花火大会当日
八月の中旬、今日は花火大会の日。
「べ、別に浴衣なんて買わなくて良かったのに......」
俺は、半ば強制的に母さんに浴衣を着させられた。
母さんが勝手に買ってきた、紺色の浴衣だ。
「せっかくの思い出作りなんだから、普段の服じゃなくて、浴衣で行きなさいよ」
「べ、別に毎年やるんだし......」
「だって、来年から受験でしょ? この時期に勉強漬けの七瀬ちゃんが、花火大会に着いてきてくれると思う?」
母さんの意見はごもっともだ。
来年も七瀬が来るとは、到底思えない。
「さ、うちわを持って、いってらっしゃい。七瀬ちゃんのお母さんが送って行ってくれるんでしょ?」
俺は母さんにうちわを持たされた。
「あ、もうこんな時間。ほら、早く家の外に出て、七瀬ちゃんを出迎えて上げなさい」
背中を押され、家の外に出た。
それから少し待つと、七瀬の母さんの車がこちらへ向かってきた。
車は家の前で止まり、七瀬の母さんが車から降りる。
七瀬はいつも通り、助手席に座っていた。
七瀬の性格から予想は出来ていたが、浴衣ではなく、私服だった。
「正道くん。七瀬を花火大会に誘ってくれてありがとね。この子、ここ最近も結構勉強してたから、いいリラックスになると思うわ」
七瀬の母さんが後部座席のドアを開ける。
「さ、乗っちゃいなさい」
「あ、ありがとうございます」
俺は車に乗り、シートベルトを着用する。
七瀬の母さんがドアを閉めると、運転席に戻り、会場へと向かって走りだした。
二時間ほどかけて山を下り、祭り会場の近くの駐車場に停車した。
「それじゃ、私はここで待ってるから。九時までにはここに戻ってくるのよ? あ、あと、離れ離れになったら、ここに戻ってらっしゃい」
「はい」
俺は七瀬と一緒に会場へ向かおうとするが、隣に居なかった。
俺が七瀬の母さんを聞いている間に、七瀬は一人で歩き始めてしまったようだ。
「お、おい! 待ってくれよ!」
俺は、七瀬を見失わないように追いかけた。
「なぁ。一人で勝手に行きたくなるほど、来たかったのか?」
「......別に」
「......行きたい店とか、あるのか?」
「......特に」
「まぁ、七瀬は花火大会とか行かないもんな......。よし! それじゃ、俺が案内してやる!」
正直、この祭りに最近来ていないので、どのような店があるかは分からないが、七瀬よりは詳しいだろう。
「ほら、行くぞ」
俺ははぐれないように、七瀬の手を握ろうと手を伸ばしたが、手を止めた。
無理に繋ぐのは良くないと思ったからだ。
しかし、俺のそんな不安は杞憂だった。
七瀬が自ら手を伸ばし、俺の手を握った。
「え......」
「......案内するんでしょ? 早く案内しなさいよ」
七瀬の表情と口調はいつもと変わらず、冷たいままだった。
しかし、俺のことを信頼し、手を握ってくれている。
「......ああ!」
俺は七瀬の手を握り、一緒に歩き始めた。
田舎の街とはいえ、祭りなので人は多かった。
俺は七瀬とはぐれないように、手をギュッと握っていた。
「......人多すぎ」
「嫌そうだな......」
「......でも、慣れなきゃ。私は将来、都会にいくんだから」
苦しそうな顔をしながらも、俺に付いてくる七瀬。
長時間歩くのも七瀬の負担になりそうなので、どこかの店に寄ることにした。
「あ、スーパーボールすくいだってよ。やってみないか?」
「......嫌。子どもっぽいし」
「まぁまぁいいから」
俺は七瀬の手を引き、スーパーボールすくいの屋台へ向かった。
「いらっしゃい! ポイ三本で三百円ね」
俺は財布から百円玉三枚を取り出し、店員に渡した。
「はい、三百円ちょうど! どうぞ!」
俺は店員からポイ三本とボール入れを受け取り、ポイ二本とボール入れを七瀬に渡した。
「......こんなのですくえるの? これ、詐欺じゃ......」
「いいからいいから! 取り合えずやってみろって!」
店員に聞かれないように大声で遮り、やってみるように促した。
七瀬は水に浮かぶボールを眺め、小さい物を狙った。
まずは、小さいものでどのくらい耐えられるかを試すつもりなのだろう。
慎重に水面に近づけ、そーっとボールにポイを近づける。
そして、勢いよくすくい上げた。
しかし、勢いが強すぎたのか、ポイが破けてしまい、ボールは水に落ちてしまった。
「......はい」
七瀬は俺にポイとボール入れを押し付けた。
「も、もうやらないのか?」
「......手本見せなさいよ」
「よ、よーし......!」
俺は七瀬にいい所を見せるために、大きいボールに目を付ける。
「はっ!」
なるべく破けないように、慎重に、かつ、大胆にボールをすくい上げる。
結果は当然、破けてボールが落ちた。
「プッ......!」
その瞬間、七瀬が笑ったような気がした。
俺は急いで七瀬の顔を見るが、七瀬の顔は真顔だった。
「......全然ダメじゃない」
「く、くそー!」
俺はやけくそで、小さなボールを狙った。
恥を捨て、とにかく成果を得ることだけを考えた。
「......だから言ったじゃない。詐欺だって」
「うぅ......」
小さなスーパーボールですら取れることはなく、俺たちは無駄に三百円を消費してしまった。
「ま、まぁ気分転換で......。綿あめでも......」
「綿あめって、砂糖しか使ってないのに、数百円も払わされるやつ?」
「そ、そんなこと言うなって......! じゃ、じゃあ......」
「それより、あれはどう?」
七瀬が指差したのは、焼き鳥の屋台だった。
「焼き鳥ならそんなに高くないから、味付けが悪くてもガッカリしにくいんじゃない?」
七瀬は俺の手を引き、焼き鳥の屋台へと向かった。
「いらっしゃい。お、二人とも、カップルかい?」
「チッ......」
「......カップルじゃ、なさそうだな。まあいいや。何にする?」
「もも、塩、一本」
「あいよ」
七瀬がお金を渡すと、店員は焼き鳥に火を通し、七瀬に渡した。
「ここに居ると邪魔になるから、向こうに行ってるわね」
七瀬はそう言うと、列から外れた。
「あ、俺はかわ、タレで一本ください」
「了解」
七瀬の時と同じ様に、焼き鳥に火を通そうとしていた。
だが、一本だけではなく、三本も焼いている。
「あ、あの。注文は一本だけで......」
「......君、ツンツンした子と一緒で大変そうだからさ。おまけしてあげるから、これも食べて仲良くしな」
店員が小声でそう言うと、コッソリ焼き鳥をおまけしてもらった。
「あ、ありがとうございます」
「ほら、早く追いかけてあげな」
俺は急いで七瀬の元へ向かおうとした。
しかし、辺りを見渡しても、七瀬の姿はどこにもなかった。




