【22話(1/3)】暴君の通告
*** あらすじ ***
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲の身辺警護を、任務として請け負う。
美咲は幼い神木「さくらちゃん」と心を通わせ、神木の御使として成長していく。
そんな美咲を護衛する中で、これまでに湊は2つの襲撃を経験した。
ひとつは、刑務所の脱走犯らによる襲撃だった。彼らは黒いナイフを所持しており、美咲が通う研究室の課長・鹿鳴春花を敵視していた。
後に、黒いナイフの正体は、神木の結晶を悪意に染めたもの・黒晶を用いた凶器であることが判明するのであった。
湊が受けたもうひとつの襲撃は、美咲の誘拐だった。本来の御使の血筋である鹿鳴家の夫婦が、御使を保護するという無茶な建前を掲げ、美咲の誘拐を実行したのだ。
湊は夫婦の拠点に乗り込み、美咲を取り戻す。事件の発起人である妻は、何者かから黒晶のブレスレットを贈られていた。我が子が欲する彼女の願いが、黒晶によって歪められていたのだった。
本来、神木の結晶は、善き祈りを通し、善き願いを反映するものである。対して黒晶は、悪意を反映し、持つ者の願いを歪める。
神木の結晶を悪意で汚し、ナイフやブレスレットとして加工し、流布した者は誰なのか?
神木と煌都を守る警護隊は、急ぎ水面下で捜査を進めているのであった。
すっかり風が冷たくなった、ある日。
湊は幼稚園が終わった美咲を迎えに行き、美晴の運転する車で研究室へと向かっていた。
研究室の前で、二人は車から降りた。
「じゃあ、終わったら連絡します」
「ええ、お願いします。お嬢様、行ってらっしゃいませ」
湊が重たいガラスの引き戸を開け、美咲が隙間から入る。
そこまではいつも通りだった。
しかし今日は、階段の前に仁王立ちの先客がいた。
「はぁーっ、相変わらず辛気臭いとこねぇ。電気くらい点けろっての!」
女は悪態をついていたが、湊に気づいた。
振り向くと、肩で切り揃えた黒髪がサラリとなびいた。
「おう、あんたさぁ、ここの関係者?」
「は?あんた誰——」
瞬間、頬にバチンと重い張り手を喰らい、湊は膝をついた。
血の味がする。速すぎて手が見えなかった。
「口の利き方がなってないわね!」
女は湊の髪をグシャッと掴んで引っ張り上げたが、湊の顔を見ると、ニヤッと笑った。
「ん?……あぁ〜、そう!あんたが例の飼い犬かぁ!」
(いってぇ〜……飼い犬って、何だ?)
「ふーん、ツラはいいけど中身がこれじゃあねぇ〜」
湊を掴む女に対し、美咲が涙目で声を上げる。
「やっ……やめてよぉっ……!」
「あっ!あんた!」
女は湊を放り出し、今度は美咲を抱き上げる。
「本当だぁ!猪狩にそっくりじゃ〜ん!」
美咲はジタバタと暴れる。
「やめてよぉっ!おばちゃんいやっ!」
「はぁあ〜っ!?おばちゃんだとぉ〜っ!?」
女は激昂し、美咲を激しく揺さぶる。
「お!ね!え!さ!ん!おねえさん!分かったか!」
湊は美咲をもぎ取ろうと、女に掴みかかった。
「やめろ!美咲を離せ!」
「うっさい!」
その言葉を聞いた直後、腹部に衝撃を感じる。
「んぐっ!」
——次の瞬間、バリンという音と共に、湊は宙を舞っていた。
逆さまの建物が目に映る。
(えっ?蹴り上げられたのか?分かんなかった……)
湊の身体は分厚いガラス戸を突き破り、研究室の向かいに立つフェンスへ突っ込んだ。
「はぁーっ、なっさけない!受け身くらい取れよ!」
女は泣き喚く美咲を担いだまま、湊を足で小突く。
「ほら、立て!いつまで寝てんの!鹿鳴春花を呼んできな!」
湊はよろよろと立ち上がった。
「課長さん……?何の用ですか」
「いいから呼んでこい。支部将様がお越しだって言えば分かるさ」
女の言葉に、湊は耳を疑った。
(支部将!?この暴力女が!?)
女は肩に白い上着を引っかけている。あれが支部将の特別な隊服なのだろう。
支部将——それは、警護隊の各支部の最高戦力だ。総司令や支部長などの幹部にも意見できる、支部のほぼ頂点。
煌都には4つの支部があるため、支部将は4人いる。現在の照東の支部将は女性で、「照東の暴君」という称号を与えられていたはずだ。
(なるほど、これが暴君の由来か……)
「ほら、ボサッとすんな!早くしろ!」
女はずっと美咲を担いでいる。課長を連れてくるまで解放してくれなさそうだ。
まだ痛む腹を押さえながら、湊は足早に研究室へ入ったのだった。
***
湊は研究室内を走り回り、彼女の執務室に行き着いた。
課長・鹿鳴春花は、要求を突っぱねる。
「どうして?」
「だから今言ったじゃないですか!支部将のヤバそうな人が——」
「どうして私があの女のために足を運ばなくちゃいけないのって聞いてるの。分からない?」
湊は返す言葉を失い、黙って執務室を出た。
(あぁーっ、どいつもこいつも!)
***
「伝えてきましたけど——」
戻った湊が全てを言い終える前に、支部将は踵でコンクリートの階段を蹴りつけた。
重い衝撃と共に階段のブロックが抉れ、大きな破片がゴトッと転がり落ちる。
「あっ!?」
「あっ、じゃないっての!呼んできなっつったろ!次に一人で戻って来たら窓ガラス全部叩き割るからな!」
(絶対に脅しじゃない。この人ならマジでやる!)
既に割れたガラス戸を尻目に、湊は再び執務室へ駆け上がった。
「課長さん!あの人、来ないとここの窓ガラス全部壊すって言ってますよ!もう玄関と階段が壊されてるんです!早く来て下さい!」
課長は苛立ったため息をつき、ようやく重い腰を上げたのだった。
***
冷たい風が吹く中、女二人は対峙した。
支部将は、美咲を湊に押し付ける。
「あたしをおばちゃん扱いとか、どんな躾してるわけ!?ちったぁマトモに育てとけ!」
美咲は泣き腫らした目をしょぼしょぼさせながら、湊にぎゅっと抱きついた。
「ごめんね美咲、怖かったよね」
湊は美咲を撫でながら、女たちの行く末を見守ることにした。
課長は大穴が開いたガラス戸を見て、支部将を睨む。
「相変わらず、その頭に脳味噌は詰まっていないようね。これ、どうしてくれるの?」
「ふん、そんなこと心配しなくていいわ。もうすぐあんたはここにいられなくなるんだから」
「あなたにそんな権限は無いでしょう。明石ヨウコ」
課長の言葉に、湊は耳を疑う。
(明石!?)
いや、明石なんて珍しい苗字ではない。
こんなに暴力的な支部将が、まさか、まさか、あの温和な明石兄弟の姉なんてことはないだろう。
課長はなおも続ける。
「あなたの弟、今は私の部下になっているのよ」
(うわぁ、マジで姉さんかよ……)
警護隊・照東支部将、明石耀子。
それが彼女の名前だった。
「たまには弟と話してきたらどう、お姉ちゃん?」
「黙れ。1号を囲ってあたしの弱味を握ったつもり?言っとくけど、あたしはあいつが酷使されようが過労死しようがどうでもいいから!」
(えっ?今この人、1号って言ったか?まさか明石さんと耀二郎を1号2号で呼んでないよな?)
女たちは睨み合う。
どうやら因縁があるらしい。
(モラハラ課長とパワハラ支部将……どうしよう、どっちの応援もしたくないんだけど……)
先に口を開いたのは課長だった。
「……だったら今日は、何のご用かしら」
「ふん。鹿鳴春花。あんた、灯西にも研究施設を持ってるでしょう。そこへの立ち入り調査を許可しなさい」
支部将は、懐から小袋を取り出し、課長に突きつける。
中には、小さな黒い粒が入っていた。
(あれっ!?あのブレスレットの玉と似てる……!)
美咲を手中に収めようとした女、鹿鳴明日香。
彼女が何者かから贈られたというブレスレットも、黒い玉飾りでできていた。
「灯西で、黒い結晶が見つかったのよ。あたしたちはこれを黒晶と称し、詳細な調査を進めている。これが精神的な汚染被害を引き起こしている可能性は大きい。あんた、この黒晶に心当たりは?」
「いいえ」
課長の返答に、支部将は大仰に驚いて見せる。
「あ〜ら!そーなのぉ〜!?変ねぇ〜、あんたの統括してた倉庫で見つかったのよぉ〜?」
「倉庫?そんなところ、管理責任者しか出入りしないわ」
「あっそ。じゃあ、聴取で担当者から聞かせて——」
「いいえ」
支部将の言葉を、課長はピシャリと遮った。
「捜査を許可するとは言ってないでしょう。任意捜査は拒否するわ」
「ふん、そう言うと思った!でも、形式上はあんたにお伺いを立てなきゃね」
支部将は、白い上着を翻した。
「大方調べはついてんの。令状取ったら即刻強制捜査だからな!首洗って待っとけ!」
捨て台詞を吐いて、彼女は去って行った。
「……引っ掻き回される前に、早くしないとね」
課長は呟き、湊と美咲には目もくれず、研究室に引き上げて行った。
残された湊は、呆然と支部将の背中を見送る。
(とんでもない奴だ……明石さんも耀二郎も、あの人のせいで苦労してるんだろうな……)
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




