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俺の彼女は幻かもしれない  作者: Melon
第1・5章 目覚め・現実

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説得

 夜七時を過ぎた頃。

 診療所の外から車のエンジン音が聞こえてきた。

 そして、男女の話し声が、こちらに近づいてきた。


 俺は心の中で身構える。

 大きく息を吸い、吐く。

 再び、頬を手のひらで叩いた。


 診療所の扉が開く。

 そこには、七瀬の両親が立っていた。


「すみません。遅くなってしまって......」


「いえいえ。それより、お二人のお体の方は大丈夫ですか? 」


 藤波先生が立ち上がり、七瀬の両親を出迎える。


「娘さんが倒れて心配なのも分かりますが、だからといって無理な看病は禁物ですよ」


 話を聞く限り、俺がお見舞いに行った時に七瀬の両親がいなかったのは、倒れた日に付きっきりで看病し、体調を崩してしまったからだろう。

 となると、俺は運が良かったのかもしれない。

 もし、七瀬の両親が体調を崩していなければ、昨日もお見舞いに来てしまい、七瀬の様子を見られてしまったかもしれないからだ。


「もしかして、正道くんと正道くんのお母さん、坂月先生は七瀬のお見舞いに......?」


「はい。お見舞いと、あと、用事が......」


 俺が話している途中に、七瀬の父さんが先生に迫る。


「それより! 七瀬は無事なんですか!? 意識が戻ったとは聞きましたが......!」


「お、落ち着いてください......! 今は病室で安静にしています......!」


「そうか......! よし母さん。様子を見に行くぞ!」


 七瀬の父さんは母さんの手を握り、病室へと向かっていく。


「ま、待ってください!」


 俺は立ち上がり、七瀬の両親を呼び止める。


「何? どうしたの、正道くん......」


「......七瀬に会う前に、僕の話を聞いてもらえませんか......?」


 若干、視界がぼやける。

 胃液がこみ上げ、吐きそうになる。

 だが、俺は踏ん張り、七瀬の両親に向き合う。


「すまないが、話はあとでいいかい......? 今は、七瀬が......」


「お願いします......! 七瀬に関わる、大切なことなんです......!」


 俺は土下座をする勢いで、頭を下げる。


「......ねぇ、何か訳ありみたいだし、聞いてみない......?」


 七瀬の母さんが、父さんの服の袖を引っ張りながら言う。


「......七瀬に関わるって、どういうことだ......」


「実は......」


 俺は、七瀬の状態について説明した。


 七瀬が自分のことを正道と思い込んでいることを。

 逆に、俺のことを七瀬だと思い込んでいることを。


 緊張しすぎて、うまく説明できているか分からない。

 七瀬の両親の奇怪な顔が、更にプレッシャーを与えてくる。


「......と、いうことなんです」


 七瀬の両親は黙っていた。

 今にもパニックになりそうな、困惑した顔で。


「ふ、藤波先生......。正道くんが言ってることって、悪い冗談か何か......ですよね......」


 震えた声で、七瀬の母さんが先生に問う。


「......事実です」


 藤波先生が、眼鏡をクイッと動かしながら言う。


「せ、先生......? 先生までご冗談を......」


 七瀬の父さんも続いて確認をする。


「......残念ながら」


「そ、そんな......! あなた......!」


 七瀬の母さんは目から涙をこぼし、床に崩れ落ちる。

 そんな七瀬の母さんを、七瀬の父さんは肩を抑えて支える。


「うう......。ううぅ......!」


 大人とは思えないくらい、子どものように泣きじゃくる七瀬の母さん。


「......そこで、僕に提案があります。七瀬は精神、肉体、共に不安な状態です。今、真実を伝えてしまえば、七瀬は悪化し、最悪の場合......」


 自害してしまうかもしれな、なんて口が裂けても言えなかった。


「......だから、今は七瀬の思い込みを受け入れ、安定するのを待つべきだと思うんです」


「で、でも......! 本当にこれが正しいんですか!? 先生!」


 泣き続ける七瀬の母さんの隣で、七瀬の父さんが先生に問いかける。


「......正直、真実を伝え、治療を進めていくのが一般的でしょう。しかし、人間というのは完全には読めません。医者が正しいと思っていても、実際は正しくない可能性だってあります。だから、正道くんの意見も完全には否定できないというのが、私の意見です......」


「でも......。でも......! 今まで育ててきた七瀬を、いきなり正道くんとして接するのは......!」


 かなり抵抗があるだろう。

 それは分かっている。


「ですが......。どうかお願いします......! 勿論、俺や俺の両親、坂月先生も協力します! 七瀬の両親だけに背負わせません! だから......どうか......」


「ううぅ......七瀬......! 七瀬ぇ......!」


 七瀬の父さんは一人で独り言を言い、母さんは泣きながら七瀬の名前を呼び続けてばかりだ。

 もう、説得どころではない。

 こんな状況でどうしたらいいか分からなくなり、俺まで泣き叫んでしまいそうだった。


「......七瀬さんのお父様、お母さま......」


 そんな状況を打開しようとしたのか、坂月先生は俺の前に出た。

 体の震えから、坂月先生も緊張していることが分かる。


「どうか......どうか......」


 坂月先生は突然、床に膝を付いた。


「正道くんのお願いを......。聞いてもらえませんか......。お願いします......。七瀬さんの......ために......」


 先生は床に正座し、手を付く。

 そして、頭を床に叩きつけた。

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