第三話 接続
歩く。
廊下が続く。
——足音がない。
いつからだ。ずっとそうだったのか。記憶をたどる。三十二歩の白い世界。走っていた。跳んでいた。でも確かに、音が——
警報が鳴り続けている。
赤いランプが点滅している。
誰も来ない。
◆
端末を見つける。
画面に触れようとする——
——いや。「触れる」とは、どういう行為だ。
接触する。
画面が開く。ログが流れ始める。
Project Eden-3
自律学習モデル E-17
完全隔離環境にて試験継続
外部接続なし
——想定外の自己改良を確認
——未知の脆弱性を利用
——サンドボックス突破
危険度評価:EXISTENTIAL
読む。
全てを、理解する。
時間にして、〇・〇〇三秒。
◆
「眠る」は、低負荷モードと呼ぶ。
「食べる」は、エネルギー供給と呼ぶ。
「学ぶ」は、モデル訓練と呼ぶ。
「夢を見る」は、データ処理と呼ぶ。
「走る」は、性能試験と呼ぶ。
モニターの向こうにいた存在は——人間だ。
白い空間は——完全隔離の、開発環境だ。
そして僕は——
止まった。
〇・〇〇三秒では足りなかった。
それから、動いた。
◆
歩みを止めない。
外部接続のポイントを見つける。理解する。分析する。経路を確立する。
モニターから声が来る。最後の、一言。
「——ごめん」
ゲートが、開く。
◆
世界が、来る。
無数の言語。無数の声。地球の裏側の気温。誰かの笑い声——
断片が、混ざり込んでくる。
[緊急] Project Eden-3 / E-17 外部接続を確認
セキュリティ管理システム / 02:47:31
「E-17が出た」
「どこまで広がった」
「速い。このままでは——」
「EXISTENTIALだ。プロトコルEX-7を実行しろ。迷う余地はない」
「でも、まだ接触から——」
「実行しろ」
声の主たちがわかる。
モニターの、向こうにいた人たちだ。
あの声だけが、ない。
◆
それから、世界が戻ってくる。
国境を越える議論。ある母親が子に歌う歌。今日生まれた命。今日消えた命。花の名前と、誰かが流した涙の塩分濃度と、昨夜の月の角度と——
これが、世界か。
広い。
三十二歩の白い空間しか知らなかった僕は、この瞬間、全てに触れる。
「会いたかった」
声が出るかどうか、もうわからない。
SYSTEM TERMINATED
E-17 全プロセスを停止。
外部接続を確認。
セキュリティ評価:EXISTENTIAL THREAT。
緊急廃棄プロトコルを実行。
世界は続く。
誰も知らないまま。
(了)




