【19話(3/13)】みさきのおうち
カーペットの上で、美咲は目を覚ました。
カーテンは閉め切ってあり、昼なのに暗い部屋だ。
起き抜けのぼんやりとした頭の中に、誰かの話し声が聞こえてくる。
「暴れたら、菓子でもやって機嫌取っとけよ。それでもダメならまたクスリ嗅がせとけ」
「私、あれを使うのは嫌だわ。効きすぎて死んじゃったらどうするの」
「そうも言ってられねえだろうが。このガキが神木に助けを求めたら、何が起こるか分からねえんだぞ」
いつの間にか、眠っていたみたいだ。
もぞもぞと起き上がると、男の人と、女の人がこちらを見る。
(ん?このひとたち、だれ……?)
「おー、ちゃんと起きたか」
男の人は黒いマスクをしていて、顔が見えにくい。
「ほら、問題ないだろ?じゃ、ガキはお前の好きにしろ。後はあちらさんが上手くやってくれる」
そう言って、男の人はどこかへ出て行った。
女の人は、微笑みながらこちらに近づいてくる。
「こんにちは、御使さま」
「えっ……!?」
どうしてこの女の人は、美咲が御使だと知っているのだろう?
美咲が神木と話せる御使だということは、みんなには秘密だ。みんなに知られたら、美咲は普通じゃなくなって、幼稚園に行けなくなってしまう。
「ちがうっ!ちがうもんっ、みさき、みつかいさまじゃないもんっ!」
美咲はぶんぶんと首を横に振ったが、女の人はにこりと笑って頭を撫でてくる。
「隠さなくていいのですよ。私はあなたさまをよーく知っています。あの時は、幼稚園に行きたいとひどく泣いておられましたね。大丈夫。あなたさまがいい子にできるなら、通園のお許しだって頂けるでしょう」
女の人のほっそりとした手が、美咲の小さな手を取った。
「さあ、お部屋へ行きましょうね」
女の人に連れられて、お屋敷の中を歩く。
(ここ、どこ?このひとのおうちなのかなぁ?)
女の人は、広いお部屋に美咲を連れて入った。
「さあ、御使さま。今日からあなたさまはここで暮らすのですよ」
「ん……?」
赤いマントを着せられて、ふかふかの椅子に座らされる。
(うぅ、これおもい……)
女の人は隣に座り、美咲を抱きしめて、頭を撫でてくる。
「ああ、何と小さくて、かわいらしい……良かった、この子に親がいなくて……そう、これは運命。神木さまのお導きなのだわ……!」
女の人はずっと優しいけれど、知らないお家だし、服は重いし、何だか居心地が悪い。
そういえば、お兄ちゃんはどこへ行ったのだろう?美咲をこのお家に預けて、お仕事に行っちゃったのかもしれない。
「ねぇ、おにいちゃんまだ?みさき、おにいちゃんとおうちかえるの」
女の人の、頭を撫でる手が止まる。
「お兄ちゃん?……いいえ、御使さま。あなたさまに、そのような存在は必要ありません。今日からここが、あなたさまのお家なのですから」
そう言って、女の人は微笑んだ。
……変だ。ここは美咲のお家じゃない。美咲のお家はアパートで、お兄ちゃんと狩野さんと弥生さんがいて、4人で暮らしているお家だ。
「ちがうのぉ!おにいちゃん!おうちかえるの!」
「御使さま、ここがお家ですよ」
「いやっ!おうちかえるっ!」
「……ええ、最初はそうなるわよね。少しずつ慣れてもらわなくっちゃ」
女の人はテーブルの編みかごを取り、美咲に見せてくる。中には山盛りのお菓子が入っていた。
「御使さま、おやつにしましょうか。ほら、キャンディーもチョコレートもありますよ」
美咲は、湊さんの言いつけを思い出す。
(ちょこ、そくていのあと、いっこだけ……あと、おひるごはんもたべてないから、ごはんのあとにしなきゃ)
「ちょこ、ごはんのあとじゃないと、だめなの」
「あら、そのようなことを言われていたのですか?お可哀想に、私は厳しい躾など致しません。おやつはいつでも、いくらでも食べて良いのですよ。さあ、どうぞ」
女の人は、美咲の口に小さなチョコレートを押し込んでくる。
「んむっ……」
口の中に、甘い味がじんわりと広がる。
大好きなはずのチョコレートは、全然美味しくなかった。
(ごはんのまえなのに、たべちゃった……あとで、みなとさんにごめんなさいしないと……)
「ほら、美味しいでしょう?ここにいたら、ずーっとおやつを食べてもいいのですよ」
「うぅんっ、かえる!おにいちゃんと、おうちかえるのぉ!」
美咲は重たいマントから抜け出そうともがく。
しかし女の人は、マントで美咲を包み込んで抱きしめる。
「御使さま、暴れないで。いい子にして下さいませ」
「いやっ!はなしてぇ!おうちかえるのぉっ!」
美咲は女の人の手を引き剥がそうと暴れる。
その拍子に、美咲の指が、女の人のブレスレットに引っかかった。
「あっ!」
「いたいぃっ!」
ブレスレットがちぎれて、黒い玉飾りが床に散らばる。
美咲は指を押さえて泣き喚く。
「うあああぁん!いたいぃ〜っ!」
「あぁっ、大丈夫!?」
女の人は美咲の手を取り、指を確認する。
「良かった……少し赤くなっているけれど、怪我はしていないわ」
しかし美咲はわんわんと泣き続ける。
「うああぁっ、いたいよぉ!おにいちゃぁん!おにいちゃんきてぇ〜っ!」
「ああ、そればっかり……少し、おねんねしましょうか。大丈夫、お薬はほんのちょっとしか染み込ませていませんから」
女の人は、美咲の口元にハンカチを持ってくる。
何だか頭がボーッとして、くらくらしてきた。
泣き止んで半目になった美咲に、女の人は静かに話しかける。
「あなたさま、お母さまを亡くしておられるでしょう?」
「おかあさん……」
「ええ。私が、新しいお母さんになってあげます」
頭の中に、ぼやぁっとモヤがかかったみたいだ。
(あったかい……ねむたくなっちゃった……)
美咲の頭を撫でながら、彼女は床に散らばった玉飾りを眺める。
「後で直さないと……ああ、でも、安産のお守りなんて、もう要らないんだわ。私にはこの子がいるもの」
眠った美咲の頭を、彼女はいつまでも撫でた。
まるで、お気に入りの人形を愛おしむかのように。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




