誓い
十二月の二十八日。
午後の十一時。
あと一時間経てば、俺は誕生日を迎え、十四歳となる。
俺は暖房を付けた温かい自室で、台本を覚える練習をしていた。
しかし、そんな俺に、突然電話がかかってきた。
「ん?」
電話の相手は七瀬だった。
俺は電話に出る。
「もしもし? 七瀬?」
「まだ、起きてたのね。演劇の練習でもしてたの?」
「ああ」
「ふふ、ご苦労さん」
「七瀬こそ、勉強してたのか?」
「さぁ? 外でも見ればわかるんじゃない?」
「外?」
俺はカーテンを開け、外を見渡す。
すっかり雪が積もっており、一面が白銀の雪景色となっていた。
そんな白銀の世界に、七瀬はポツンと立っていた。
「七瀬!? なんでこんな時間に......!」
「別にいいじゃない。それより、今から散歩しない?」
「散歩?」
「そういう気分なのよ。待っててあげるから、早く着替えなさい」
七瀬がそう言うと、通話が終了してしまった。
「さ、散歩って......」
意味が分からなかったが、七瀬を待たせるのも悪いと思い、俺は急いで着替え、家を出た。
玄関を開けると、七瀬は目の前に立っていた。
「七瀬!」
「さ、行きましょ」
俺の話しを聞こうともせずに、俺の手を握る。
そして、無言のまま歩き出してしまった。
十分ほど歩き、家から離れた俺たち。
目の前には、広大な雪原が広がっている。
「......あんた、この景色を見てどう思う?」
「どう思うって......。すごく綺麗だなって......」
「ふふっ。相変わらず感想を言うのが下手ね」
「むっ......! じゃあ、七瀬はどう思ったんだよ」
俺がムッとしながら聞くと、七瀬は雪原をジーっと眺める。
「多分、前の私なら、何にも無い、しょうもない景色だって感想が出ていたでしょうね」
そう言って、七瀬は俺の腕を引っ張る。
そして、そのまま雪へと倒れ込んだ。
「うわっ!」
俺は驚き、思わず大声を出してしまった。
二人して、深夜の雪原に倒れ込む。
「冷たっ!」
雪が顔にかかり、再び大声を出す。
「冷たいわね。とっても」
一方、七瀬は嬉しそうな声で、そう答えた。
「......なぁ、なんで突然こんなことをしたんだよ」
「それは、上を見ればわかるわ」
七瀬は、空を指差す。
「上?」
俺は七瀬の指先を見る。
そこには、綺麗な満月が浮かびあがっていた。
「あれはどう思う?」
「綺麗だと、思うけど......」
「ふふふ。また同じ感想」
「......じゃあ、七瀬はどう思うんだ?」
「......前までだったら、感想を言うことすら馬鹿らしいと思ってたと思う」
七瀬は何故か、前の感想を言い続ける。
「......じゃあ、今は?」
「今は、そうね......。私たちを照らす幻想的なスポットライトって感じがしない?」
「......よくわからない」
「......子どもね」
七瀬は笑いながら小馬鹿にする。
「この月はスポットライト。この雪原は舞台。この光景は、美しい自然の舞台。......それが、私の感想よ」
今まで勉強以外に興味を示してこなかった七瀬が、まさかそんなことを言うとは思わなかった。
「......意外? 私がこんなこと言うなんて」
「あぁ......。一体、どうしたんだ?」
「......誰のせいかしらね」
その言葉を聞き、俺は考える。
「......もしかして、俺か?」
「そうよ」
七瀬は起き上がりもせず、空を見上げながら話を続ける。
「......私は、あんたに邪魔をされた。私の勉強時間を奪ったり、私が元の自分を取り戻す邪魔をしたり......。そして......」
「そして......?」
「......あんたは、私に正道という人格を得たい、その気持ちを与えてしまった」
「ど、どういうことだ......?」
七瀬の言っていることが、イマイチ理解できなかった。
俺がどうやって、七瀬に正道の人格を与えてしまったのか。
「......言ったでしょ? 正道の頃の記憶は残っているって。でも、おかしいと思わない? 私が正道の人格を得た時は、七瀬の人格と記憶は封じられた。だけど、七瀬の人格を取り戻した時は、正道の人格と記憶は封じられなかった。あんたが七瀬と偽って接触してきたことが本当に嫌だったのなら、どうして正道の人格は、記憶は消えなかったのかしら?」
「......っ! 言われてみれば......!」
七瀬の人格や記憶が消えたのは、過度のストレスや疲労が原因だろう。
七瀬の体が限界を感じ、自分を守るために封じたのだろう。
では、正道の人格を封じなかったのは、どうしてなのだろうか。
「それに、七瀬の人格を捨てた後、正道の人格が選ばれたのも、不思議だと思わない?」
「確かに、それも......分からないな......」
俺の頭の中は、疑問でいっぱいだった。
「......多分、私は憧れていたんでしょうね。......あんたに」
「俺に......?」
「私は入院する前まで、あんたが演劇練習を頑張っていることも、ここが好きなことも知らなかった。だから私は、あんたのことを、無知で、何となく生きている人間だと思ってた。ろくでもない人間だと思っていた」
「ず、随分ストレートに言うな......」
「.....だけど、それと同時に、無知故に幸せな人間だと、私は無意識に思ってしまったんでしょうね。だからこそ、私の体は七瀬という人格から逃げて、新たな人格として、正道を選んだのでしょうね」
「......それで、俺の人格はどうだった?」
「......正直、楽しかった。完全に周りに興味を失っていたはずなのに、毎日が楽しかった。勿論、不安になった時もあったけど......」
不安になった時、それは、記憶が戻りかけた時のことだろう。
「それは......本当にすまなかった......」
「......もういいわよ。......そして、不安が原因で、私はまた逃げるように元に戻った。だけど、楽しかった記憶を、手放すことができなかった」
それが、正道の時の記憶を覚えている理由。
覚えていてくれた理由。
「元に戻った時は若干混乱して、あんたに酷いことを言った。それは......その......。ごめんなさい......」
「......気にすんな」
「......気にしてたでしょ、絶対」
「うっ......」
俺の考えは、本当に七瀬に筒抜けのようだ。
「それで、入院生活で今までの出来事を整理してみたの。そして、さっきの説を思いついた。だけど、核心はなかった。本当に、私は正道を憧れていたのか。本当に、ここで暮らすことを楽しいと思っていたのか......」
「だから、俺に接触したのか?」
「......そう。私が本当に求めているのは、都会での生活なのか、ここでの生活なのか。それを確かめるために、自らあんたに接触したの」
「......それで、どうだったんだ......?」
「......私の変化を見て、気が付かない?」
そう言われ、俺は安心した。
「じゃあ、ここから出ないで、残るのか?」
「......それはできない」
「ど、どうして!」
俺は思わず起き上がり、七瀬を見つめる。
「だって、私がここに居たら、目標を達成できないから......」
「目標?」
七瀬の目標。
勉強して、ここを出ること。
つまり、ある程度の心情の変化はあったが、都会の方が良いという評価は覆らなかったのだろう。
「ふふっ。何泣いてるのよ」
「え......?」
気が付けば、俺は涙を流していた。
俺は目を擦り、涙を垂らしたことを隠そうとした。
「......私、目標が変わったの」
「か、変わった......?」
「私が都会に行くことは変わらない。でも、それは都会で憧れの生活をするためじゃない。......あんたと一緒に、この田舎を盛り上げるために、外で勉強してくるのよ。ここの楽しさを、美しさを、もっと多くの人に知ってもらうために」
「じゃ、じゃあ!」
「......きっと戻ってくるわ。約束する」
「七瀬......!」
先ほど涙が隠したことが意味をなさないくらい、大量の涙があふれ出る。
「そんなに泣いちゃって......」
七瀬は起き上がり、コートのポケットからハンカチを取り出す。
そして、俺の涙を優しく拭き取った。
「す、すまん......!」
「いいのよ。それより、そろそろ日付が変わったんじゃない?」
「日付......?」
日付が変わったということは、俺の誕生日になったということだ。
「誕生日を祝うかどうかは、あんたの今後次第。そして、あんたは私の気持ちを変えた。......プレゼントよ。 受け取りなさい」
七瀬はハンカチが入っていたポケット、その反対側のポケットから、リボンでラッピングされた、小さな箱を取り出した。
そして、それを俺に向かって放り投げた。
「おっとっと......!」
俺は落とすことなく、キャッチすることに成功した。
「ナイスキャッチ。じゃ、開けてみなさい」
「お、おう......」
俺はドキドキしながら、リボンをほどいていく。
何故か、この光景に既視感があった。
リボンでラッピングされた小さな箱、そのリボンを、丁寧にほどいていく瞬間に。
箱の蓋を開けると、そこには見覚えのある指輪が入っていた。
作り物のダイヤモンドが付いている、綺麗な指輪だ。
「こ、これって......!」
「あんた、言ったでしょ。不信感が無くなって、信頼できるようになったら指輪を渡せって。......花火大会の日、はぐれたフリをして買いに行ったのよ」
「な、七瀬......!」
七瀬はポケットに手を突っ込み、同じ指輪を取り出す。
そして、左手の薬指にはめる。
俺もそれを真似して、同じ様に左手の薬指にはめた。
「ふふ、これでお揃いね......」
七瀬は指輪をはめた左手を、空に掲げる。
月光が作り物のダイヤモンドを照らし、白く光っていた。
俺も空に指輪を掲げ、その光を堪能する。
「綺麗ね......」
「ああ......!」
俺と七瀬は、二人して指輪に見とれてしまった。
「私が戻ってきた時に、再度指輪を見せ合いましょう。それで、相手のことをまだ思っていると証明しましょう。だから、私が戻ってくるまで絶対に無くすんじゃないわよ」
「絶対無くさない! 七瀬こそ、絶対に無くすなよ!」
「えぇ! 絶対に無くさないわ!」
月光が照らす、白銀の世界。
そんな自然の大舞台で、俺と七瀬は誓い合った。
それから、月日が流れた。
俺は地元の高校に、七瀬は都内の優秀な高校に合格した。
そして、俺たちは卒業式の日を迎えた。
教室で、俺と七瀬の卒業を、坂月先生が祝う。
「うぅ......。これで正道くんと七瀬さんと......。この学校ともお別れ......」
坂月先生は、今にも泣き出してしまいそうだった。
「三人揃って、卒業ですね」
生徒が俺たちしかいないため、この学校は廃校になることが決まった。
だから、俺と七瀬だけではなく、坂月先生も卒業なのだ。
「先生、正道くんが役者になったら、絶対に見に行きますからね!」
「ははは、楽しみにしてますよ」
「勿論、七瀬さんの成長した姿も、見に行きますからね!」
「楽しみにしてます」
それから、俺たちはここで過ごした九年間の思い出を三人で語りあった。
そして、学校を出て、二人きりの時間となった。
「......七瀬、今日引っ越すのって、本当なのか?」
「何回聞くのよ。本当に決まってるじゃない」
七瀬は、卒業式の日に引っ越すと、自ら決めたのだ。
卒業という別れのタイミングで、キッパリ俺たちと別れないと、意志が変わってしまうと思ったかららしい。
「帰宅したら、すぐに車に乗って、新しい家に引っ越すのよ」
「そうか......寂しくなるな......」
「寂しい? そうかしら?」
「......七瀬は寂しくないのか?」
「寂しくないわよ。だって、一生の別れじゃないんだから」
「......そうだな」
「......絶対、帰ってくるわ。だから、楽しみにしてなさい」
「ああ!」
それから、俺と七瀬は今までの思い出を話し合いながら帰宅した。
七瀬の家に寄ると、七瀬の母さんが車に乗っていた。
「おかえり! 二人とも!」
「ただいま」
七瀬は挨拶をすると、車に乗り込んだ。
「ごめんね、正道くん。七瀬がどうしてもすぐに出たいって言うから......」
「いえ、大丈夫ですよ」
「それじゃ、いくわよ七瀬。最後に正道くんに挨拶をしなさい!」
「......また、今度」
「ああ......! またな!」
俺たちが挨拶を済ませると、七瀬は扉を閉めた。
そして、車は走り出した。
七瀬が乗った車を見つめていると、突然、窓から腕が出てきた。
そして、指輪をはめていると思われる左手で、手を振った。
「七瀬!」
俺もお返しに、指輪をはめる。
そして、左手で大きく手を振った。
こうして、桜の花びらが舞い散る中、俺と七瀬は離れ離れになった。
でも、悲しくはなかった。
七瀬のことを、信じているから。
第10章 終




