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【完結済】俺の彼女は幻かもしれない  作者: Melon
第9章 現実の始まり

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気まずい車内

 七瀬のお見舞いから約二週間後の夜、俺の母さんに連絡が入った。

 どうやら、七瀬は退院し、今日から学校に通えるようだ。



 次の日の朝。

 朝食を食べ終えた俺は、学校に行く支度をし始めた。

 七瀬のフリをする必要もなくなったので、七瀬に貸していた自分の制服を着ていく。

 そして、母さんに行ってきますと言って、外に出た。


 七瀬は退院したが、七瀬とはもう関わることはできないだろう。

 同じ学校にいても会話はしない。

 もし、会話をすることになったとしても必要最低限だけ。


 俺と七瀬の関係は終わってしまった。

 いや、戻ってしまっただけだ。


「......もしかして、今までのは神様が見せてくれた、幻だったのかもなぁ......」


 今までの七瀬との時間は、同級生と仲良くできない俺のことを神様が不憫に思い、見せてくれた幻だったのかもしれない。

 俺たちが七瀬に偽りの世界を見せていたように、俺も偽りの世界を見せられていただけなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、俺はいつの間にか七瀬の家へと辿り着いていた。


「あ、あれ......?」


 七瀬を家に迎えに行くことが多かったので、無意識に七瀬の家に来てしまったみたいだ。

 俺はすぐにその場を離れようとしたが、運悪く家の扉が開いてしまった。


「あら、正道くん......」


「あ、どうも......」


 玄関を開けたのは、七瀬の母さんだった。

 そして、その後ろには、七瀬が立っていた。

 七瀬も自分のことを正道と思い込まなくなったので、自分の制服を着ている。


「......最悪」


 七瀬は俺の姿を見るや否や、そう呟いた。


「こら! 正道くんになんてこと言うの! ......ごめんね、うちの七瀬が......」


「いえ、気にしてないので......」


 気にしてないというのは嘘だ。

 実際は、かなり気にしている。


「そうだ。今から七瀬を学校へ送りに行くんだけど、良かったら乗っていきなさいよ」


「え、でも......」


「いいからいいから」


 俺は七瀬の母さんに背中を押され、車の後部に乗せられる。


「ほら、七瀬も早く。遅刻しちゃうわよ」


「......私はいい。歩いていくから」


 七瀬はそのままスタスタと歩き始める。


「そんなの許すわけないでしょ! あんたまだ退院したばかりなんだから......!」


 七瀬の母さんは、七瀬の制服の腕を掴み、車の方へと引っ張り始める。


「いいって......! やめて......!」


「だから、許さないって言ってるでしょ! しばらくは車で登下校しなさい!」


 七瀬の母さんが強く言うと、このままだと埒が明かないと思ったのか、七瀬は渋々車に乗り、座った。

 勿論、俺が座っている後部座席ではなく、運転席の隣の座席である。


「ごめんね正道くん。七瀬がわがままで......」


「ははは......」


 七瀬の母さんは車のエンジンを掛けると、学校に向かって走り出した。



「そういえば正道くん。正道くんは、進路って考えてるの?」


「進路ですか? 取り合えずふもとの街の高校に行って、それからは劇団に入団しようかなって......」


「あら、いいじゃない。どう、七瀬? あんたも一緒にふもとの......」


「嫌」


 七瀬は即座に否定した。


「私はもっと良い高校に行くの。こいつと同じ学校に行くわけないじゃない」


「七瀬! 正道くんのことをこいつって呼んじゃダメでしょ!」


 運転しながら怒る七瀬の母さん。

 しかし、七瀬は怒られても一切動揺しない。


「正道くん、本当にごめんね? 七瀬、正道くんのことになると、急に態度が悪くなっちゃって......」


「いや、本当に気にしてないから大丈夫ですよ」


「それで、劇団に入団するんだって? 正道くんなら、良い役者になれそうね」


「あ、ありがとうございます......」


 俺は少しだけ照れる。


「今もまだ練習してるんでしょ?」


「はい。ここ最近は、家に帰ってから毎日。七瀬と一緒にいることも無くなってしまったので......」


「凄いわね。でも、毎日だと大変じゃない?」


「大変ですけど、夢なので......」


「ふふ、立派ね。あら、そろそろ学校に着くわよ」


 話しをしていると、校舎が見えてきた。


「七瀬、あんまり無理しないで、正道くんや坂月先生を頼るのよ」


 七瀬の母さんはそう言うが、七瀬は反応しなかった。


 七瀬の母さんは車を校門の前に止め、俺たちは車から降りた。

 七瀬は車から降りると、一人で校舎に向かった。


「まだ、正道くんに頼ることになりそうね......。七瀬のこと、よろしくね」


「......はい」


 七瀬のことを任せられたが、それに答えることは不可能だろう。


「それじゃあね」


 七瀬の母さんは自宅へと帰っていった。



 七瀬を追いかけ、教室へ向かう。

 教室に着くと、七瀬は既に着席して勉強を始めていた。


 そんな七瀬に、俺は話しかけることができなかった。



「おはようございます......」


 挨拶と共に、坂月先生が教室に入る。


「お、おはようございます......」


 俺は挨拶を返すが、七瀬は無視し、黙々と勉強をしている。

 坂月先生も俺と同じように気まずいのか、七瀬に話しかけることはなかった。


 それからは、誰も口を開かない、静寂な時間が続く。

 七瀬が最初に倒れる前は、これが当たり前であったのに、何故か落ち着くことができない。


 俺は気を紛らわせるため、コッソリと七瀬に視線を向けた。


(あれ......?)


 七瀬は勉強を続けているが、どこかソワソワとしていた。

 今までの七瀬がこんなソワソワしているところを、俺は一度も見たことが無い。


(調子が悪いとか、そういうのじゃなければいいんだけど......)


 俺には、心の中で心配することしかできなかった。



 そして、授業が始まり、昼になり、午後の授業を終えた。

 最初から最後まで、七瀬は一言も発さなかった。


 七瀬との会話が無い一日は非常に長く感じ、退屈だった。



 放課後になり、俺は帰宅する準備をしていた。

 しかし、すぐに帰るつもりはない。

 このまま校舎から出れば、七瀬の母さんに話しかけられ、また一緒に車に乗ることになるからだ。

 あの気まずい空間を、俺は避けたかった。


「なぁ......」


 そんな俺に、七瀬が話しかけてきた。


「えっ......?」


 俺に話しかけてきた七瀬は、どこか虚ろな感じだった。

 ボーっとしているような、そんな感じだ。


「......はっ! な、何でもない......」


 七瀬はすぐにそっぽを向き、教室から出ていってしまった。


「な、なんだったんだ......」


 どうして、七瀬は俺に話しかけてきたのだろうか。

 俺の頭の中は、それでいっぱいになった。



 ニ十分後、そろそろ良いだろうと思った俺は、教室を出ることにした。

 下駄箱で靴に履き替え、外に出る。


 しかし、俺の我慢は無意味だった。

 七瀬の母さんは、校門前で待っていた。


「正道くん! 乗っていきなさい!」


 七瀬の母さんは後部座席を指差す。

 俺は渋々、後部座席へと乗り込んだ。



 朝と同じく、七瀬は前の席に座り、俺は一人で後部座席に座っている。


「そういえば正道くん。七瀬はどうだった?」


「ずっと勉強してましたよ......。ははは......」


 そして、俺と七瀬の母さんだけで会話しているという部分も、全く同じ。


「もう七瀬。せっかく正道くんがいるんだから、少しくらいお話しなさいよー」


「うるさい」


 そう言いながら、七瀬は窓の外を眺め始めた。


「正道くん、本当にごめんね......」


 七瀬の母さんは、申し訳なさそうに俺に謝った。

 そして、大きなため息を吐いた。


「あらやだ......。娘が元に戻って嬉しいはずなのに、ため息なんか吐いちゃうなんて......」


「......大変そうですね」


 俺は返す言葉が思いつかず、取り合えずそう返した。



 そこからは、また行きと同じように、七瀬の母さんとの雑談が続いた。

 七瀬はずっと窓の外を眺め続け、俺たちの会話に入ってくることはなかった。

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