【23話(1/5)】胸騒ぎ
*** あらすじ ***
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲の身辺警護を、任務として請け負う。
美咲は幼い神木「さくらちゃん」と心を通わせ、神木の御使として成長していく。
そんな美咲を護衛する中で、これまでに湊は2つの襲撃を経験した。
ひとつは、刑務所の脱走犯らによる襲撃。彼らはナイフに黒い結晶を纏わせた凶器を所持していた。黒い結晶の正体は、神木の結晶を悪意に染めたもの・黒晶であった。
本来、神木の結晶は、善き祈りを通し、善き願いを反映する。対して黒晶は、悪意を反映し、持つ者の願いを歪める。
神木の結晶を悪意で汚し、黒いナイフに加工し、流布した者は誰なのか?神木と煌都を守る警護隊は、急ぎ水面下で捜査を始めるのであった。
湊が受けたもうひとつの襲撃は、美咲の誘拐だった。本来の御使の血筋である鹿鳴家の夫婦が、御使を保護するという無茶な建前を掲げ、美咲の誘拐を実行したのだ。
湊は夫婦の拠点に乗り込み、美咲を取り戻す。事件の発起人である妻は、何者かから黒晶のブレスレットを贈られていた。我が子を欲する彼女の願いが、黒晶によって歪められていたのだった。
黒晶に関わる襲撃事件が続けて起きる中、美咲が通う研究室の課長・鹿鳴春花は、神木に傾倒する上級生・小昏に接触する。彼が湊を良く思っていないことを知った春花。
彼女は黒いナイフを小昏に渡し、湊への敵意を深めるよう唆す。
鹿鳴春花はなぜ黒いナイフを持っていたのか?
彼女の目的は何なのか?
そして小昏の感情が歪められた先に待つ出来事とは?
湊陽輝と猪狩美咲、二人の身には、間もなく最悪の災禍が訪れようとしていた。
それは、とても寒い日の出来事だった。
凍てつくような風が吹きつけ、窓がガタガタと鳴る。
湊と美咲は研究室でいつもの測定を終え、侍従の美晴が迎えに来るのを待っていた。
(はぁ……今日も一日、無事に終わったな)
湊は緊張感から解放され、深いため息をついた。
***
数日前、湊のもとに、依頼人からメッセージが届いた。
『努努、警戒怠らぬ様』
(……ドドって何だ?)
湊に美咲の護衛任務を託しているという、謎の依頼人。
たまに『あなたは誰ですか?』『そろそろ教えて下さい』『いい加減教えて下さい』など送ってみるが、返信が来たことはない。
依頼人の方からメッセージを寄越してきたのは、これが2度目だった。
翌日、同級生の晃記に聞いてみた。
「あのさ、努力の努が2個続いたら、何て意味?」
「ん?努力の努?」
晃記は首を傾げながら、ノートの端に書く。
「……ああ!ゆめゆめ、だね」
「夢?」
「決して、みたいな意味かな。えーっと……例えば、『ゆめゆめ忘れるな』だったら、『決して忘れるな』ってことだよ」
「ふーん……」
(ゆめゆめ、警戒怠らぬ様……決して警戒を怠るな……)
美咲の誘拐事件以降、鹿鳴家の専属警護班は、美咲の監視につかなくなった。美咲の誘拐に加担したメンバーがいたためだ。
猪狩家が新しい家に引っ越してからは、武の心得があるという美晴が、どこへ行くにも必ず車で美咲を送迎している。監視はいないものの、あの頃よりずっと安全な環境になったはずだ。
湊も、美咲といる間は常に側を離れないよう気をつけている。
(俺だって油断してるつもりはないんだけど……こいつ、いっつも具体的な指示くれないよな)
以前は、美咲が誘拐された日となった日付を送ってきた。
依頼人のメッセージが来るのは、悪い予感しかしない。
美咲が研究室に通っていることを知るのは、美咲の兄の成海、猪狩家の侍従たち、成海の友達の紫苑と照臣だ。
念のため、彼らには依頼人からのメッセージについて連絡しておいた。
***
あれ以降、依頼人から新しいメッセージは来ていない。
通知欄を確認して、湊は通信機の画面を閉じた。
今回、日付の指定はない。
いつまで警戒すればいいのだろう。
これでは神経がすり減る一方だ。
迎えを待ちながら、湊は詰襟のボタンを外す。
(外は寒いんだけど、中にいたら暑いんだよな……)
しかし、美咲は暑さを訴えていない。美咲にとってはこれがちょうど良い室温なのかもしれない。
暖房の設定をいじるのはやめて、冬服の上着を脱ぎ、ソファの背もたれに引っかけた。
その時、扉が開いて、課長が姿を見せた。
美咲に関することはいつも部下の明石に任せっきりなのに、珍しい。
「美咲ちゃん、来てちょうだい」
美咲はこくりと頷き、カーペットから出て靴を履く。
湊も立ち上がろうとすると、課長はそれを制止した。
「あなたは要らない。迎えが来るまでには返すから」
「はぁ、そうですか」
(俺、相変わらずこの人に嫌われてるな……)
美咲と課長が出て行き、湊はしばらく参考書を眺めながらソファに寝そべっていた。
——が、集中できない。
公園で美咲がいなくなった、あの時を思い出す。
呼んでも探してもどこにもいない、あの焦燥感。
(あんなことがあったんだし、やっぱり心配だ……)
湊は参考書をソファに置いて、部屋を出た。
美咲を連れて行くなら測定に関連した用事だろうし、オフィスにいるはずだ。
***
オフィスには、珍しく鍵がかかっていた。
ノックをしながら、ガラス張りの扉の向こうを伺う。
明石がやってきて、鍵を開けた。
「おや、どうして鍵が……?出て行く時に閉めたのか、何故だろう……」
ぶつぶつと何かを呟いている明石に、湊は尋ねる。
「明石さん、一応美咲を見に来たんですけど。何をやってるんですか?」
明石は、湊の言葉に首を傾げた。
「美咲嬢?ここには来ていないが……」
「……え?」
妙な胸騒ぎがする。
「美咲嬢がどうかしたのか?」
「いや、ここにいないならいいんです。じゃあ」
「湊くん?」
明石は湊を追いかけようとしたが、足が止まった。
(いや、でも、課長にここで待機するよう命じられたからな……)
明石はデスクに戻ったが、やはり湊の様子が気になる。
デスクと扉の間を何度も行き来して、どうするべきか迷うのだった。
***
湊はオフィスを出て、階段へ向かった。
——努努、警戒怠らぬ様。
あのメッセージが、湊の不安を煽る。
(この3階にはいない……上か、下か……)
ふと、視界の端できらりと光るものに気づいた。
階下への踊り場に、何かが落ちている。
階段を降りて拾い上げてみると、それは見慣れたチョコレートの包み紙だった。
(これ、美咲のだ!)
さらに、1階への階段にも包み紙が落ちているのに気づいた。
湊は包み紙を拾い集めながら進む。
玄関、そして外の階段、研究室の前の道路。
(課長と美咲、外へ出たのか……?)
辺りを見回すが、他に包み紙は見当たらない。
手がかりが見つかったというのに、不安は募る一方だ。
(美咲を連れてどこに行ったんだ?ここで途切れたということは、車に乗ったのか?やっぱり、一緒に行くんだった……!)
手のひらの包み紙をクシャリと握りつぶした時、湊はハッと息を呑んだ。
(いや、違う……!)
——思い出した。
うなじがゾワッと震え、心臓がバクバク鳴り始める。
包み紙をその場に放り投げ、湊は再び研究室の中へ駆け込んだ。
(どうしてすぐに気づかなかった!美咲はもう、包み紙を集めてない!)
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




