると、姉さんは畳に座りながら、何かをジーっと見つめていた。
「お、終わった......」
見られている。
姉に、恥ずかしい写真を見られてしまった。
「英治? どうしたの、そんなに慌てて......。というか、髪の毛乾かして無いじゃん! 風邪ひいちゃうよ!」
姉さんは立ち上がると、タンスを開けてタオルを取り出す。
そして、俺の頭に被せ、髪の毛を拭き始めた。
「わっ......! じ、自分でやれるって!」
「自分でやれないから、こんな冬なのに髪の毛ビショビショのまま部屋に戻ってきてるんでしょ! いいから、私に任せて」
姉さんは何度も何度も俺の髪の毛を拭く。
十五歳にもなって姉にこんなことをしてもらうなんて、あまりにも恥ずかしいというか、滑稽すぎる。
「......そうだ! 姉さん、さっき見てたのって......!」
「ん? あぁ、これだよ」
姉さんは畳に落ちている紙を手に持ち、俺の前に差し出す。
どうやら、写真は見られていないようだった。
タオルの隙間から、その紙の内容を確認する。
「神谷家のしきたりと、それを守るためのルール......?」
それは、この家の決まりが書かれた紙だった。
母さんが忘れないように、と言い、俺の部屋に置いていったやつだ。
「ここで生活する以上、このルールを守っていかなきゃいけないから、確認して作戦でも立てておこうかなって思って」
「あぁ、そういうことね......」
どうやら、俺が慌てて出てきたのは無駄だったみたいだ。
「久しぶりに読んだけどさ。これ、酷いルールだよね......。最初のルールは何とか守れそうだけど、次も大変そうだよ......」
「そういえば、残りのルールってどんな内容だったっけ......」
俺は目前のルールを守ることに必死になっていて、あとは、現実逃避をしすぎていて、他のルールはあまり覚えていなかった。
今後のためにも、俺はルールの再確認をすることにした。
一.中学三年生で年を越す前に、彼氏、および、彼女が居なければ、義務教育が終わり次第、神谷家から追放する。
これは、俺が破りかけた、そして、姉さんが破ってしまったルールだ。
将来のために恋愛経験を早く積ませる、という意図のルールだと思う。
二.交際中は、月に一回、両親に進捗を報告する。
このルールは、両親が状況を把握するためのルールだろう。
三.必ず大学へ進学をすること
これは、良い職場に就職し、子を育てるための資金を集めるようにするためのルールだと思う。
四.就職先は、必ず現当主が決めた職場にすること
もしかしたら、コネで就職させようとしているのかもしれない。
五.離婚した場合、速やかに再婚すること
離婚してしまっては子は産めないので、早くどうにかしろということだろう。
その他にも、様々なルールがこの紙に記載されていた。
「......相変わらず、気持ち悪いルールだね......。......ホント、何を考えてこんなルールを作ったんだろ。うちのおじいちゃんおばあちゃんたちは......」
このルールは、神谷家の現当主であるひいおじいちゃん、そして、その子どもたちが考案したルールである。
こんなルールをわざわざ作ってまで、神谷家の子を増やしたいみたいだ。
「......でも、良かったね。しばらくの間は、月一回の報告だけしていれば問題なさそうだよ」
「だ、だけど......。報告するってことは、何かしら進捗を求められてるってことだよな......」
例えば、いつ、どこで、どういうところにデートに行った。
お互いどう思い、どのような心境の変化があったか。
それを、両親に報告しなければいけないということだ。
「......改めて読むと、本当に気持ちわ......」
「英治! 縷々ちゃん!」
廊下からお母さんが俺たちのことを呼んだ。
俺は咄嗟に口を塞ぐ。
「縷々ちゃんのお部屋、準備できたわよ! お風呂から出たら、英治に案内してもらってね!」
「あ、ありがと!」
「ありがとうございます!」
俺たちが返事をすると、足音が鳴る。
少しずつ足音が小さくなっていき、聞こえなくなったところで俺たちは安堵のため息をついた。
「しかし、これからどうするんだ? デートプランとか、俺は考えられないぞ?」
「大丈夫、私に任せて! 恋愛経験は無いけど、恋愛知識はあるから!」
姉さんは、握り拳で自分の胸をポンと叩いた。
「知識があるって、姉さんの知識の仕入れどころはあれだろ......?」
俺は本棚の恋愛漫画を指差す。
「......ま、まぁ! 大丈夫だって! 任せて! それより、英治は明日も学校でしょ? 早く寝ないと起きられなくなっちゃうよ」
「あ、そうだ......。勉強もしないといけないし......」
「そっか、受験生だもんね......。それじゃ、私は早く部屋を出てった方がいいね」
姉さんは立ち上がり、部屋の襖を開ける。
「おやすみ、英治」
姉さんはふざけて投げキッスをすると、自分の部屋へと向かっていった。
「はぁ......。しばらく、大変な日が続きそうだな......」
受験勉強に関しては、それなりに勉強すれば受かる、最寄り駅から数駅隣の高校を受けるので、特に問題は無い。
本当は近所の学校を受けるつもりだったが、姉さんのせいで変な噂が広まってしまい、その噂を知っている人と過ごすのが嫌で諦めた。
「......取り合えず、勉強するか」
俺はテーブルの上に勉強道具を置き、勉強を始めた。
それから数時間後。
眠っていた音々が、目を覚ました。
「んぅ......。おトイレ......」
暗い部屋で、音々が目を覚ます。
部屋の明かりをつけ、襖を開ける。
暗い廊下を目を擦りながら歩き、トイレへと向かう。
「......英治は、まだ勉強してるのかな......」
トイレへ向かう前に、英治の部屋に向かう音々。
英治の部屋の襖からは光が漏れている。
「......まだ、頑張ってるんだね......」
音々はこっそりと襖を開け、室内を覗く。
「......って、寝ちゃってるじゃん」
英治はテーブルに突っ伏し、眠ってしまっていた。
音々は英治の部屋にそっと入り、押し入れの襖を開ける。
そして、布団を取り出し、床に敷き、英治を寝かせた。
「すっかり重くなっちゃって......。......十年も経ったもんね......」
英治に布団を被せ、頭を優しく撫でる。
そして、英治の顔に自身の口を近づける。
「おやすみのチュー。......なんちゃって、お姉ちゃんがファーストキスなんて、嫌だよね......」
音々は立ち上がり、部屋の明かりを消す。
「英治、これから頑張ろうね」
音々はそう言い残し、英治の部屋を後にした。




