【23話(3/5)】黒き謀略
鹿鳴春花は、尖ったパンプスで湊の腹を蹴り上げ、動かなくなった身体を扉の前から退かした。
美咲は真っ赤な血でベタベタになりながら、湊に抱きつく。
「みなとさぁんっ……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、みさきのせいっ……おきてよぉっ……みさき、あやまるから、おきてぇ……」
泣きじゃくる美咲を見下ろし、春花は笑みを溢した。
「ふふ……これを持ってくるまでもなかったわね」
黒い槍を手に、応接室の扉を開ける。
小昏が顔を覗かせたが、彼は外の血塗れの光景を見るなり飛び退いた。
「ひぃっ!?」
春花は小昏に構わず、応接室に入った。
机に置かれた、幼木の鉢を手に取る。
幼木の樹皮はすっかり色を失い、真っ白になっていた。
その枝へ、春花はそっと指を伸ばした。
「——ふふっ、ようやく触れたわね」
白い枝を握っても、静電気のような刺激は起きない。
(あんな小さな子どもの精神ひとつで支えているのに、随分と手こずったものね。通園の時間に軟禁したり、悪いことを願うように教えたり、園の演し物の妨害をしたり……でも、湊くんを殺すだけで、こんなに効果が得られるなんて。ちまちま工作なんかせずに、最初からこうすれば良かったわ)
小昏は、部屋の隅でガクガクと震えている。
(何よあの子、自分が起こした刃傷沙汰なのに、被害者ぶって)
春花はポケットから、小さな袋を取り出した。
中には、黒い小枝が入っている。
「そっ、それはっ……」
小昏が声を上げる。
「そのナイフと、染める手順はそう変わらないわよ」
そう言って、春花は白い苗木の幹を触る。
「……あった。ここね」
かつて、自分が手折った枝の跡。
そこへ、黒い枝を戻した。
黒い枝は、白い幹にピタリとくっついた。墨汁が水へ広がるかのように、黒い波紋が白い樹皮を穢していく。
「ようやくここまで来た……あとは、染まりきるのを待つだけね」
春花は、小昏に目を向けた。
「さて、続きをお願いしようかしら」
「つ、続き……?」
「ええ。あの子を殺しなさい」
この黒き力を扱うにあたっては、誰に敵意を向けるのかを明確に定める必要がある。それが判明する前、試験的に黒いナイフを与えた灯西の囚人たちは、ナイフの持ち主だった春花自身に敵意を向けることとなってしまった。
幼木の能力は未知数だ。御使に危害を加えて、幼木に敵視されるのは避けたい。
となれば、この愚かな学生を利用して、御使を殺害してもらうのが安全策だ。
小昏はナイフを握ったままだが、ふるふると首を横に振った。
「そんなっ……そんなこと、できませんっ……」
「どうして?湊くんは殺せたじゃない。ここまでやったのに、幼木の御使になれなくてもいいの?」
「そっ、それは……」
小昏はそう言ったきり、俯いてしまった。
(はぁ……全く、使えないの。じゃあ、どこかに監禁しておくしかないわね)
「——あら?」
開きっ放しの扉の向こうで、明石が立ちすくんでいた。
その足元には、美咲が泣きながら縋り付いている。
「こ、これはっ——」
見開かれた瞳が、春花と、春花の持つ槍を捉えていく。
「明石くん。待機しておくよう命じたわよね?」
明石を睨むと、彼は怯んだ顔をしたが、すぐに美咲の手を取り、廊下を走りだした。
「待ちなさい!総員、出口を塞いで!」
手首の通信機に叫び、二人を追いかけようと応接室を出た瞬間、春花は躓いて血溜まりに突っ込んだ。
「うっ……最低っ!」
立ち上がろうとした時、何かに足を掴まれていることに気づいた。
「なっ!?生きてるの!?」
血塗れの湊が、春花の足首を掴んでいた。
その力は強く、死にかけとは思えない程だ。
「ちょっと!助けなさいよ!」
応接室に向かって叫ぶと、小昏がオロオロしながら駆け寄ってきて、湊の指を剥がしにかかる。
すると今度は、小昏の手が掴まれた。
「ひぃっ!」
「ああもうっ!そいつを何とかしといてよっ!」
足が自由になった春花は立ち上がり、急いで明石と美咲を追うのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




