【21話(1/3)】新たな侍従
*** あらすじ ***
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲の身辺警護を、任務として請け負う。
湊は、幼稚園が終わった美咲を迎えに行き、研究室で神木の御使としての測定を手伝い、家人の迎えが来るまで美咲と共に過ごすという日々を送っていた。
ところが、そんな美咲を狙う者がいた。本来の御使の血筋である鹿鳴家の夫婦が、美咲の叔父と共謀し、美咲の誘拐を実行したのだ。
湊は夫婦の拠点に乗り込み、美咲を取り戻す。そして美咲の兄・成海は、叔父との死闘を制し、生家の奪還にも成功したのであった。
木枯らしが吹きつける、放課後。
湊は腕を摩りながら幼稚園に向かっていた。
(急に寒くなったな……パーカーでも羽織ってくれば良かった)
幼稚園の駐車場には、黒い車が停まっていた。
(ん?狩野さんの車に似てるな)
ナンバーまでは覚えていないので、確信は持てない。
(引っ越したとは聞いてるけど、誰かが迎えに来るなんて言われてないし、別の車だよな?)
幼稚園の園庭では、複数の保護者が待っていた。
その中に、パンツスーツ姿の若い女性がいる。
(初めて見る人だ。さっきの車の人か?)
警護隊は、元を辿れば名家・猪狩家が指揮して生まれた組織だ。警護隊の附属幼稚園も由緒正しい名門とされ、富裕層の子どもたちが多く通っている。きっとあの女性も、そういった裕福な家の側近なのだろう。
荷物を持って出てきた美咲は、靴を履いた後、立ち止まった。何やらキョロキョロしている。
「美咲、どうしたの?こっちだよ、おいで」
美咲は、湊とスーツの女性を交互に見て唸っている。
「ん〜……」
「美咲?」
すると、スーツの女性がこちらへ向かって歩いてきた。
「え?あの……」
女性は湊に一礼した。
「あなたが湊様でしたか。お初にお目にかかります。私、猪狩家侍従の狩野美晴と申します」
「はぁ、どうも……」
(引っ越したのは聞いてたけど、お付きの人も増えたんだ。狩野ってことは、狩野さん夫婦の親戚か?)
美晴は礼をした後、湊をじっと見た。
(着崩した制服に、ピアス複数……旦那様から聞いてはいるけど、この子、本当に大丈夫なの?不良っぽいし、挨拶の仕方もぼさっとしているし……お嬢様を任せるには心許ないわね)
湊は、美晴の鋭い眼光に気づいた。
(あれ?なんか睨まれてる?こえぇ……)
美晴はずいっと湊に詰め寄る。
「湊様」
「うわ、何ですか」
「私は旦那様より、お嬢様のお世話を仰せつかっております。今後は私が送り迎えを致しますので、あなたのお手を煩わせることはございません」
突然の言葉に、湊は戸惑う。
(えっ?旦那様って、成海さんのことだよな?)
仮に成海が自分をお役御免にしたとしても、引越しの話と一緒に伝えてくるはずだ。となると、この話は女性の独断だろう。
「あの、どこまで聞いたか知らないですけど、俺は美咲を護衛するよう頼まれてて。だから俺が美咲を送らないといけないんです」
「私は車で送迎できますし、護身術の心得もございます。よって、湊様の護衛は不要です」
「えぇっ、不要って……!」
湊は、美晴が自分を排斥するつもりでいることを察した。
「待って下さい!俺は一応、訓練生の任務として請け負ってるんですよ!」
「それは旦那様からの依頼ですか?でしたら、その命は私に引き継がれたのだとご理解下さい」
「いや、成海さんじゃなくて、別の依頼人で!」
「依頼人?それはどなたです?」
「そ、それは、俺にも分からなくて……」
湊に美咲の護衛任務を託している、謎の依頼人。
先日、護衛対象の美咲が誘拐されるという一大事が起きたにも関わらず、依頼人が湊に連絡してくることは未だに無かった。
(依頼人が誰かなんて、俺が知りたいよ!てか、そもそも本当にいるのかな……)
依頼されていると言うのに、依頼人が分からない。要領を得ない湊の説明に、美晴の顔は一層険しくなる。
「分からない?出まかせを言うならもっと上手になさったらいかがでしょう?」
「はぁ!?嘘なんか言うわけないでしょ!」
「ならば、その任務とやらが本当だとして、何故あなたはその継続にこだわるのです?より安全な送迎が可能になったのですよ?真にお嬢様の身を案じるなら、体制が整ったことを喜ぶべきだと思いますが」
「だから、俺が依頼を受けてるから——」
「依頼である必要は?そして、護衛する者が私ではなく、あなたである必要は?」
「そ、それは……」
言い返したいのに、言葉が浮かばない。
(俺が最初に美咲と関わった時は金のためだったけど、今はそうじゃない。本当に美咲の安全を脅かす奴らがいて、そいつらから美咲を守りたくて……)
でも、その役目は自分じゃなくてもいい。
彼女が言う通りだ。むしろ、武に秀でているという彼女の方が適任だろう。
(それでも俺は、美咲と別れたくない……と、思ってるんだと、思う……)
項垂れた湊の隣で、美咲が震えてクシュンとくしゃみをした。
「あっ、待たせてごめんね」
湊は屈んで、ハンカチを取り出そうとした。しかし美咲は首を横に振り、提げていたポシェットを開けた。そして、自分のハンカチを取り出した。
「あれっ?美咲、チョコの丸めたやつ、持ってないの?」
湊は思わずポシェットの中を覗き込んだ。
ポシェットにずっと保管していた、チョコレートの包み紙の塊がなくなっている。
美咲の代わりに、美晴が応じる。
「チョコレートの包装紙ですか?お嬢様が集めていらしたようですが、要らないと仰ったので処分致しました」
湊は安堵した。
「良かった〜!あれ、汚いから捨てたかったんですよ。でも、美咲があれで遊んでたから……美咲、きれいにしてもらえて良かったね」
美咲は頷いて、自分のハンカチで鼻を拭った。
「美咲、そのハンカチ初めてじゃない?買ってもらったの?」
「おうちにあった」
「へー、新しいお家にあったんだ?」
「うん」
美咲はハンカチをしまってから、湊の手を引く。
「みなとさん、おうちきて」
「お家?新しいお家?」
「うん。おうち、みしてあげる」
「えーっと……」
(今まさに、お家の人に引き離されようとしてるんだけどな……)
湊の困惑をよそに、美咲は湊の腕を引っ張る。
「みなとさん、きて!ごはんたべて、いっしょにねんねする!」
美晴の眉が吊り上がった。
「いや、違いますよ!寝てないです!」
「あなたまさか、普段からお嬢様を手懐けて——」
「いいえ!それは絶対にいいえ!」
あろうことか、美咲は美晴にもねだり始めた。
「みはるさん、みなとさんとおうちかえる!」
「いけません!」
「いいの!」
「いけません!」
「いいのぉ!」
「いけません!」
「いいのぉ〜っ!」
美咲は大声を上げて泣き始めた。
「いいのったらいいのぉ〜っ!うあぁ〜んっ!」
(あーあ、美咲、すぐ泣くんだから……)
湊は呆れたが、美晴はおろおろしながら美咲の頭を撫でようとする。
「あぁっ、えっと、お嬢様、だって、仕方ないことなんですから……」
しかし美咲は、美晴の手を跳ね除ける。
「いいのっ!いいのぉ〜っ!」
「えぇっ?そんな、どうすれば……」
美咲の様子に、周りの保護者や先生が気づき始めた。
「あらあら美咲ちゃん、どうしたの〜?」
「あっ、これはっ……」
美晴はあたふたしているので、湊が先生に説明した。
「すいません、大したことじゃないんです。美咲が俺と家に帰るって言って聞かなくて」
「あらあら、そうなの〜!美咲ちゃん、お迎えのお兄ちゃん大好きだもんね〜!」
(あっ……!大好きはマズいって!)
また美晴を怒らせてしまったかもしれない。
早く会話を切り上げようと、湊は美咲をサッと抱き上げた。
「すいません、騒がしくって。失礼します」
「いいえ〜!美咲ちゃん、さようなら〜!」
「ほら美咲、先生にさようならは?」
湊に促され、美咲は鼻をグスグス言わせながら、先生へ手を振る。
湊は美咲を抱いたまま、足早に園庭を去るのだった。
***
門を出てから、湊は美咲を下ろした。
「美咲、落ち着いた?」
「うぅっ……えぇ〜ん……」
美晴は、二人の後ろを遠慮がちに着いて来ていた。
彼女は美咲に向かって、深々と礼をする。
「お嬢様、申し訳ございません……私がきつく言ってしまったばかりに……」
その光景に、湊は既視感を覚える。
(ん?……そうか、成海さんが泣いてる美咲に謝ったのと同じ!全く、この人もそういう感じかよ……)
「狩野さん、謝らなくっていいですよ。ダメなことはダメって言わないと。美咲はすぐ泣くから、泣けば言うこと聞いてくれるって勘違いしますよ」
そう言ってから、湊は屈んで美咲のポシェットを指差す。
「ほら美咲、さっきみたいに自分でハンカチ出して」
「うぅっ……ん……」
美咲は唸りながらも、ポシェットを開けて、自分で涙を拭いた。
美晴は、美咲と接する湊を見ていた。
(私ってば、お嬢様が泣いて、取り乱してしまったわ……それに比べてこの子は慣れていて、園の関係者とも話せて……悔しいけど、お嬢様の扱い方を分かっているのは、私の方ではないのね)
涙を拭う美咲へ、美晴は声をかけた。
「お嬢様、帰ったら一緒にお願いしてみましょう。お家にお友達を招待したい、と」
自分に敵意を向けてきたはずの彼女の言葉に、湊は目を丸くした。
「えっ?いいんですか?」
「湊様にも事情がおありなことは、理解致しました。私が研究室まで運転しますので、お嬢様と一緒にお乗り下さいませ」
そう言って、美晴は車の方へ歩きだした。
「いいんですか?」
「参りましょう。どうぞこちらへ」
美晴の心変わりに首を傾げながら、湊は美咲と共に研究室へ向かったのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




