激突
俺たちはそんな青空の下を歩き、帰宅した。
靴を脱いでいると、母さんが誰かと話をしている。
仕事の話でもしているのだろうか。
「ただいまー」
俺は邪魔してしまわないように、小声で帰宅したことを伝えた。
母さんからの返事は特に無い。
「......お邪魔します」
「えっ!?」
しかし、七瀬が挨拶をすると、母さんの驚きの声と共に、様々な物が落ちる音が聞こえてきた。
「あっ......! す、すみません! 虫が飛んできてしまって......。すみません、追い払うので、少々席を外しますね......」
母さんが通話相手にそう言い、部屋から出てきた。
「な、七瀬ちゃん......。ひ、久しぶりね......」
「......お久ぶりです。それと、倒れてしまってから、色々迷惑をかけてしまって、申し訳ありません」
七瀬は、俺の母さんに頭を下げる。
「い、いいのよ。色々動いてたのは正道の方で、私は七瀬ちゃんのために何かしてた訳じゃないから......」
「......そうですか」
「あ......そうだ。良かったらお菓子でも食べていかない? 正道の部屋に居れば、後から持って行ってあげるからさ」
「......ありがとうございます。では、お言葉に甘えて......」
七瀬はお辞儀をし、俺の部屋へ向かう。
「ほら、あんたも早く」
「お、おう......」
俺の部屋へ向かう七瀬に続き、俺も自室へ向かった。
七瀬が俺の部屋の扉を開けると、部屋を見渡す。
「前と同じ、殺風景な部屋......」
「あぁ、それは......。俺が正道だってバレないようにするために、私物を全部片づけたからな......」
「......あなたの物は、どこにあるの?」
「え? 押し入れだけど......」
演劇関連の物や好きな物、それら全てを、押し入れの奥にしまい込んだのだ。
七瀬の記憶が戻った後も、七瀬に拒絶された悲しみから、元に戻すのを忘れていたのだ。
俺が押し入れに私物をしまい込んでいることを伝えると、七瀬は無言で押し入れを開ける。
そして、四つん這いになり、ガサゴソと中を漁りだした。
「な、何するんだ......?」
「何って、元に戻すのよ。手伝ってあげる」
「べ、別にいいって......」
「......これはあんたの部屋じゃない。あんたが演じた、七瀬の部屋でしょ?」
「......え?」
「私は七瀬という人格を失って、正道になった。そして、あんたは正道を捨てて、七瀬になった。でも、今の私は正道の人格を捨てて、元に戻った。だから、あんたも七瀬を捨てて、元に戻れ......。戻りなさい。お互い、幻を見るのはもう終わりよ」
「......分かったよ」
俺はスマホを机から持ってきて、七瀬の隣に座る。
そして、ライト機能で中を照らした。
「そこの奥の方......。段ボールの裏側に、色々置いてある」
「ここね......」
七瀬は段ボールをどかし、帽子やポスターを取り出していく。
「......ん?」
七瀬は何かを見つけたのか、押し入れの奥に入っていく。
そして、レッサーパンダのぬいぐるみを手に取り、俺に渡してきた。
「これもあんたの?」
「あ、ああ......」
昔、演劇を見に行ったついでに寄った動物園で、お土産として買ったぬいぐるみだ。
「ふん。あんたも可愛らしいところがあるのね」
「い、いいだろ別に......」
「さて、こんなもんかしら......」
七瀬は後ろに下がり、立ち上がろうとした。
すると、七瀬の頭頂部が、上の段に激突してしまった。
ゴツン、という鈍い音が聞こえた。
「......っつ~!」
七瀬は両手で頭を押さえ、うずくまる。
「だ、大丈夫か......?」
数秒ほどプルプルと震えてから、七瀬は頭を上げた。
「......大丈夫よ」
口ではそう言っているが、顔は涙目で、どう見ても大丈夫じゃなさそうだった。
「大丈夫じゃないだろ! 今、頭冷やす物持ってくるから待ってろ!」
俺は立ち上がり、キッチンへと向かった。
キッチンに入ると、勢いよく冷蔵庫を開け、氷を探す。
しかし、冷蔵庫の中にちょうど氷が無く、保冷剤しかなかった。
「仕方ない......。これで......」
キッチンから出ると、誰かにぶつかった。
「きゃ......! 正道、どうしたの! そんな勢いよく飛び出して!」
「七瀬が頭ぶつけちゃって......!」
「あら、大変!」
「ぶつけた部分を冷やした方がいいだろうから、保冷剤借りてくよ!」
俺は母さんにそう伝え、部屋へと急いで戻った。
扉を勢いよく開け、椅子に座っていた七瀬に保冷剤を渡す。
「大丈夫か!? こぶとかできてないか!?」
「ち、小さいやつができただけだから......。たいしたことない......」
「と、取り合えずこれで冷やしとけ!」
俺は七瀬に保冷剤を渡す。
「......ありがと」
七瀬は保冷剤を受け取り、頭頂部にそっと押さえつけた。
「......私、人に迷惑かけっぱなし......」
「......急にどうしたんだよ。そんなに弱気になって」
「なんでもない......」
「......そうか。......ぶつけたところは大丈夫か?」
七瀬は、無言で頷いた。
俺は一安心し、大きなため息をついた。
疲れてしまった俺は、ベッドに腰を下ろした。
「七瀬ちゃん、大丈夫?」
母さんが、俺の部屋の扉を開ける。
「は、はい......。大丈夫......です......」
七瀬は申し訳なさそうに、小声で返事をした。
「そう、良かった......。でも、心配で七瀬ちゃんのお母さんを呼んじゃったから、お母さんと車で一緒に帰ってね?」
「はい......」
「それじゃ、七瀬ちゃんも大丈夫そうだし、お菓子持ってくるわね」
母さんは部屋の扉を閉め、キッチンへと向かった。
「......そうだ。部屋の片づけを......」
七瀬は、頭頂部を抑えたまま立ち上がる。
「い、いいって! 今日は休んどけ!」
俺も立ち上がり、七瀬の肩を抑え、椅子に座ってもらった。
七瀬が椅子に座ると、俺も再びベッドに座る。
それから、しばらく無言の時間が続いた。
途中、母さんがカステラと麦茶を持ってきて、そこでお礼を言ったくらいで、ずっと無言。
お菓子を食べる時も、お茶を飲む時も無言。
しばらくすると、外から車の音が聞こえてきたので、七瀬の母さんが迎えにきたのだろう。
七瀬は保冷剤を机の上に置き、立ち上がる。
「......今度、私の家に来なさい」
「ど、どうして......?」
「......今日、迷惑をかけたからお詫びをしてあげる」
七瀬は鞄を持ち、頭頂部を手でスリスリと撫でながら、部屋から出ていった。




