気まずい車内
七瀬のお見舞いから約二週間後の夜、俺の母さんに連絡が入った。
どうやら、七瀬は退院し、今日から学校に通えるようだ。
次の日の朝。
朝食を食べ終えた俺は、学校に行く支度をし始めた。
七瀬のフリをする必要もなくなったので、七瀬に貸していた自分の制服を着ていく。
そして、母さんに行ってきますと言って、外に出た。
七瀬は退院したが、七瀬とはもう関わることはできないだろう。
同じ学校にいても会話はしない。
もし、会話をすることになったとしても必要最低限だけ。
俺と七瀬の関係は終わってしまった。
いや、戻ってしまっただけだ。
「......もしかして、今までのは神様が見せてくれた、幻だったのかもなぁ......」
今までの七瀬との時間は、同級生と仲良くできない俺のことを神様が不憫に思い、見せてくれた幻だったのかもしれない。
俺たちが七瀬に偽りの世界を見せていたように、俺も偽りの世界を見せられていただけなのかもしれない。
そんなことを考えていると、俺はいつの間にか七瀬の家へと辿り着いていた。
「あ、あれ......?」
七瀬を家に迎えに行くことが多かったので、無意識に七瀬の家に来てしまったみたいだ。
俺はすぐにその場を離れようとしたが、運悪く家の扉が開いてしまった。
「あら、正道くん......」
「あ、どうも......」
玄関を開けたのは、七瀬の母さんだった。
そして、その後ろには、七瀬が立っていた。
七瀬も自分のことを正道と思い込まなくなったので、自分の制服を着ている。
「......最悪」
七瀬は俺の姿を見るや否や、そう呟いた。
「こら! 正道くんになんてこと言うの! ......ごめんね、うちの七瀬が......」
「いえ、気にしてないので......」
気にしてないというのは嘘だ。
実際は、かなり気にしている。
「そうだ。今から七瀬を学校へ送りに行くんだけど、良かったら乗っていきなさいよ」
「え、でも......」
「いいからいいから」
俺は七瀬の母さんに背中を押され、車の後部に乗せられる。
「ほら、七瀬も早く。遅刻しちゃうわよ」
「......私はいい。歩いていくから」
七瀬はそのままスタスタと歩き始める。
「そんなの許すわけないでしょ! あんたまだ退院したばかりなんだから......!」
七瀬の母さんは、七瀬の制服の腕を掴み、車の方へと引っ張り始める。
「いいって......! やめて......!」
「だから、許さないって言ってるでしょ! しばらくは車で登下校しなさい!」
七瀬の母さんが強く言うと、このままだと埒が明かないと思ったのか、七瀬は渋々車に乗り、座った。
勿論、俺が座っている後部座席ではなく、運転席の隣の座席である。
「ごめんね正道くん。七瀬がわがままで......」
「ははは......」
七瀬の母さんは車のエンジンを掛けると、学校に向かって走り出した。
「そういえば正道くん。正道くんは、進路って考えてるの?」
「進路ですか? 取り合えずふもとの街の高校に行って、それからは劇団に入団しようかなって......」
「あら、いいじゃない。どう、七瀬? あんたも一緒にふもとの......」
「嫌」
七瀬は即座に否定した。
「私はもっと良い高校に行くの。こいつと同じ学校に行くわけないじゃない」
「七瀬! 正道くんのことをこいつって呼んじゃダメでしょ!」
運転しながら怒る七瀬の母さん。
しかし、七瀬は怒られても一切動揺しない。
「正道くん、本当にごめんね? 七瀬、正道くんのことになると、急に態度が悪くなっちゃって......」
「いや、本当に気にしてないから大丈夫ですよ」
「それで、劇団に入団するんだって? 正道くんなら、良い役者になれそうね」
「あ、ありがとうございます......」
俺は少しだけ照れる。
「今もまだ練習してるんでしょ?」
「はい。ここ最近は、家に帰ってから毎日。七瀬と一緒にいることも無くなってしまったので......」
「凄いわね。でも、毎日だと大変じゃない?」
「大変ですけど、夢なので......」
「ふふ、立派ね。あら、そろそろ学校に着くわよ」
話しをしていると、校舎が見えてきた。
「七瀬、あんまり無理しないで、正道くんや坂月先生を頼るのよ」
七瀬の母さんはそう言うが、七瀬は反応しなかった。
七瀬の母さんは車を校門の前に止め、俺たちは車から降りた。
七瀬は車から降りると、一人で校舎に向かった。
「まだ、正道くんに頼ることになりそうね......。七瀬のこと、よろしくね」
「......はい」
七瀬のことを任せられたが、それに答えることは不可能だろう。
「それじゃあね」
七瀬の母さんは自宅へと帰っていった。
七瀬を追いかけ、教室へ向かう。
教室に着くと、七瀬は既に着席して勉強を始めていた。
そんな七瀬に、俺は話しかけることができなかった。
「おはようございます......」
挨拶と共に、坂月先生が教室に入る。
「お、おはようございます......」
俺は挨拶を返すが、七瀬は無視し、黙々と勉強をしている。
坂月先生も俺と同じように気まずいのか、七瀬に話しかけることはなかった。
それからは、誰も口を開かない、静寂な時間が続く。
七瀬が最初に倒れる前は、これが当たり前であったのに、何故か落ち着くことができない。
俺は気を紛らわせるため、コッソリと七瀬に視線を向けた。
(あれ......?)
七瀬は勉強を続けているが、どこかソワソワとしていた。
今までの七瀬がこんなソワソワしているところを、俺は一度も見たことが無い。
(調子が悪いとか、そういうのじゃなければいいんだけど......)
俺には、心の中で心配することしかできなかった。
そして、授業が始まり、昼になり、午後の授業を終えた。
最初から最後まで、七瀬は一言も発さなかった。
七瀬との会話が無い一日は非常に長く感じ、退屈だった。
放課後になり、俺は帰宅する準備をしていた。
しかし、すぐに帰るつもりはない。
このまま校舎から出れば、七瀬の母さんに話しかけられ、また一緒に車に乗ることになるからだ。
あの気まずい空間を、俺は避けたかった。
「なぁ......」
そんな俺に、七瀬が話しかけてきた。
「えっ......?」
俺に話しかけてきた七瀬は、どこか虚ろな感じだった。
ボーっとしているような、そんな感じだ。
「......はっ! な、何でもない......」
七瀬はすぐにそっぽを向き、教室から出ていってしまった。
「な、なんだったんだ......」
どうして、七瀬は俺に話しかけてきたのだろうか。
俺の頭の中は、それでいっぱいになった。
ニ十分後、そろそろ良いだろうと思った俺は、教室を出ることにした。
下駄箱で靴に履き替え、外に出る。
しかし、俺の我慢は無意味だった。
七瀬の母さんは、校門前で待っていた。
「正道くん! 乗っていきなさい!」
七瀬の母さんは後部座席を指差す。
俺は渋々、後部座席へと乗り込んだ。
朝と同じく、七瀬は前の席に座り、俺は一人で後部座席に座っている。
「そういえば正道くん。七瀬はどうだった?」
「ずっと勉強してましたよ......。ははは......」
そして、俺と七瀬の母さんだけで会話しているという部分も、全く同じ。
「もう七瀬。せっかく正道くんがいるんだから、少しくらいお話しなさいよー」
「うるさい」
そう言いながら、七瀬は窓の外を眺め始めた。
「正道くん、本当にごめんね......」
七瀬の母さんは、申し訳なさそうに俺に謝った。
そして、大きなため息を吐いた。
「あらやだ......。娘が元に戻って嬉しいはずなのに、ため息なんか吐いちゃうなんて......」
「......大変そうですね」
俺は返す言葉が思いつかず、取り合えずそう返した。
そこからは、また行きと同じように、七瀬の母さんとの雑談が続いた。
七瀬はずっと窓の外を眺め続け、俺たちの会話に入ってくることはなかった。




