【19話(9/13)】トラウマ
あれは、小学校の3年生か、4年生の頃。
冬雪は四つ子の中で、誰よりも奉納演舞が上手かった。
演舞の指導係は冬雪を褒めた。
「冬雪さまは難しい動きでも姿勢がぶれておりませんね!こんな素晴らしい舞をお届けできるのですから、きっと神木さまも冬雪さまを後継者に選んで下さるに違いありません!」
学力も、加護も、祈念も、兄や姉たちに劣っていた。だからこそ、その言葉が嬉しくてたまらなかった。
しかし、それで調子に乗ってしまったのが、全ての始まりだった。
ある時冬雪は、姉の春花を煽ってしまった。
「姉さんさぁ、そんなに勉強したって意味ないよ〜!オレ、おどりが一番なんだって!だからオレがみつかいになるんだ!」
春花は冬雪を突き飛ばした。
「うわっ!?」
冬雪はバランスを崩し、地面に倒れる。
「いってぇー!何すんだよ!」
春花は冬雪の上に馬乗りになって、何かを振り下ろした。
ゴッ!という衝撃と共に、痛みが走る。
「んぐぅっ!?」
彼女は石を握りしめていた。その石には、べったりと血が付いている。
「やめろっ!」
冬雪は叫び、必死に抵抗した。しかし春花は表情ひとつ変えずに、何度も何度も顔を石で殴りつける。
(いたいっ!いたいいたいっ!もうやめてくれっ!オレが何やったって言うんだよっ!?)
冬雪の叫び声を聞いて、四つ子の世話係が駆けつける。
春花は立ち上がり、彼女に言った。
「冬雪、こけて顔を打ったの。手当てしてあげて」
そう言って、春花は去って行った。世話係は、少しくらい春花の行動を見ていたはずなのに、咎めることは無かった。
***
冬雪は世話係に連れられて病院に行った。
待っている間にも、顔からダラダラと血が流れる。服の袖で拭いても拭いても止まらない。鼻か唇か歯茎か、どこから血が出ているかも分からない。
ガーゼで止血し、レントゲンを撮った後、医者は言った。
「あー、前歯の根っこにヒビが入ってるかぁ……大人の歯だけど、これは残すの厳しいねー。ケガの方は、外と中が貫通しちゃってるなぁ……よし、ナート用意して!結構大変だから、一緒に頑張ろうね!」
診療チェアのテーブルに、様々な道具が用意されていく。糸がついた縫い針、大きなハサミ、そして注射器。
「まずは歯ぐきと内側の粘膜を縫って、その後で外側の皮膚も縫うからねぇー。痛くないように、最初に一気に麻酔しちゃおっか!」
医者は大きな注射器を持ち、カバーキャップを外す。
細く鋭い針が、顔に近づいてくる。
「いやだぁーっ!いたいいたいっ!」
冬雪は足をバタつかせ、手をブンブン振り回す。
「こらっ!動くと針が腕に刺さっちゃうよ!先生まだ何もしてないよ!幼稚園さんだって頑張れる子はいるんだから、キミも頑張ろうね!誰かネット出して!先生、顔をお願いします!」
屈強な医者が隣のチェアからやってきて、顔をグッと押さえられる。
「ごめんねー、危ないからお顔ギュッとするねー」
周りのスタッフは、身体にネットを巻きつけて、チェアに縛りつけてくる。
必死に身体をよじるが、動けない。
「いやだいやだ!やめてぇーっ!」
「これ頑張らないと、お顔が綺麗に治らないよ!ちょっとチクッとするよー、いちにのさん!」
「ギャアーッ!!」
***
湊にマスクを剥ぎ取られた途端、冬雪は口元を押さえて飛び退いた。
激しい動悸がして、呼吸が荒くなる。
べっとりと流れる血、赤くなった服の袖、並べられた無機質な器具の数々、口元に近づく注射針、麻酔薬の苦み、締め付けられた身体、歯肉に刺さる縫い針の感覚。
過去のトラウマが、一気に襲い来る。
「あっ……うっ……あぁっ……!」
(息が!息ができなくなる!早く覆わないと!)
冬雪はマスクを取り返そうと掴みかかる。
「かえせっ!はやくかえせっ!」
湊はマスクを祈念室の外に放り投げた。
マスクを追いかけようとする冬雪の胸ぐらを掴む。
「いいから一発殴らせろ!」
「うああーっ!さわるなぁっ!」
冬雪は激しく抵抗し、湊の手を振り払った。
両手で口元を覆い、肩で息をしながら忙しなく辺りを見回す。
「っ……はぁっ……はやく、はやく……!」
冬雪は窓際に走り、カーテンの裾に顔を埋めた。
「はぁ?何してんの?」
湊が近づこうとすると、冬雪は情けない声を上げて、カーテンに隠れる。
「ひゃあーっ!くるなぁっ!」
「何?見られたら死ぬわけ?」
「やめろっ!くるなっ!あっちいけ!」
冬雪は顔をカーテンに突っ込んだまま、子どものように拳をぶんぶん振り回す。
「いや、まだそんな近づいてないし……何なの?」
湊が困惑と呆れを見せていると、裏口が開き、ほっそりとした女性が入ってきた。
パニックに陥った冬雪を見るなり、女性はそっと抱きしめて、口元を袖で覆い隠した。
「あなた、大丈夫よ……私と一緒に行きましょう」
冬雪を支えながら、女性は湊に礼をした。
「鹿鳴冬雪の妻、明日香と申します。御使さまを我が物にしようとしたのは、私です」
「えっ……!?」
湊は耳を疑った。
しかし、目の前の女性は、確かにそう言った。
「本当に、愚かなことをしてしまいました。警察には既に通報しております。ご家族にも、こちらに来て頂くようにご連絡をお願いできませんか」
「は、はぁ……美咲は?無事なんですよね?」
「ええ。助けにいらした方もご一緒に、裏の自宅にいらっしゃいます。どうぞ、こちらへ」
あまりにもすんなりと案内するので、罠としか思えない。
成海と狩野夫妻にメッセージを送ってから、湊は慎重に女性の後を着いて行くのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




