青空の下で
午前の授業を終え、昼食を食べ終え、昼休みとなった。
ふと、七瀬のことを見ると、黙々と勉強をしていた。
「......なぁ、七瀬。都会のいい学校に行きたいからって、そこまで勉強をする必要はあるのか?」
ここから出るために高校に合格することが目的なら、合格基準に達すればいいだけのはずだ。
頭が悪いということも無いのに、どうしてここまで過剰に勉強をするのだろうか。
「......私が高校や大学だけを考えて勉強してるとでも思ってるの?」
そう言うと、七瀬は自分の鞄を漁り始める。
そして、本を数冊取り出し、机の上に置いた。
「経営に、投資に......。七瀬、こんなことまで勉強してるのか......?」
「当り前でしょ。学校の勉強ができるからって、社会で生きていける訳じゃないんだから」
俺は何となく、一冊の本を手に取った。
何度も読んだのか、表紙はシワシワになっていた。
そして、ページの至る所に、メモ書きや付箋。
「受験勉強だけじゃなくて、将来を見据えた勉強をしないといけないから、私はずっと勉強し続けているのよ」
七瀬は俺が持っていた本を奪い、机の本と一緒に鞄へ入れる。
「ここを出て、大手に入社して、独立して、会社を建てて......。それが私の人生の目的......だったけど......」
「だった、けど? 今は違うのか?」
「......いや、違わないけど......」
何か言いにくいことでもあるのか、七瀬は口をモゴモゴとさせる。
「と、取り合えず、勉強の邪魔になるから、一旦離れて。あなたは、私が呼んだ時だけ話をすればいいの」
七瀬は俺のことを手でシッシッと追い払い、勉強を再開した。
(なんかもう、良く分からないな......)
これ以上考えても、七瀬がどう思っているのかなど、分からないような気がしてきた。
だから、七瀬が思いを話してくれることを、俺はただ待つことにした。
午後の授業を終え、放課後となった。
帰宅する前に荷物を整理していると、七瀬が俺の机の前に立った。
「ねぇ。今日あんたの家に寄ってもいい?」
「え......? 別にいいけど......。何の用だ?」
「......あんたのお母さんにも、迷惑をかけたかもしれないから......。入院直後、気を失ってる時とか......」
「いや、そんなに迷惑はかかってないけど......」
「いいから」
七瀬は強い口調でそう言うと、鞄を持って教室から出た。
「あんたも早く来なさい。置いて行くわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
俺は慌てて立ち上がり、鞄を肩に掛け、七瀬を追いかけた。
廊下を走り、早歩きで帰ろうとする七瀬に追いつく。
七瀬は本を読んだまま歩いており、話しかけることはできなかった。
俺は七瀬の隣に立ち、そのまま会話をせず、帰宅することになった。
と、思われたが、校門を通過したあたりで、七瀬は視線を上げ、ふと、空を見上げた。
「......空、綺麗ね」
「空?」
俺は空を見上げる。
昨日、一昨日、三日前。
それ以前の空と比べても、特に変化は無い。
青空に、白い雲が浮かんでいるだけの、普遍的な空だった。
「別に、普通だけど......」
「......フン」
突然、七瀬は不機嫌になり、再び視線を本に戻した。
「な、なんだよ......!」
「役者を目指してるっていうから、情緒的な言葉の一つや二つ、ポンッっと出てくるかと思ったけど、そんなことないのね」
「だ、だってまだ中学生だぞ......? 中学生がそんな語彙力を持ってるわけ......」
七瀬は再び空を見上げ、口を開く。
「......この澄んだ空みたいに、清らかで美しい人間になりたいわね......」
風が吹く。
黒い髪を靡かせながら、七瀬は若干ドヤ顔でこちらを見てきた。
「正直、良いのか分からん......」
「......チッ」
七瀬は途端に不機嫌になり、また本に視線を戻してしまった。
「......なぁ、本当にあんなこと思ってるのか?」
「......そんなわけないじゃない」
「だよなぁ......」
七瀬は本を読みながら、家に向かって歩き始めた。
俺は七瀬を追いかける。
七瀬を追いかけながら、俺は再び空を見上げる。
当然、そこにはいつも通りの青い空、白い雲。
しかし、それは俺の感想だ。
ここを出ることだけを考え、勉強だけを続けてきた七瀬からしたら。
空を見上げることなく、本や参考書だけをひたすら読んできた七瀬からしたら、久しぶりに見上げたこの空が、美しく、綺麗だと感じたのかもしれない。




