【21話(3/3)】大邸宅の食事会
邸内を見て回っていると、応接間から賑やかな子どもたちの声が聞こえてきた。
美咲の友達も、保護者と一緒に招待されているようだ。
「あっ、ゆりちゃんきた!ゆりちゃーん!」
美咲が声を上げて手を振る。応接間に入ろうとしていた女の子が、美咲に気づいて駆けてきた。
侑理はこちらを見るなり大きな声を上げる。
「あっ!ちっちゃいおにいちゃんと、おむかえのおにいちゃんだ!こんにちは!」
配慮を欠いた呼び方に、湊は目を剥いた。
(やめろ!一言余計だぞ!)
成海は微笑んで手を振りながら、小さく呟く。
「フフフ、獅戸家は躾がなっていないね……だから商人上がりは嫌いなんだ。美咲の親友でなかったら叩き出したのに」
(成海さん、なんか怖いこと言ってる……聞かなかったことにしよう……)
侑理は成海の前で立ち止まり、ぺこりとお辞儀をする。
「ちっちゃいおにいちゃん!ほんじつは、まことに、おめでとうございます!」
家で挨拶を練習してきたようだが、呼び方が致命的だ。
小太りの中年男性が真っ青な顔ですっ飛んで来て、成海にペコペコと頭を下げる。
(この人、前に見たな。この子の父親だ)
母親は来ておらず、代わりに父親が付き添っているようだった。
「うちの娘が大変な失礼を!すみません、すみません!行くよ、侑理ちゃん!」
親子が去った後、隣にいた照臣が話しかけてくる。
「今の人、煌都交通の社長だぞ」
「えっ?社長?」
煌都交通といえば、私鉄やタクシー、運送業など、煌都の流通網には欠かせない大企業だ。
「獅戸家の中でも資産家の生まれで、配送サービスの事業を成功させているのに、嫌なところを出さない謙虚な人らしい。父から聞いていたが、本当に腰の低い人だな」
湊の中では、美咲が登園復帰した際のトラブルで、母親に隠れて怯えていた印象しかない。
娘の頬を張り飛ばし、襟首を掴んで引きずった母親の方が強烈だった。
(あのキツい母ちゃんに散々シバかれて、家でもペコペコしてるんだろうなぁ……)
***
湊たちも応接間で待っていると、やがて侍従が現れた。
「大変お待たせしました。お席の用意ができましたので、こちらへどうぞ」
案内された広間には、長い机が鎮座していた。
皿の上にはネームカードが乗っている。
同じ苗字が続いているのは、親子連れだろう。
(美咲の友達はたくさん呼んでるのに、成海さんの方は、俺と吉川さんと紫苑さんしか呼んでないんだな)
もっとも、湊だって「美咲の友達」に入るのかもしれないが。
食事中の会話を考慮してか、席は美咲の側ではなく、照臣や紫苑の近くに配置してくれている。
湊と照臣が席に着くと、後から紫苑がトボトボと入ってきた。
パリッとしたスーツに身を包み、ピンクのメッシュが入った髪は編み込みが入っており、綺麗に結ってある。
(あの編み込み、まさか狩野さんに結ばれたのか?)
紫苑は借りてきた猫のように、シュンと大人しく座る。
「紫苑さん、その髪……」
「髪だけじゃないよぉ……宝具は没収されるわ、ピアスはむしられるわ、もう大変だったんだからぁ……」
元気のない紫苑を物珍しく眺めていると、成海の挨拶が始まった。
「本日は、食事会においで下さりありがとうございます。また、いつも美咲と仲良くして頂いて、感謝申し上げます。僕ら兄妹を支えて下さる皆様に、少しでもお返しができればとお招き致しました」
侑理の父親が代表として立ち上がり、深く礼をする。
「とんでもございません。成海くんはまだ若いのに、しっかりなさっていますね。ご両親のこと、お家のことで大変な苦労をなさったと聞いています。今後とも、成海くんと美咲さんが笑顔で新生活を送られますよう、陰ながら応援しております」
(おお、社長って感じだ……母ちゃんの尻に敷かれてるとは思えないな)
挨拶が終わり、侍従たちが料理を運ぶ。子どもたちはワンプレートで、大人たちはコース料理の要領で提供してくれるらしい。
サラダやスープの後、肉料理が運ばれてきた。
(うわぁ、高そうなステーキ……切り口めっちゃ赤いけど、多分こういうのがいい肉なんだろうな)
前に室長が奢ってくれた料亭の料理は、美味しかったが手が込みすぎていて、何を食べているか分からなかった。しかし、こちらは食べている食材が分かるし、何だか安心する味だ。
紫苑がひと口食べて声を上げる。
「あっ!これ、弥生ママンのごはんだ!」
紫苑の言葉に、成海はニッコリ笑った。
「流石だね。紫苑は弥生の料理のファンだから、絶対に分かると思っていたよ」
「じゃあ、今は厨房で作ってくれてるんだ。後でお礼言わなくっちゃ!」
紫苑はすっかり元気を取り戻したようだった。
子どもたちの方のテーブルでは、美咲がフォークで野菜を突いていた。
隣の席の侑理が、美咲に発破をかける。
「みさきちゃん!おやさいたべなかったらねぇ、ちっちゃいまんまなのよ!」
「むぅ……ちっちゃいまんまでいいもん」
「ゆりはおっきくなるもんね!だって、おかあさまよりおっきくなりたいもん!」
そう言って、侑理はプレートの生野菜をバリバリと食べる。
美咲は侑理を見ながら、残した野菜をちびちびと食べ始めるのだった。
***
食後のデザートを食べていると、料理人と狩野夫妻が挨拶に現れた。
「あっ、弥生ママンだ!」
紫苑が一番に気づいて手を振ると、弥生は嬉しそうにやってきた。
「紫苑さま、お食事はいかがでしたか?」
「弥生ママンのごはんだって一発で分かったよ〜!」
「うふふ、良うございました!」
その隣では、夫の狩野と照臣が言葉を交わす。
「お久しぶりです。昔お世話になっていた、吉川照臣です」
「おやおや、お久しゅうございます!あんなに小さかった坊ちゃんが、ご立派になられて……!」
照臣と紫苑は、それぞれ楽しそうに話している。
湊は、先に食事を終えた子どもたちを見に行くことにした。
***
テラスに面した芝生では、子どもたちがワイワイと走り回っていた。
美咲も、楽しそうに友達と走っている。
(美咲は泣き虫だけど、やっぱり笑顔の方が似合うよ)
美咲の笑顔を見ていると、何だかあたたかい気持ちになる。美咲には、ずっと笑っていてほしい。
湊がテラスで子どもたちを見ていると、侍従の美晴がやってきた。
「湊様、いかがなさいましたか」
「いや、別に、美咲を見てるだけです」
何気なく答えた後で、変質者のような発言をしてしまったことに気づいた。
「……あっ!変な意味じゃないですよ!見守ってる的な、そういう意味で!」
焦る湊に対し、美晴は頷いた。
「ええ、あなたがお嬢様に対して真摯であること、今はよく承知しております。こちらこそ、先日は失礼なことを申しました」
そう言って、彼女は深く礼をした。
「湊様。今後とも、お嬢様をよろしくお願い致します」
「……はい、もちろん」
無邪気に遊ぶ美咲を、二人はずっと見守るのであった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




