【21話(2/3)】猪狩邸への招待
猪狩家が引っ越してから数週間後。
新しい邸宅への招待について、湊は本当に連絡を受けることとなった。
成海や美咲の友達を招いて、食事会を開催するらしい。
寮の自室で、湊は来ていく服装を迷っていた。
(食事会って何だ?ただ食べるだけだよな?)
クローゼットの前で立ち尽くしている湊に、相部屋の瑛心が声をかけてくる。
「湊くん、どうしたのぉ?」
手には翡翠色の原石と、ルーペを持っている。
最近の瑛心は、暇さえあれば参考書を見ながら原石を調べている。自分の宝物である原石を、どうにかして光らせたいのだという。結晶の構造パターンが解明できれば、効率良く祈りを通すことができて、輝きを得やすいらしい。
「湊くん、さっきから動きが止まってるけど、お着替えしないのぉ?」
「いや、食事会みたいなのに行くんだけどさ、何着ればいいのかなって」
そういえば、瑛心の実家には「ばあや」がいると聞いたことがある。お手伝いさんのいる家で育った瑛心に、食事会の相談をしてみることにした。
「成海さんって分かる?生徒会長の、猪狩成海さん。前に住んでた家へ戻れたから、家のお披露目会と食事会を開くんだって」
瑛心は目を丸くした。
「猪狩先輩?そっかぁ、猪狩家のおうちかぁ……」
「何かあるの?」
「うーん、猪狩先輩のおうちがどうかは分からないけど、猪狩家ってだいたい厳しいんだよねぇ……」
瑛心は湊のクローゼットの中身を見た後、ベッドの柵に引っかけていた制服を指した。
「制服の方がいいと思うよ。冬服の上着も着てね」
「え、制服でいいの?」
「制服ってフォーマルな服装だからねぇ。あと、ピアスも無い方がいいかなぁ。あっても1個か2個がいいと思うよぉ」
「ふーん、そっか……ありがと」
「ううん、楽しんでねぇ〜」
瑛心はふにゃりと笑って、ルーペで結晶構造を分析する作業に戻った。
***
湊は冬服を来て、猪狩邸へ向かう。高い塀に沿って歩いていると、ようやく入り口に辿り着いた。
門はまだ閉ざされている。鉄柵の間から中の様子を伺うと、彼方に白い洋館が見えた。
「うわぁ、でけぇ……」
湊が洋館をよく見ようと門に張り付いていると、後ろから声をかけられた。
「湊も招待されたのか?」
「あっ、吉川さん!」
成海の友人・吉川照臣は、チェック柄のシャツに秋色のスーツを着ている。
(吉川さん、ネクタイまでしてる……あんな服持ってないし、瑛心に聞いて正解だったかもな)
美咲の誘拐事件以降、照臣とはしばらく会っていなかった。あの時の彼は、謎の黒い結晶の影響で激しい頭痛に苦しんでいた。
「吉川さん、頭痛はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、その節は迷惑をかけた。あれ以降、酷い症状は出ていない。やはりあの結晶が原因だったんだろう」
そう言って、照臣は門の向こうに目をやる。
「懐かしいな。あの本館は前と変わっていない」
「吉川さん、来たことあるんですか?」
「ああ。小学生の頃は、よく遊びに来たものだ」
「へぇ、そんなに昔から成海さんと知り合いだったんですね」
湊と照臣が話していると、高い塀をひょいひょいと飛び歩く姿が見えた。ピンク色のメッシュが目立つので、遠目からでも分かる。成海の友人・鳩羽紫苑だ。
紫苑は二人に気づくと、音もなく塀から降り立った。
「ヤッホー、お二人さん!」
照臣が顔をしかめる。
「鳩羽、昨日言ったはずだが……その格好は咎められると思うぞ」
「えっ、何で?大丈夫じゃね?コレで成海と遊びに行ったことあるし〜?」
紫苑はシルバーのアクセサリーをジャラジャラ着けており、シャツもジーンズも派手にダメージ加工が入っている。革ジャンにはチェーンがぶら下がり、ワイヤーフックの宝具が入った腰袋にも、飾りであろう金具やベルトがたくさん巻き付いている。
3人のもとへ、侍従の美晴がやってきた。
美晴は一礼して3人を見る。
「吉川様、大変お待たせ致しました。そして——」
美晴は湊に鋭い視線を向ける。
「湊様。シャツの裾とボタンだけ、きちんとなさって下さい」
「あぁ、はい……」
湊がシャツの裾をしまって詰襟のボタンを留めた後、美晴は門を開け、二人を中へいざなう。
「ちょっと、おねーさん!オレは!?」
声を上げた紫苑を、美晴はキッと睨んだ。
「鳩羽様。その格好ではご案内できません。スーツを貸しますので、着替えて頂きます」
「えぇ〜っ!?成海はいいって言うっしょ〜?」
「旦那様のご友人とて、礼節は守って頂きませんと。さあ、私と参りましょう」
「ふーんだ!おねーさんが許さなくたって、入っちゃうもんね〜!」
紫苑はワイヤーフックを取り出し、塀に引っかけようと放り投げた。しかし、美晴は素早くそのワイヤーを掴み、紫苑を羽交い締めにする。
「ギャアァッ!痛い痛い!腕固めないでよぉっ!」
「何ですか、その尖った宝具は!塀の塗装が剥がれるでしょう!さあ、お二人は先に中へどうぞ!」
暴れる紫苑を横目に、湊と照臣は門をくぐった。
「テルちゃん!湊!助けてぇーっ!」
「鳩羽、こうなるから忠告したんだぞ」
「じゃあ紫苑さん、また後で」
「キィ〜ッ、薄情者ぉ!」
美晴は長身の紫苑を軽々と脇に抱え、スタスタ歩いて行った。
(あの人、やっぱり怖い……逆らわないでおこう)
***
湊と照臣は、白い洋館に向かって歩く。
洋館までの道のりは、何とも殺風景だった。
「なんか、どこも平たい砂地ですね。柵で囲ってあるし、何か作るのかな」
「昔、この一帯は庭木や花で埋め尽くされていた。花畑を歩いているようで、それは綺麗だった……きっと、成海はあの風景を取り戻したいのだろう」
邸宅に辿り着くと、二人を成海が出迎えた。
「よく来てくれたね。紫苑はまだいなかったかい?」
「鳩羽なら、お付きの女性に連行されたぞ」
「ああ、美晴か……カジュアルな会だし、多少は大目に見ていいって言ったんだけどね。時間があるから、先に中を見ていくかい?」
二人は成海の案内で、邸内を見て回ることにした。
***
立派な螺旋階段を上がると、絨毯が敷かれた広い廊下に出た。
湊は恐る恐る廊下を踏みしめる。
(家というより城だ……これ、本当に土足で歩いていいんだよな?)
大きな窓の外からは、色々な建物が見えた。
「あれも敷地の中ですよね?本当に広いな……」
湊の言葉に、成海は建物を指して説明する。
「ああ。あっちが宝具の稽古ができる道場で、その間にあるのが観葉植物の温室だよ。まだあの辺りは手が回っていなくてね。照臣と湊も、道場が片付いたら宝槍の練習に使うといいよ」
3人が廊下を歩いていると、白いドアの部屋がバタンと開き、小さな姿が勢いよく飛び出してきた。
「みなとさぁーん!」
美咲が服のフリルを揺らしながら、嬉しそうに駆け寄ってくる。
そして成海がこちらを睨んでくる。
「兄ちゃんもいるんだけどなぁ……湊がいると、兄ちゃんを一番に呼んでくれないんだね」
(そんな目で見られても困るんだけど……言うなら美咲に直接言ってくれよ……)
成海の視線が突き刺さる中、美咲はこちらにポーズを取って見せる。
「みてぇ!おひめさまにしてもらった!」
そう言って、美咲は髪を触る。
複雑な編み込みがしてあるので、ヘアアレンジのことをお姫様と言っているようだ。
「すごいね。誰がやったの?」
「みはるさん!」
「美晴さんって、あの人か。器用なんだね」
美咲は湊の脚に抱きついてくる。
成海の視線が痛い。
「ねぇみなとさん、みさき、かわいい?」
(やめてくれ、今一番困る質問だぞ……!)
「うーん、どうだろうね……」
湊が苦し紛れに言葉を濁していると、成海が美咲を無理矢理引き剥がす。
「美咲、兄ちゃんによく見せて!湊は美咲のかわいさが理解できないんだって!代わりに兄ちゃんがいっぱい褒めてあげるからね!」
(はぁ?ここで俺がかわいいって言ったら死ぬほど不機嫌になるくせに!)
成海は美咲に拍手を送る。
「美咲、かわいい!今日は一段とかわいいよ!まさに姫!一国一城の姫!猪狩城の姫だ〜!」
美咲を褒めちぎる時間に入ってしまった。
しばらくは終わらないだろう。
一部始終を見ていた照臣が、湊に小声で尋ねる。
「成海、何だか情緒不安定じゃないか?やはり、あんな事件があって疲弊しているんだろうか……」
湊も小声で返す。
「成海さん、前からこんな感じですよ。美咲が俺に構うとすげえ目で見てくるし」
「そうなのか?僕は美咲ちゃんと関わりが無かったから、知らなかったな……」
成海の親バカならぬ「兄バカ」が終わるまで、湊と照臣は静かに待つのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




