【19話(4/13)】祈念室
照臣の探知に従い、湊は祈念室の前に来ていた。
祈念室は、神木に祈りを捧げる場所だ。とは言え、一般都民にそこまでの熱量は無い。日常的に集まるのは、少数の熱心な信徒だけだ。
「吉川さん、ここに美咲がいるんですか?」
照臣はブレスレットを額に当て、祈りを込める。
「……いや、もう少し奥だな。どこか入れそうなところはあるか?」
祈念室の奥には、立派な洋館が建っている。裏まで回り込んでみたが、ぐるりと高い石塀に囲まれており、祈念室の側を通らないと辿り着けない構造になっていた。
さらに、祈念室の入口には信徒らしき人々が立っている。彼ら全員の目を掻い潜って奥へ入るのは、至難の業だろう。
しかし、湊には絶好の切り札があった。
「じゃあ、俺が時間稼ぎをします。その間に、吉川さんは裏の家へ行って下さい」
「湊、本当に大丈夫なのか?」
「はい。あいつらの注意を引く方法、分かってるんで」
照臣が遠くの物陰から様子を伺う中、湊は宝槍を背負い、信徒たちに近づいた。
「すいませーん、祈念室に入りたいんですけど。中で何かやってるんですか?」
信徒たちは、怪訝な顔を見合わせる。
「今は神教師さまの講話の最中だが……」
神教師とは、司祭や僧侶のような神職者だ。
神木の逸話と、そこから得られる教訓を広め、民の祈りを神木に届けるとされている。
「俺、いや、僕も、講話を聞きたいんですが」
「見ない顔だが、学生さんかい?名前は?」
この信徒たちが、誘拐の件を知っているとは限らない。だが、祈念室の中に誘拐犯を匿っている可能性もある。美咲の関係者だと思われない方が、探りを入れやすいだろう。
湊は、咄嗟に浮かんだ名前を言った。
「えっと、訓練生の、巻幡晃記です。僕は教典を全部暗記するくらいに、神木さまを深く信じています。だから、神教師さまの講話にも興味があって」
信徒の一人が教典を取り出す。
「ふーん?学生さん、教典が全部で何ページあるのか知ってるかい?全部を暗記だなんて嘘はいけないよ」
(よし、かかった!こういう熱心な奴ら、やたらと自分の信仰度でマウント取りたがるんだよな)
「一言一句とまでは自信が無いですけど、だいたいはどこでも暗唱できますよ。ここで試してみますか?」
信徒たちは頭を寄せ合い、教典のどこを問題に出そうか話し合う。
「じゃあ、ここら辺にするか?」
「いやいや、そんな有名どころは私だって唱えられるぞ!ここなんかマイナーじゃないか?」
視界の端で、照臣が洋館へ走るのが見えた。
(こんなことが役に立つとはな……吉川さんのために、ここで時間稼ぎするか)
***
湊は祈念室の前で、教典の文言を誦んじていた。
「——三人の剣士どもの働きをもちて、国は時めき、安寧保ち、神託受け取るべくなりき。国王は、剣士どもをいとあはれがり、一族に要職任すべくなりき。かの忠誠心は、子孫どもに受け継がれたるなり」
信徒らは驚嘆して拍手を送る。
「おおーっ!凄いねぇ、巻幡くん!」
「剣士の章だけでなく、邂逅の章も暗記しているとは!」
「じゃあ次の問題は……」
祈念室の扉が開いて、男の怒鳴り声が聞こえた。
「おい、講話中だぞ!さっきからうるせえんだよ!」
「神教師さま、申し訳ありません!ですが、すごいんですよ!この巻幡くんって学生さん、本当に教典を丸暗記してるんです!」
(神教師?神職なのに、言葉遣いの荒い奴だな)
信徒たちの間から顔を覗かせると、神教師と目が合った。
黒いマスクに黒い髪、鋭い目つき。
「あっ!鹿鳴冬雪!」
冬雪も驚いて声を上げる。
「お前っ!?何でここが分かった!?」
湊は信徒たちを掻き分け、冬雪が閉めようとする扉を掴んだ。
「その言い方、あんたが誘拐したんだな!」
美咲の処遇を決める緊急会議。
そこでこの男は、美咲を鹿鳴家で預かることを提案していた。
(成海さんへの煽り文句じゃなくて、マジで美咲を手に入れたかったのか!)
冬雪は扉から手を離し、祈念室の奥へ逃げる。
「おいっ、逃げんな!」
湊は扉を開け放って、宝槍を構えながら突っ込んだ。
中にいた信徒たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。冬雪が神教師であり、信徒へ講話をしていたのは本当だったようだ。
信徒たちの中で、二人の男だけが残った。
彼らは冬雪を守るようにして、湊に対峙する。
「あんたら、美咲を監視してた警護班!?」
よく見ると、会議で成海を取り押さえたのと同じ二人組だ。
冬雪はクックッと嗤う。
「神事局の奴らもバカだよなぁ!警護班を監視に付けてくれたおかげで、俺の配下が簡単に近づけた!」
「配下?鹿鳴家の警護班は、元を辿れば警護隊の隊員だろ!あんたのもんじゃない!」
冬雪は二人の肩に、ポンと手を置く。
「金の分だけきっちり働けよ。こいつを捕まえろ」
(金?班員の中で、この二人だけを買収したのか!)
美咲を誘拐したのも、金を積まれてやったのだろう。
冬雪はヒラヒラと手を振りながら、裏口に向かう。
「せいぜい頑張れよー」
「おいっ、待てっ!」
湊は冬雪を追いかけようとしたが、警護班の二人組に阻まれる。
冬雪はそのまま裏口を出て、洋館の方へ去って行った。
(ヤバい、吉川さんが見つかるかもしれない!)
通信機で連絡したいが、男たちは左右に分かれて湊を挟むように立つ。通信機を操作する隙は与えてくれなさそうだ。
湊は宝槍を構え直し、前後に気を配る。
(相手は二人だけど、向こうは丸腰だ。宝槍を使えば勝機はある!)
湊は宝槍の結晶部分に触れて、祈りを込める。
(美咲を助ける!絶対に!)
翡翠色の宝槍が、白く眩い光を放つ。
照臣は、何度か宝槍の指導をする中で、湊の強みを指摘してくれた。
それは、結晶への祈念が上手いことだった。
神木から生み出された結晶は、民の祈りがこもるほど、より強く輝く。湊の生み出す眩い輝きは、それだけで十分な威嚇になり得る。
(吉川さんが、大方の所作は教えてくれた。正しい構え、強い祈念を心がけていれば、相手は踏み込んで来れない。まずは距離を取って、冷静に——)
背後にいた班員が飛びかかってくる。
(そうだよなぁ、学生相手に待ってくれるわけないか!)
訓練生用の宝槍は、全てが結晶でできているわけではない。しかし、先端の穂先から下端の石突まで、結晶のコーティングは繋がっている。
湊は背後へ柄を押し出し、輝く石突を班員の手首に突き当てた。
(よし、皮膚に当たった!)
服の上からでも祈念は通じる。だが、直接皮膚に当てた方がダメージは大きい。
班員はよろめいて、手首を押さえる。
「うっ……!結構強いな、触らないよう気をつけろ!」
湊の前方にいた班員は、その声に応じて少し後ろへ下がった。
結晶に強い祈りを込められる、もうひとつの強み。
相手が結晶に触れても、刃のように肉体を切り裂くことはできない。だが、祈りの強さに応じて、相手に痺れや疲れ、気絶などのダメージは与えられる。一度相手がそれを受けてしまうと、危険を感じて容易に踏み込むことはできなくなる。
結晶への祈念を意識して、とにかく相手を遠ざける。
そして、相手の皮膚に対して正確に振り当て、一撃あたりのダメージを大きくする。そのダメージでさらに相手を警戒させ、遠ざける。
この動きが、照臣が指南してくれた、湊の強みを活かせる立ち回りだった。
(吉川さんの言う通り、相手との距離は作れた。でも今は一対一じゃない。挟み撃ちの状況を変えないと)
二人の班員は、声をかけあって連携を取っている。
下手に踏み込んだら、もう一方がカバーに入るだけだ。
(ベタだけど、挑発してみるか)
「あんたら、あんな奴に金で言うこと聞かされて、恥ずかしくないの?俺だったら絶対嫌だね」
湊の前方にいる班員が応じる。
「生意気言うな。ヒラの隊員なんて、いくら働こうが手取りは大して変わらねえんだよ」
「へぇー、下っ端は大変だねぇ」
「はぁ!?バカにしてんじゃねえぞ!」
後方の班員が声を上げる。
「おい、まともに取り合うな!」
湊はなおも挑発する。
「ほら、お仲間にも言われてるよ?そうやってカッカしやすいから偉くなれないんじゃない?」
「黙れ!大人の苦労を知らないガキが!」
怒った前方の班員が、湊の宝槍を掴みにかかる。
湊はその手を避け、空いた首筋目がけて思い切り宝槍を振り当てた。
「がぁっ!」
首を押さえて、班員はその場に倒れ込む。
気絶までは持っていけなかったが、立ち上がることはできないようだ。
(よし、まずは一人!)
照臣の指導の成果は出ている。
湊は宝槍を構え直し、もう一人の班員と対峙するのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




