口調
「さ、坂月先生!」
俺は土下座をしている先生に駆け寄り、先生の肩を掴む。
「お願いします......! どうか、信じてください......! 七瀬さんと一緒に過ごしてきた私たちならきっと、七瀬さんが安定するまでどうにかできると......! そして、信じてあげてください......! 七瀬さんなら、きっと回復するって......!」
流石に七瀬の両親も驚いたのか、父さんは独り言をやめ、母さんは泣き止んだ。
「せ、先生......! どうか頭を上げて......!」
七瀬の父さんも坂月先生に駆け寄り、手を掴む。
しかし、坂月先生は頭を上げようとしない。
「七瀬さんを救うために......! 協力してもらえるまで、頭を上げることはできません......!」
「ううう......。......どうする、母さん......」
七瀬の父さんは、床に崩れ落ちている七瀬の母さんに意見を求める。
「ど、どうするって言われたって......」
「......受け入れていただけたら、俺たちも徹底的に付き合います。破綻して、嘘がバレてパニックにならないように、徹底的に演技をします。七瀬が退院するまで、七瀬として振る舞う練習をします。だから、俺からも......」
俺も坂月先生に続き、土下座をしようとした。
しかし、七瀬の父さんに腕を掴まれ、制止される。
「......分かった。君たちの誠意は分かった......。......だが、少しだけ考えさせてくれないか......」
七瀬の父さんは、か細い声でそう言った。
涙を流しつつ、崩れ落ちる七瀬の母さんを支えながら。
「......お願いします。七瀬のために......」
俺は両親にお辞儀する。
そして、一向に頭を上げない坂月先生の元へ駆け寄り、肩を軽く叩く。
しかし、反応が無い。
「......坂月先生!」
俺は肩を揺すった。
すると、坂月先生は床に倒れてしまった。
坂月先生の呼吸が、異様に速い。
「ちょっと! 大丈夫ですか!」
藤波先生はそう言いながら、坂月先生に駆け寄った。
「......過呼吸です! と、取り合えず坂月先生を病室へ運びますね......! 担架を持ってくるので、正道くんのお母さんは協力してくれませんか!?」
「え、ええ......」
藤波先生は担架を取りに、走って行った。
そして、藤波先生と母さんにより、坂月先生は担架で運ばれていった。
それから、俺と母さんは入口の椅子に座って待っていた。
藤波先生によると、緊張によるストレスで過呼吸になってしまったそうで、一晩だけ病室で安静にしてから帰るそうだ。
それだけ伝えると、藤波先生は坂月先生を看病しに戻っていった。
七瀬の両親は、決して七瀬であることを伝えないということを条件に、七瀬の様子を見に行っている。
トラブルはあったが、俺たちの思いは伝わったようだった。
ひと段落し、俺は大きなため息を吐いた。
「正道、あんたは大丈夫? 少し、調子が悪そうだけど......」
「え......? 大丈夫......多分......」
今までにないくらい緊張した場面だったので、疲れてしまったのかもしれない。
気を抜いたら眠ってしまいそうだが、反射的に大丈夫と答えてしまった。
「......良かったわね。少なくとも、断固否定という感じではなさそうで......」
「......良かったけど、まだこれからだよ......」
そう、まだこれからだ。
これはまだ始まりだ。
それから、俺と母さんはそれ以上話すことはなかった。
そして、七瀬の両親が戻ってくるまで、二人揃って眠ってしまった。
藤波先生に起こされて帰宅した俺は、家に帰り、風呂に入るとすぐにベッドで気を失ってしまった。
そして翌朝。
起きると、体が酷く疲れていた。
気を張りすぎて、体に負荷をかけてしまっていたようだ。
それでも俺は、いつも通り通学の準備をし、家を出た。
昨日のことを思い出しながら、両側が草で生い茂っている道を歩く。
七瀬の両親を見る限り、七瀬はとても愛されながら育ってきたのだろう。
だからこそ、一時的とはいえ、娘を騙すことを受け入れてくれるのだろうか。
「......いや、受け入れてもらわないと......」
七瀬のために、七瀬のためになるはずなんだ。
だから、受け入れてもらわないと。
「......そうだ。七瀬の演技が上手くなれば、受け入れてもらえるかもしれない」
今回の作戦は、俺の演技力にかかっているはずだ。
俺の演技力に不安があり、受け入れにくくなっている可能性もあるはずだ。
だから、俺の演技が上手くなれば、受け入れてもらいやすくなるかもしれない。
「......おはよ」
試しに、俺に対する七瀬の挨拶を真似してみた。
「......ねぇ、ちょっといい......?」
七瀬の特徴であるそっけない態度を思い出しつつ、口に出していく。
幸い、俺の地声のままでも、七瀬からしたら七瀬の声に聞こえているようだったので、喉への負荷はかからなさそうだった。
「......今思い返してみると、七瀬ってほとんど喋らないよな......」
俺に対してではなく、教師や親にすらそっけない態度を取っていた。
それほど俺たちのことに興味がなかったのか、それとも、嫌いだったのか、真意は分からない。
そこで、一つの疑問が頭に浮かび上がった。
「......病人に対して、こんな態度を取るのはいいのか......?」
倒れて苦しんでいる七瀬に対し、こんなそっけない態度を取るのは、精神的に問題ないのだろうか。それに、俺の性格と違いすぎるため、何かあった時にうっかり言葉選びを間違えてしまうかもしれない。
「......この点に関しては、相談するか......」
今は説得力をどうにかするため、七瀬を真似ることだけを考え、学校に着くまでの間、ずっと真似をし続けた。
「あれ......」
学校に着いたが、学校の校門は閉じていた。
坂月先生がまだ到着していないのだろう。
「......そもそも、今日って何時頃に来るんだ......?」
今思えば、元気になっているとしても、準備のためにいったん帰らないといけないため、いつも通りに来ないはずだ。
やらかしたな、と思いつつ、草むらに座り込む。
幸い、朝なので気温は高すぎず、少し暑い程度だった。
「......おはよう、先生」
坂月先生が来るまでの間も、口調を真似る練習を続ける。
「......正道、調子はどう? ......そう」
七瀬の数少ない会話の場面を思い出し、必死に真似ていく。
「......やっぱり、そっけないと精神的に良くなさそうだよなぁ......」
俺はゴホゴホと軽く咳払いする。
「......正道、おはよう! ......坂月先生! おはようございます!」
こちらの方が、明るくていい気がする。
「......そうだ」
俺は思いついた。
この口調であれば。
そんな俺の思考は、車が近づいてきた音によって掻き消えた。
音が聞こえる方向を見ると、坂月先生の車がこちらに向かってきていた。
車は校門の前で止まり、中から坂月先生が慌ただしく出てきた。
「ごめんね! 少し寝過ぎちゃって......! 今、校門と校舎の鍵を開けるから......!」
「それより先生、体調の方は大丈夫ですか......?」
「藤波先生のおかげで、体調の方は何とか、ね......。......お財布の方は厳しいけど......」
少しだけ笑いつつ、校門を開けながらそう返事をした。
「......先生、昨日はありがとうございました。七瀬のために、頭を下げてくれて......」
「......当然ですよ。先生が生徒のために動くのは、当たり前なんですから......」
先生は鍵を開け、門を開く。
「さ、授業を始めましょう。......七瀬さんのことをどうするか、ご両親のことを考えなら......」
先生はそう言って、校舎へ向かって歩いて行った。




