【19話(7/13)】神の御業
成海が前回の決闘に敗れ、猪牙刀を奪われて間もないある日。
彼は浮かない顔で訓練校を歩いていた。
(あいつのことだから、きっとまた何かを奪いに仕掛けてくるはずだ……どうやったら取り返せる?どうやったら勝てるんだ?)
「猪狩!しみったれた顔すんな!」
いきなり背中をバシィッと叩かれ、成海は咽せる。
こんなに力強く叩いてくるのはあの人だけだ。
「照東将!」
白い隊服を肩に引っかけ、女性はニィッと笑う。
「何か悩んでるでしょ?あたしに言ってみな!」
昔から豪快で、昔から最強。
彼女は、成海にとって憧れの存在だった。
「照東将。あなたはどうやってそんなに強くなれたんですか?」
「持って生まれた才能に決まってんだろ!……って言いたいけど、まあ、それを開花させるきっかけはあったわね」
照東将は、隊服をぶんぶん振り回しながら話す。
「まだあたしがイキってた頃、ガチでボコられたことがあってさぁ。ダメだ、もう死ぬ!っていう時に、ブワァーッと、何かが上限突破したのよ」
「何か?どんなものですか?」
「あたしも分かんないって言ってんだろ!」
彼女は指に引っかけた隊服を、勢いよく成海にぶつける。
「わっ、すみません」
「アレよ、いわゆるリミッターってやつ!」
(なんだ、ちゃんと答えがあるんじゃないか……まあ、こういう理不尽なところがこの人の良さなんだけど)
「あたしをコケにした奴のことは未だに許してないけど、ここまで目覚めさせてくれたことには感謝だね」
そう言って、照東将はグシャグシャと成海の髪を掴む。
撫でているつもりらしい。
「猪狩。あたしの見込みでは、あんたにも才能がある。リミッターを外す才能がね。だから早く、あたしのところまで上がってきな」
そう言うと、彼女はニィッと笑ってウインクを飛ばした。
***
死ぬ寸前まで追い詰められ、リミッターが外れる。
それを狙って、成海は丸腰で決闘に挑んだ。
極限まで追い込まれた先に待つ、覚醒と勝利。
それを信じて、成海はひたすら足掻いていた。
「おら、どうした!もう終わりか!」
ふらふらと立ち上がる成海の顔に、啓三は容赦なく猪牙刀を振るう。
地面に膝をつくたび、鼻や口からぼたぼたと血液が落ちる。
(限界の、その向こうへ行くんだ!美咲のために!僕自身のために!)
身体中が痛い。
だが、痛みとは違う別の何かが、頭で響いている。
ダンッ、ダンッと、鉄の扉を全力で叩いているような、そんな感じがするのだ。
成海はよろめきながら、弱々しく握った拳を振りかざす。
啓三はそんな成海を蹴り飛ばした。
起き上がろうとしたところを、猪牙刀が額を叩く。
ゴッと鈍い音を立て、額がぱっくりと割れた、その時。
——成海の中の何かが、解き放たれた。
***
突如、浮遊感が全身を包む。
とても心地よい。
屋上の扉が開かれ、その先の青空が見えたような、そんな清々しさがあった。
そして次の瞬間、成海は俯瞰で自分の姿を見ていた。
血みどろの顔に、砂がこびりついている。腕には大きな内出血がいくつもできている。
実に晴れ晴れとした気持ちなのに、地面に這いつくばる自分はなんと汚く惨めなのだろう。
(ああ、治さないと……)
***
成海は、なおも迫り来る猪牙刀を、片手で受け止めた。
口元が綻び、笑い声が漏れる。
「フフッ……そうだ……どうして、こんな簡単なことに気づけなかったんだ」
「どうした?遂に頭がイカれちまったか?」
啓三は成海を鼻で笑ったが、成海が猪牙刀の刀身を離さないことに気づいた。
「おいっ、離せ!」
成海は猪牙刀を掴んだまま、ゆっくりと立ち上がった。
(照東将、ありがとうございます。僕も突破できたみたいだ)
成海は、猪牙刀の先端を深く握り込んだ。
白く光っていた結晶が、少しずつ青白くなり、成海の色に染まっていく。
「あっ!?何しやがる!離せ!」
必死に猪牙刀を振り回して、成海の手を払う。
改めて成海に向き合った時、啓三はぎょっとした。
「なっ……!?」
——先ほどかち割ったはずの額が、綺麗に治っているではないか。
顔は血まみれだが、鼻や口から流れ出ていた血は止まっている。
ふらついていた足元は、今やしっかりと立っている。
成海は身体の状態を確かめるように、手足を動かす。
「簡単なことだ。怪我をしたら治せばいい。疲れたら回復すればいい。どうして今まで気づかなかったんだろう」
啓三は、震える足で後ずさる。
(確かに回復祈念は存在する。だが、それは他人の治癒力を底上げするのであって、自分には使えないし、こんな魔法みたいには治らない!)
結晶に通せる祈りは、善き祈り。
善き祈りとは、誰かを想う、誰かのための祈り。
見返りなしで他人の回復を心から祈る者だけが、他人の治癒力に干渉できる祈念を会得できる。だが、それはあくまでも免疫機能などに働きかけるとされており、傷病の治りが多少早まる程度である。
猪狩成海が目の前で成し遂げたのは、煌都の一般的な回復祈念とは似て非なるもの。
通常の人体では考えられない、恐るべき速度の、自己への回復祈念。
まさに、神のみが為せる業。
たった今、彼はそれを授かったとでも言うのだろうか。
「ほら、こうすれば無限に戦えるだろう?」
成海は啓三に手招きして挑発する。
「さあ、もう一回」
啓三は、手の震えを抑え込むかのように、猪牙刀をしっかりと握った。
いつの間にか、刀身から成海の青白い光は消えていた。
(よく分からねえが、結晶を通じた動きなら祈念には違いねえ。だったら祈ることもできないくらいに叩きのめすだけだ!)
「調子に乗ってんじゃねえぞ!このーっ!」
啓三が全身全霊で猪牙刀を振り下ろすと、成海は手で刀身を受け止めた。
その勢いを殺しきれず、手首がゴキッと音を立て、手のひらがダランと垂れ下がる。
「おや、折れてしまったね」
すかさず成海はもう片方の手を伸ばし、猪牙刀の刀身を掴んだ。
「まっ、まさか……!」
猪牙刀が青白く輝くと、成海は折れていた手を振って見せた。
「ほら、治った」
成海はなおも猪牙刀の刀身を掴んだまま、ぐっと祈りを込めた。
刀身が蒼く輝く。
「うっ……!」
凄まじい祈念に手が弾かれ、啓三は反射的に猪牙刀から手を離した。
「ようやく取り戻せた」
成海は愛おしそうに刀身をなぞる。
「そうだなぁ、治してばかりじゃつまらないか。今度は強化なんてどうだい?」
「はぁ……!?」
輝く刀身を閃かせ、成海は啓三に詰め寄る。
(しまった、早すぎる……!)
今までに見たことのない速度で間合いを詰められ、啓三は後ずさる間もなく成海の猛攻を受けた。
圧倒的な祈念を湛えた猪牙刀で、成海は啓三を蹂躙する。
「うっ、すまない、俺が悪かったっ……!」
「もう降参するのか?」
「そ、それは……それはっ……」
「遅い。これで終わりだ」
言い淀んだ啓三に向けて、成海は喉元めがけて猪牙刀を突き刺した。
——しかし、その寸前。
熱鉄のように輝く宝刀が、成海の猪牙刀を食い止めた。
「……狩野、邪魔をするな。こいつは降参していない」
狩野は自らの宝刀で、ぎりぎりと成海の猪牙刀を押し返す。
「坊ちゃん、おやめ下さい。これ以上はいけません」
「僕に逆らうなら、お前も同じようにするぞ」
成海は狩野に向けて蒼い猪牙刀を振るう。狩野はその猛攻を捌きながらも、その異常な勢いに慄いていた。
(宝刀を振るう速度と力が、格段に上がっている……!)
今の成海からは、殺意がビリビリと伝わってくる。
それはまるで鬼神のような気迫だった。
(本気だ……このままだと、この方は本当に戻れなくなってしまう……!)
成海には、猪狩家に伝わる蛮勇な力が眠っている。
長年指導する中で、狩野はそれを確信していた。
だが、その力が、ここまで彼を冷酷にしてしまう程だとは思っていなかった。
重い一撃を受け止め、狩野は成海を説得する。
「坊ちゃん、啓三さまを殺めてはなりません!お嬢さまと一緒に過ごせなくなってしまいますよ!」
「美咲が安全に暮らせるなら、それでいい。ここで僕が息の根を止めないと、こいつはまた僕らに害を為す」
(いけない、力負けするっ……!)
狩野の腕が限界を迎えた、その時。
ふっくらとした腕が、背後から成海をひしと抱きしめた。
「坊ちゃん。照臣さまから連絡が入りました。きっとお嬢さまが見つかったのでしょう。早く、お迎えに参りましょう」
母性に溢れる弥生の腕の中では、誰もが幼児のように甘えたくなってしまう。
成海は猪牙刀を納め、ふっと微笑んだ。
「……やっぱり、弥生には敵わないね」
***
照臣から送られた位置情報は、啓三の持つ情報と一致していた。
それを確認した後、狩野は即座に車を用意しに行った。
啓三はよろよろと立ち上がり、砂を払う。
「フン、まあいい。この家は別荘みたいなもんだし、手放そうが惜しくねえ。お前ら、俺の本邸に引き上げるぞ」
侍従たちに声をかけて、啓三は歩き出す。
しかし、侍従たちは誰一人として着いて来なかった。
「……おい!お前ら、聞こえてんだろ!」
侍従長が啓三の前に出る。
「私共は、この屋敷に仕える身。貴方さま個人の下僕ではありません!」
「何だと!生意気言うなっ!」
頬を打たれる寸前で、成海が啓三の手を掴んだ。
「この屋敷はもう僕のものだ。僕の侍従に手を出すな」
侍従長は、目を輝かせて成海を見つめる。
「だ、旦那様……!」
啓三が侍従長に向かって喚く。
「おい!旦那様は俺だろうが!」
成海はそれに構わず、侍従長に微笑みかける。
「では侍従長、最初の命令だ。こいつを屋敷の外へ出してくれ。もちろん、丁重に、ね」
そう言いつけて、成海は弥生と共に狩野の車に乗り、去って行った。
成海の言葉を受け、侍従長がパンパンっと手を叩く。
「さあ皆さん、旦那様からのご命令ですよ!この方をお連れして!」
「はーい!」
啓三の前に、美晴が立ちはだかる。
「お客様。大変お疲れでしょうし、私共が運んで差し上げましょう」
「はぁ!?」
「いえいえ、お気遣いなく。では、失礼しますねー」
美晴は啓三の懐に素早く入り込み、腰を掴んで持ち上げる。
「うわっ!?」
侍従たちは宙に浮いた足と腕をめいめいに持ち、侍従長の先導に続いてズルズルと引きずって行く。
「痛い痛いっ!おい、背中と頭が痛えんだよ!歩けるから離せっ!」
片足を掴んでいた美晴が声を上げる。
「侍従長!お客様が痛いと騒いでおられますー!」
「あらあら、それは大変!早く最短距離で送って差し上げましょうねー!」
侍従長はわざわざ段差のあるところを通り、高級車が停まったアスファルトを突っ切っていく。高級そうなスーツが、アスファルトの粗い地面に擦れてザリザリと音を立てる。
「おいっ、お前ら!今まで面倒見てやったのに、何だよその態度は!」
正門の前で、侍従長は声を張り上げる。
「あらまあ、面倒を見ていたのはどちらでしょう!?熱いご飯をフーフーして差し上げたり!靴紐をちょうちょ結びして差し上げたり!」
「だぁーっ!分かった!分かったからそんなでけえ声で言うんじゃねえっ!」
啓三は道路の向こうまで這った後、捨て台詞を吐いた。
「お前ら、覚えてろよ!」
そう言って、啓三はそそくさと退散したのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




