幻のような現実
数年の時間が流れ、俺は大人になった。
俺は無事に劇団員となり、毎日厳しい特訓を行っていた。
一方七瀬は、不動産屋に就職したらしい。
理由は、地元に劇場を作るためだという。
俺が独立し、活動する拠点を、七瀬が建てたいと思ったからだそうだ。
更に数年後。一人前になった俺は、独立して小さな劇団を立ち上げた。
その連絡を受け、七瀬は地元へと帰ってきた。
かなり久しぶりの再会。
勿論、俺と七瀬が最初に行ったのは、指輪を見せ合うことだった。
そして、俺たちは再び、付き合うことになった。
それから、七瀬はふもとの街の土地を確保し、俺と共に劇場を建てることになった。
資金は、俺と、一緒に付いてきた劇団員、そして、七瀬と協力して用意した。
本当は実家の近くに建てたかったが、流石に売り上げやアクセスの観点から却下になった。
だが、地元を盛り上げるという目的と、七瀬に帰ってきてもらうという目標は達成できた。
だから俺は、大人気なく泣いて喜んでしまった。
夜十一時、ふもとの街の劇場にて。
俺と七瀬は二人きりで、明日から営業開始する劇場のステージに上がっていた。
「本当に立派な劇場だよなぁ......。本当に、俺がこんなところを使っていいのか?」
「いいのよ。私が好き好んで、できるだけ良い舞台を用意してあげたんだから。気にせず使いなさい。良かったら、」
有名な劇場と比べると、座席数は圧倒的に少なく、天井も低い。
だが、それでも俺が主導の演劇をしていいのか、と疑問に思うくらい、立派な劇場だった。
「ねぇ、良かったら私で、最後の予行演習をしない?」
七瀬はそう言うと、俺の手を取った。
「ほら、一緒に踊りましょ?」
「いいけど、振り付けは分かるのか?」
「分かるわよ。仕事の合間、何度もあんたの演技を見ていたんだから。だから、ほら」
「ああ!」
俺は七瀬の手を引いた。
そして、一緒に踊り始めた。
誰も居ない、深夜の劇場。
そんな中、俺と七瀬、二人だけで踊っている。
「俺、幸せだよ......! 夢を叶えられて......!」
「ふふふ。私も同じよ。私も幸せ......」
だが、七瀬の様子がおかしい。
体が震えており、まるで、何かに怯えているようだ。
「ど、どうしたんだ!?」
「本当に、幸せすぎて......。これも幻なんじゃないかって思っちゃって......!」
七瀬の震えが、次第に大きくなる。
「私はまだ、診療所のベッドの上で寝ていて、幻を見ているんじゃないかって思ったら、震えが......。だって、こんなに都合が良くて、幸せで......。おかしいわよ......! こんなの......!」
七瀬の体から力が抜け、崩れ落ちそうになる。
しかし、そんな七瀬の体を、俺はしっかりと抱きしめた。
「幻なんかじゃない! 俺も、七瀬も、幻なんかじゃない!」
そう、幻なんかじゃない。
この世界は勿論、俺も幻ではない。
七瀬だって、幻ではない。
俺の彼女は、幻ではない。
「俺も七瀬も、現実世界に足を付けて、立っている! 俺も! 七瀬も! ちゃんとここに居る!」
その言葉が響いたのか、七瀬の体に再び力が入る。
そして七瀬は、涙を輝かせながら、俺に笑顔を見せた。
「......ふふっ。杞憂だったみたいね」
七瀬は俺の腕を引き、ダンスを再開する。
七瀬のダンスは先ほどよりもキレが良くなっていた。
その様子が、七瀬の不安を払拭したことを示していた。
「......それで、本来だとこの後はプロポーズのシーンよね......」
「ああ......」
俺は、舞台に跪く。
そして、ポケットから箱を取り出した。
「......演技だとしても、緊張するわね......」
「演技? これは演技なんかじゃない。勿論、夢でも、幻でもない」
「え......?」
俺は、箱を開けた。
すると、七瀬は口に手を当て、驚いた。
「それ、本物の......!」
「七瀬、俺と結婚してくれ......!」
この指輪は、偽物の指輪じゃない。
本物のダイヤモンドが取り付けられた、正真正銘、本物の結婚指輪。
「ま、正道......! うん......。うん......! 結婚しよう......!」
七瀬は指輪を手に取り、左手の薬指にはめた。
それを、あの時の様に、スポットライトに照らして眺める。
これは、夢でも、幻でもない。
幻のような美しい現実で行われた、本当のプロポーズだ。
俺の彼女は幻かもしれない 終




