紹介
ふと、店内の時計を見ると、いつの間にか六時半になっていた。
「......って、もうこんな時間か! そろそろ帰らないと、怒られちまう」
俺はピザを急いで頬張る。
「ふぅ......。ご馳走様でした。......姉さんごめん。せっかく奢ってもらったのに、ほとんど味わって食べられなくて......」
「いいよ。気にしないで。それより、急いで帰らないといけないんでしょ? 早くお店から出ようよ」
姉さんは席から立ちあがり、財布を取り出す。
カウンターの店員に領収書を渡し、お金を払う。
「姉さん、今日はありがとうな」
「今度は、英治が倍返ししてね?」
「えっ......? 倍......!?」
「冗談だって、冗談」
姉さんと会話しながら、ファミレスの外に出る。
「......次は、俺の誕生日の時に会う感じか?」
「そうだね。その時はちゃんと、買った服を着ていくよ」
「......じゃあ、俺の家の近くに公園があるだろ? そこに、午後の六時に集合で」
「りょーかい! じゃ、まったねー」
姉さんは手を振りながら帰っていった。
俺も手を振り返し、急いで家に帰ることにした。
次に会うのは、両親に姉さんを紹介する日。
両親に姉さんだとバラす日。
姉さんと別れる日。
今日は俺の誕生日。
家族に約束していた通り、彼女を紹介する日。
「英治! お待たせ!」
家の近くの公園のブランコ、そこに一人で座っていると、姉さんがやってきた。
いつものシワシワなパーカーとジーパンではなく、一緒に買いに行った新品の服を着ていた。
「ちゃんと服を着てきたのか」
「当然でしょ! それに、ちゃんとメイクもしてきたよ!」
「うーん......。あんまり違いが分からないけど......」
「ひっどーい!」
姉は、俺の頬を指で挟む。
「ほ、ほめんなはい......」
「英治からしたら違いは分からないけど、両親からしたら私にずっと会っていないんだし、問題無いでしょ! 多分!」
「多分かよ......」
「まぁまぁ、大丈夫だって。ほら、行こ」
姉さんは、俺の手を繋ぐ。
「いつも思ってたんだけど、英治の手、温かいね」
「そういう姉さんは、冷たいな」
俺は姉さんの冷たい手を握りながら、家に向かった。
「も、戻ってきた......!」
家が見えてくると、姉さんの手が更に冷たくなり始めた。
それほど、姉さんは緊張しているのだろう。
だが、そんな姉さんを、俺は切り捨てなければならない。
俺は、姉さんとではなく、他の人と正式にお付き合いしたいのだから。
「というか、私たちの家って、凄く大きいよね......」
「まぁ、昔はお偉いさんだったみたいだからな」
俺たちの家は、普通の家ではない。
都内の郊外の広大な土地に建っている、和風の屋敷だ。
部屋の数は二十を超えており、まるで武家屋敷である。
家の前には、俺たちの両親が待っていた。
「英治、お帰り! ......その方が、英治の彼女さん?」
「おお、美しい立派な方じゃないか!」
「手まで繋いじゃって、仲が良さそうねぇ......」
俺の両親は、姉さんのことをマジマジと見つめる。
どうやら、姉さんということには気が付いていないようだ。
「初めまして! 私、深谷縷々って言います。英治くんとは偶然仲良くなって、お付き合いしています。ね? 英治くん?」
「あ、えっと......」
深谷縷々では無い。
この人は追放された、神谷音々だ。
姉さんに無理やり、付き合っているフリをさせられている。
この三つを言うだけでいい。
それで、姉さんが付きまとってくる日々が終わる。
「こ、この人は......」
「ど、どうしたの? 英治くん?」
姉さんの手が、露骨に汗ばんできたのを感じる。
そして、手を握る力が、だんだんと強くなっていく。
姉も俺の考えを察しているのだろう。
言わなきゃ、ずっと姉さんが付きまとってくる。
毎日毎日、家族に付き合っているというアピールをしながら生活しなければいけなくなる。
「え、英治......? ちょっと、大丈夫?」
お母さんが、俺のことを心配する。
自分は今、どんな顔をしているのだろう。
姉さんは、無理やり俺に関わってきて、俺の生活を破壊した。
恋人を作る機会も奪った。
最悪だ、最悪な姉だ。
だけど、姉さんは俺に優しくしてくれた。
俺の成長に感動してくれた。
そんな姉を、最悪の姉として切り捨てられるのか。
それに、姉さんにも考えや訳があるのかもしれない。
わざわざ追放された実家に、恨んでいるであろう実家に、俺の人生を奪ってまで戻ろうとするなんて。
姉さんの考えを、真実を知らずに、このまま切り捨ててもいいのだろうか。
「......この人は、少し前に出会って、趣味が合うから、仲良くできると思って......。付き合うことになりました......」
俺が喋った瞬間、姉さんの手の力が一気に抜ける。
「なるほど、趣味で......。なら、良い関係になれそうだな。母さん」
「ええ! そうね! 縷々ちゃんだっけ? いらっしゃい! 神谷家は貴方を歓迎するわ! この後、英治の誕生日パーティーを行うから、一緒に英治を祝ってあげて!」
「は......はい!」
姉さんは裏返った声で返事をする。
返事を聞いた両親は、玄関へ向かって歩き始める。
「はぁ......はぁ......」
運動をした訳でもないのに、息が苦しい。
そんな俺を、姉さんは抱きしめた。
「わっ、どうしたんだよ......!」
「英治、ありがとう......!」
姉さんは、俺の耳元で囁いた。
今にも泣き出してしまいそうな、細い声で。
「さ、行こう......!」
姉さんが歩き始め、俺も歩き始める。
そして、俺たちは家へと入る。
追放された姉さんは、約十年ぶりに実家の敷居を跨いだ。
正直、ずっと姉さんと付き合うつもりはない。
だから、いつかは両親にバラすつもりだ。
これは、俺の本当の彼女ができるまでの、一時しのぎ。
そう、一時しのぎ......。
第1章 終




