七瀬の誕生日
七瀬の誕生日の数日前。
母さんがふもとの街に買い物に行くと言うので、一緒に買い物に来ていた。
そして、寄りたい店があると伝え、母さんと別行動をすることにした。
目的は当然、七瀬の誕生日プレゼントを買うことだ。
そのため、色々な店を巡っているが、なかなか良いプレゼントが見つからない。
そもそも、七瀬の好みが全くと言っていいほど分からないので、良いと思える物が見つかるはずがない。
そんな俺は、次の店に入ることにした。
そこは、個人経営と思われるアクセサリーショップだった。
ネックレスやブレスレットなど、様々なアクセサリーが陳列されている。
実際の宝石が使われている高価な物もあれば、数千円で購入できそうなお手頃のアクセサリーも並べられていた。
並べられている商品を見ていると、ふと、金属の指輪が目に入った。
鉄でできているそうで、本物のダイヤモンドの代わりに、作り物のダイヤモンドが使われていた。
ただの鉄製の指輪なので、今月のお小遣いだけで購入できるほど安かった。
「指輪かぁ......」
指輪と言えば、プロポーズ。
俺は、七瀬にプロポーズする妄想をしてしまう。
そして、二人で結婚指輪をはめ、二人で式を挙げる、というところまで想像したところで、俺は現実に戻ってきた。
「でも流石に、中学生の恋愛で指輪は重いよなぁ......」
俺は指輪の売り場から離れようとした。
だが、他のコーナーを見ては指輪を見に来て、また離れては身に気て、を繰り返してしまう。
「重いのは分かってるけど......」
重いのは分かっている。
だが、自分の気持ちをしっかりと伝えたい。
七瀬が戻ってしまう前に、七瀬と仲良くできる今のうちに。
「......これ、ください」
気が付けば、俺は指輪を購入していた。
七月二十五日、金曜日。
今日は七瀬の誕生日。
俺はいつも通り、七瀬の家に迎えに来ていた。
最近、七瀬の元気が無いような気がしていた。
なので、少しテンションを上げることにした。
俺は七瀬の家の扉を開け、息を大きく吸い込んだ。
「ハッピーバースデー!」
俺は七瀬を大声で祝った。
「あ、ありがとう......」
しかし、七瀬の反応は微妙だった。
「あれ? あんまり嬉しくなかった......?」
「い、いや嬉しいよ! ありがとう......」
「それじゃ、誕生日会の話でワクワクしつつ、学校行こうか」
「お、おう......」
俺は七瀬の手を繋ぎ、登校した。
学校に到着し、坂月先生と少し話をした後、いつも通り授業が始まった。
授業中、七瀬に視線を移動させると、七瀬はウトウトしていた。
俺が肩を叩いて起こそうとするが、少し目を覚ましてはすぐに寝てしまう。
坂月先生も何度か起こしているが、すぐに眠ってしまった。
最初はオロオロしつつも起こしていた坂月先生だが、それ以降は七瀬を起こすことは無かった。
七瀬の体調不良を想定したのか、誕生日だから大目に見たのかは分からない。
そのまま時刻は過ぎていき、下校の時間となった。
「......正道! ......正道! 起きて!」
家に帰らないといけないので、流石に無理やり起こすことにした。
「んぅ.......。......はっ!」
起きた七瀬は時計を確認する。
「い、いつの間に......四時......?」
「正道、今日はずっとボーっとしてて、まともに授業を聞かずに帰る時間になっちゃったんだよ! 眠るごとに私が起こしても、ボーっとしたままだし......」
「ま、まさか......。ち、ちなみに坂月先生は何か言っていたか......?」
「起こしても起こしてもずーっと眠そうだったから、オロオロしてたよ」
「そ、そうか......。悪いことしちまったな......」
申し訳なさそうな顔をする七瀬。
「あ、そういえばこのあと誕生日会か......。早く帰らないと......」
「あ、待って!」
俺は七瀬の腕を掴み、引き留める。
「坂月先生が車で送ってってくれるから、帰る準備が終わるまで待ってて、って言われてるの。」
「そ、そうなのか」
「うん。だから、もう少し待ってよ」
「ああ......」
七瀬が着席すると、俺も自分の席に着いた。
七瀬が朝から夕方まで寝てしまったということは、おそらく、夜はほとんど寝れていないのだろう。
もしかしたら、だんだん症状が改善し、記憶が戻ってきているのかもしれない。
そして、それが不安で不安で仕方ないのかもしれない。
当然だ。
自分の知らない記憶が、自分の中を埋め尽くしたら、不安になるはずだ。
(......本当に、そろそろかもしれないな)
誕生日でポジティブになったところで、七瀬に真実を伝えるべきかもしれない。
このまま不安にさせてしまっては、また振り出しに戻ってしまう。
(来週の月曜に、藤波先生に相談するか......)
正直、七瀬とまた関われなくなることが悲しい。
だが、これも七瀬のためだ。
それから、数分ほど沈黙が続いた。
蝉の鳴き声だけが響き渡る気まずい空間に、俺は耐えられなくなった。
そんな俺は、七瀬の現状確認を聞いてみることにした。
「ねぇ、正道......」
「......なんだ?」
「......落ち着いて、聞いて欲しいの。そして、正直に話してほしい」
今、七瀬は不安に襲われているかもしれない。
だからこそ、落ち着くように前置きをした。
「な、なんだよ......」
「......最近、変な違和感ってない? ......明らかに、体調不良とか、そういうことに関係していなさそうな......」
「......っ! ど、どうして......そんなことを......」
動揺する七瀬。
もしかしたら、俺が思っている以上に、症状の回復が進んでいるのかもしれない。
それを体調不良によるものだと思っているから、こんな反応をしたのかもしれない。
「......今は私を信じて答えてほしい」
俺がそう言うと、七瀬は真剣に考え始めた。
それから、数秒、数十秒と時間が流れていく。
「......いや、特には......」
この答えは、本当に事実に気が付いていない故の答えなのか。
それとも、何かがきっかけで俺たちが作り上げた幻に気が付いてしまい、そこから不信感を持ってしまった故の答えなのか。
「......そう。なら、いいんだけど......」
不安な時に質問責めをするのは良くないと思い、これ以上は聞かないことにした。
「あ、正道くん。起きたんだね」
教室の外から、坂月先生が声をかけてきた。
「もう......。今日は許しますけど、今度からは夜更かしせずにちゃんと寝て、居眠りしないようにしてくださいね......!」
「は、はい......。今日は本当にすみませんでした......。これからは気を付けます......」
七瀬は頭を下げ、謝罪した。
「......さ、先生のお説教はここまで。これ以上空気が悪くなったら、この後の誕生日会を楽しめなくなっちゃいますもんね。車の準備はできたので、一緒に行きましょう」
先生はそう言い、玄関に向かって歩いて行った。
「私たちも行こ」
「お、おう......」
俺たちも後に続き、教室を後にした。
それから、俺たちは坂月先生の車に乗り、七瀬の家へと向かった。
誕生日会のことを話しながら、田舎道を進んでいく。
俺と先生は楽しく話していたが、七瀬はほとんどの時間を窓の外を見て過ごしていた。




