【20話(1/3)】新生・猪狩第二邸
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲の身辺警護を任務として請け負う。
美咲は御使として幼い神木と心を通わせることで、神木や自身の能力に変化をもたらす。
美咲の処遇を決める会議では、本来の御使の血筋である鹿鳴家に美咲を引き入れ、他者と隔離するべきだという意見も出た。しかし美咲は、幼稚園に行きたいという気持ちを会議の場で表明した。最終的に、美咲は鹿鳴家の専属警護班の監視の下、通園を継続できることになったのだった。
ところが、そんな美咲を狙う者がいた。鹿鳴冬雪・明日香夫妻は、美咲を我が物にするため、美咲の叔父・猪狩啓三と共謀し、監視の警護班を買収した上で、誘拐を実行する。
湊は鹿鳴夫妻の拠点に乗り込み、美咲を取り戻す。そして美咲の兄・成海は、啓三との死闘を制し、生家の奪還にも成功したのであった。
ある休日。
猪狩成海は、奪還した邸宅への引越しを進めていた。
もともと住んでいた古いアパートは小さかったので、移動させる荷物は少ない。
最低限のものだけを持って、狩野の車に乗り込んだ。
***
美咲と弥生は、お世話になった近所の子どもへ挨拶をしに行っていた。
「なおくん……みさき、ひっこしちゃうの……」
母親と玄関口に出てきた直樹に、美咲は悲しそうに告げる。
直樹は目を丸くした。
「えっ!?もう、みさきちゃんにあえないの……?」
「うんっ……ばいばいっ……」
そう言って美咲が涙ぐむので、慌てて弥生が訂正する。
「お嬢さま!?幼稚園でお会いできますよ!」
「えっ!?」
「だから新しいお家を嫌がっておられたのですか?お家の場所が変わるだけで、幼稚園は変わりませんよ!」
「そうなのぉ!?よかったぁ〜!」
直樹の母が笑う。
「美咲ちゃん、公園で直樹と遊んでくれてたもんねぇ。ちょっと寂しくなるけど、また幼稚園で遊んでね!」
直樹は安心したように笑って、美咲に手を振った。
「みさきちゃん、またね!」
「うん、ばいばい!」
直樹の母に手土産を渡し、弥生と美咲も引越しに合流したのだった。
***
はるか昔、とある猪狩家の若者が海外へ留学した。その際、彼は中世の王城に深く感銘を受けた。帰国後、彼は自分の目で見た王城をもとに洋館を設計し、美しい豪邸を築き上げた。しかし、理想を追求するがあまり、巨大な洋館とそれを囲む広大な庭園の維持費は膨れ上がり、莫大な額になった。
猪狩第二邸。それは、猪狩家の所有する邸宅の中で最も維持管理が困難で、所有者を破滅に追い込みかねない、美しく恐ろしい大豪邸であった。
狩野が運転する車は、門をくぐって敷地内を走る。
かつて叔父が高級車を並べていた場所に、工事が入っているのが見えた。アスファルトを剥がして再び庭園に戻すよう、成海があらかじめ指示しておいたのだ。
成海は工事の様子を車窓から眺める。
(すぐ元通りにするのは難しいけど、冬の間に整備を終わらせたら、美咲の入学式までには花が咲くだろう。その時にはここで僕らの家族写真を撮りたいな)
門をくぐると、王城のような白い洋館が見えてきた。
成海は洋館を指して、美咲に話しかける。
「ほら、見えるかい?お城みたいだろう?今日からここが僕らの家だよ。そもそも、ここは僕らの家だったんだ。兄ちゃんが悪い人から家を取り返したんだよ」
狩野が運転しながら眉をひそめる。
「坊ちゃん、その言い方は……」
「本当のことだろう?それから今後、僕のことは坊ちゃんと呼ばないでくれ。僕がこの家の主なんだから」
「では何とお呼び致しましょう?」
「それは……」
邸宅の前には、二人の女性が出迎えに立っていた。
年配の侍従長と、侍従の美晴である。
「ようこそお越し下さいました、旦那様」
「ああ、君たちは旦那様呼びだったね。では、これからは旦那様でいこう」
他の侍従たちは、清掃や模様替えに勤しんでいる。
侍従長はその様子を案内しながら、邸宅の中へと成海たちを招き入れた。
「いかがでしょうか、旦那様?以前の写真を見ながら復元に努めているのですが」
「ああ、助かるよ。弥生、ここの昔の状態は覚えているだろう?時間がかかってもいいから、皆と協力して戻してくれ」
成海にそう言われて、弥生は微笑む。
「ええ、かしこまりました。侍従長さん、これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、お願い致します」
「よし、家のことは弥生たちに任せるとして……」
成海は美晴を見た。
「君は新卒なんだっけ?」
「はい。ですが、伯父と伯母から侍従としての教育を受けておりますので、一通りのお手伝いはこなせます。力仕事でも運転でも雑務でも、何なりとお申し付け下さい」
「そうか。じゃあ君には、妹の世話を任せるよ」
予想外の言葉に、美晴は戸惑った。
「私が、ですか……?」
美咲の世話は、ずっと伯母の弥生が勤めてきた。
そのため、美咲と関わる機会は無いと思っていたのだ。
「美咲も年頃になれば、きっと僕には言えない悩みもできるだろう。若い女性なら、良い相談相手になれるんじゃないかと思ってね」
美晴は目を伏せる。
「お言葉ですが、私は子どもに好かれたことがありません。お嬢様と信頼関係が築けるかどうか……」
「大丈夫だよ。美咲、おいで」
美咲はリビングの真っ暗な暖炉を不思議そうに覗き込んでいたが、成海に呼ばれてトコトコと戻ってきた。
「おにいちゃん、なに〜?」
「美咲、ご挨拶して。新しいお家の人だよ。ここは大きな家だから、今日からこの人も一緒にお世話してくれるからね」
「うん……」
美咲は大きな目で美晴を見つめ、ぺこりとお辞儀をした。
「こんにちは、いかりみさきです」
「初めまして、お嬢様。狩野美晴と申します」
できる限りの微笑みを見せようと、美晴は頑張って口角を上げたが、美咲は弥生の背中に隠れてしまった。
「美咲、この人は弥生の親戚なんだよ。美晴さんって呼んであげたらいいよ」
「ん……」
成海の言葉にも小さく唸るだけで、美咲は相変わらず引っ込んだままだ。
「申し訳ありません、やはり懐いて頂けなかったようですが……」
「そんなに人見知りする子じゃないんだけどね。きっとこの家に慣れたら大丈夫さ。じゃあ、美咲をよろしく頼んだよ」
***
美咲を連れて、美晴はリビングを出た。
美咲は幼稚園のリュックサックを背負い、その上からポシェットを提げている。俯いたままで、全く目を合わせてくれない。
(人見知りする子じゃないって言うけど、明らかに私は拒絶されている……でも、これが任された仕事なんだから、仕方がないわ)
「ではお嬢様、お部屋へご案内致しますね。お荷物をお預かりしましょう」
美晴が肩からポシェットを外そうとすると、美咲はポシェットの紐を掴んで首を横に振った。
「お嬢様、私がお持ちしますよ」
美咲はもう一度、黙って首を振った。
「……では、参りましょうか」
美晴が歩く少し後ろを、美咲はゆっくり着いてくる。
美晴が追いつくのを待とうとして立ち止まると、美咲も立ち止まってしまう。一定の距離を保ちたいようだ。
(どうすれば心を許してもらえるか、全然分からないわ……私に伯母さんみたいな母性は無いし……)
白い扉の前で、美晴は立ち止まった。
「こちらがお嬢様のお部屋です。どうぞ」
部屋を開けると、美咲はおずおずと中を覗き込む。
「わぁ……!」
桃色と白色を基調にした、かわいらしい空間が広がっていた。
美咲の目がきらきらと輝く。
「桜がお好きだと伺い、侍従一同で華やかなお部屋を設えました。さあ、お入り下さい」
美咲は桃色のカーペットを手で触ってから、靴を脱ごうとする。
「お嬢様、靴は履いたままでよろしいですよ。そのままどうぞ」
美咲は靴を脱ぐのをやめて、恐る恐る室内へ足を踏み入れた。
(お部屋の方は気に入ってもらえたみたいね。これで少しは警戒心が解けたらいいのだけど)
「では、荷解きとお着替えを致しましょう。お洋服をご覧下さい」
クローゼットを開けると、色とりどりの服がパッと現れた。
「ふりふり……!」
美咲はクローゼットに近寄り、ピンクのワンピースのフリルを触る。
「せっかくですから、そちらにお召し替えなさいますか?」
美咲は声で返事をしないものの、元気に頷いた。
(良かった、服も気に入ってくれた!あらかじめ旦那様にお嬢様の好みを聞いておいて正解だったわね)
美晴は安堵して、美咲の着替えに取りかかった。
「ではお嬢様、お荷物は置いておきましょうか」
そう言うと、美咲はようやくポシェットを外した。
美晴はポシェットとリュックサックを受け取り、机に置く。
(このポシェット、中は何が入っているのかしら?ハンカチ?それともお菓子?)
「中身を確認致しますね」
美晴がポシェットのファスナーを開けた瞬間、中からチョコレートの包み紙がバラバラと出てきた。
「えぇっ!?何!?」
「あっ……!」
動揺する美晴を見て、美咲は気まずさを覚えた。
ゴミを集めている子だと思われただろうか?
そう考えると、美咲は何だか恥ずかしくなった。
「えっと、これは……幼稚園か何かで、集めておいでなのですか?」
美咲は、遊びに使うためだと弁解しようとした。
しかし、最近はいつの間にか使っていないことに気づいた。
(みなとさんいるし、おえかきしてるし、いらないや)
「……ううん」
「では、捨ててよろしいですか?」
「うん」
美咲はカーペットに落ちた包み紙を拾い集めた。
美晴はゴミ箱を差し出す。
「ではお嬢様、こちらに入れましょうか」
美咲はすんなりと包み紙をゴミ箱に捨てた。
(本当は大事な収集物なのかしら?でも、余計な収集癖がついてはいけないし、早く捨てた方がいいわ)
「さあ、いつもお持ちのお鞄ですし、ハンカチやティッシュを入れましょう」
美晴はポシェットの中に、白地に桃色の刺繍が入ったハンカチを入れた。
そして美咲がワンピースに着替えるのを手伝ったが、三つ編みが少し崩れてしまった。
(お嬢様の髪、色が薄くて綺麗よね……編み込みをしても映えそう)
「お嬢様、髪も整えて差し上げましょう。座ってじっとしていて下さいね」
美晴は美咲の三つ編みを解いて、編み込みを加えながら三つ編みを結い直していく。
美咲は鏡を見て、息を呑んだ。
(わぁ……!おひめさまみたい……!)
髪と服を整え、中身を入れ替えたポシェットを提げ、美咲は鏡の前で何度もくるくる回って自分の姿を見ている。
「おにいちゃんのとこいく。みしてあげる」
「旦那様ですか?そうですね、きっとお喜びになりますよ」
二人は部屋を出て、成海のもとへ向かった。
「おにいちゃん!みてぇ!おひめさまになった〜!」
成海は難しい顔をして邸宅の図面を見ていたが、美咲を見るなり顔を輝かせた。
「わぁ、本当だ〜!かわいい美咲がもっともっとかわいくなっちゃった!桜の国のお姫様かと思ったよ!」
(その国は一体何?まあ、喜んで頂けて良かったわ)
兄妹の満足げな表情を見て、ほっと胸を撫で下ろす美晴なのであった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




