【19話(2/13)】狙われた御使さま
2週間後の土曜日。
真夏から時が経ち、幾分か涼しくなったものの、日中はまだまだ暑い。
湊と成海は、美咲が公園で遊ぶのに同行していた。
美咲は白いワンピース姿だ。お気に入りのようで、幼稚園が無い日にはよくこの服を着ていた。
「もっかい!もっかいぶらんこする!」
「いいよ、行っておいで」
美咲は爪先で地面を蹴り、一生懸命ブランコを漕ぐ。
成海はチラリと公園の出口付近に目をやる。
「見なよ。奴ら、今日はあそこにいる」
会議の結果、鹿鳴家の専属警護班から派遣された人員が、美咲の監視につくこととなった。
湊が美咲といる時にも、たまにそれらしき二人組を見かけていた。美咲のためだとは分かっていても、ストーカーのようで、あまり気分が良いものではない。
「監視の人もいるし、きっと何も起こりませんよね。俺の思い過ごしだといいんですけど」
成海には、依頼人から謎のメッセージが来たことを伝えていた。
「そうだね。普通は教官を通じて任務を受けるから、その依頼人っていう制度が不思議だけど」
「俺もです。なんか偉い人らしくって、だったら俺の給金増やせって感じですよ」
二人が美咲を見守っていると、成海の通信機が鳴った。
「ん?」
成海はメッセージを確認して、がくりと肩を落とす。
「そんな、休日なのに……登用訓練生の任務だ。すぐ訓練校に来いってさ」
「えっ?休みの日もやるんですか?」
「今まではこんなこと無かったんだけど……狩野が来るまでの間、美咲を頼んでいいかい?」
「はい、大丈夫です」
成海はブランコに腰掛けた美咲へ声をかける。
「美咲、ごめん。兄ちゃん、お仕事が入っちゃった」
美咲はブランコから飛び降り、地団駄を踏んで嫌がる。
「えぇーっ!おにいちゃんやだっ!」
「ワガママ言わないでよ。すぐ戻るから」
成海が美咲を抱き上げようとすると、美咲はジタバタ暴れる。
「やだやだぁ!おにいちゃんだいきらいっ!」
「……っ」
成海は深く傷ついた顔で黙り込む。
美咲は湊に寄って行ったが、湊が怒った顔をしているのに気づいて途中で止まった。
「美咲、成海さんにひどいこと言わないの!」
「うぅ〜っ、やだっ!おにいちゃんだいきらい〜っ!」
以前にも、美咲が成海の急用を嫌がったことがあった。
その時と同じく、美咲は駄々をこねる。
「美咲、大嫌いはダメでしょ。兄ちゃんに謝りな」
「いやっ!あやまんないっ!みんないじめてくるっ!」
「いじめてない。美咲は兄ちゃんが傷つくって分かってて、わざと嫌いって言ってるでしょ。美咲が兄ちゃんをいじめてんの!」
「いやっ!みなとさんきらいっ!」
「あっそう!俺は嫌われたっていいよ!でも兄ちゃんには謝りな!」
「えぇ〜ん!やだやだーっ!」
美咲も後に引けなくなっているのか、地面を転げて暴れ回る。
成海は黙って踵を返した。
「成海さん?」
「狩野に迎えを頼むよ。僕は行くから」
成海はトボトボと立ち去っていく。
「成海さん……」
美咲は相変わらず寝転がっている。
せっかくの白いワンピースが、すっかり砂まみれだ。
「美咲、兄ちゃんに謝んな!」
「いやっ!」
「ワガママ言う子は置いてくよ!」
「いやっ!みんないやっ!」
足をバタバタしている美咲をとりあえず置いて、湊は成海を追いかけた。
「成海さん!」
成海は公園の出口に立ち止まり、通信機を操作している。
「成海さん?どうしたんですか?」
「おかしいな……今、狩野に連絡しようとメッセージを開いたんだけど、任務の通知が消えているんだ」
「えっ?教官からのメッセージですよね?」
「差出人までは見ていなかったけど、任務の依頼なんて教官からしか来ないはずだよ……連絡してみよう」
そう言って、成海は教官に通話を繋げる。
「……はい、確かに届いたんですけど……えっ?じゃあ、まあ……はい、失礼します」
通話を切り、成海は首を傾げる。
「そんなメッセージ、送ってないってさ……変だなぁ」
「でも、良かったじゃないですか。これで美咲と一緒にいられますよ」
「確かにそうだね。さて、お姫様のご機嫌を直しに行こうか」
二人が砂場まで戻ると——
美咲の姿は無かった。
「あれっ……美咲?美咲!?」
「美咲!どこ行ったの!隠れるのやめな!」
全身の血が逆流したような感覚とともに、腕にブワッと鳥肌が立つ。
「警護班は!?何してるんだよ!?」
成海の声で、監視についていた二人組も見えないことに気づいた。
(まさか、警護班の奴らが何かしたのか?)
公園を見渡していると、ボールを持った男の子に目が留まった。
「あっ!あの子!」
見たことがある。美咲とブランコで遊んでくれた子だ。
湊は男の子のもとへ駆け寄る。
「君!」
男の子はこちらを見上げ、首を傾げる。
「あれっ?おむかえのおにいちゃん」
「美咲、ここにいたでしょ?見なかった?」
「ううん。みさきちゃん、くるまにのってたよ」
思いがけない言葉に、心臓が早鐘を打つ。
「はっ!?え、車!?どんな車!?」
「んーと、しろい、しかくいの」
「どっちに行ったか分かる?」
「うん。あっち」
男の子は、大通りに面した方を指差す。
自分たちがいたのとは反対側だ。
「みさきちゃん、どうかしたの?」
「ううん、大丈夫。ありがとね」
男の子に向かって何とか笑顔を作り、湊はその場を後にした。
植え込みを探す成海に声をかける。
「成海さん!美咲、白い車に乗ったらしいです!」
「白い車?」
成海の顔色が、ますます悪くなる。
「いや、そんなのない……狩野の車だって黒なんだから……!」
二人の脳内には、最悪な言葉が浮かんでいた。
「まさか、誘拐……!?」
「ああ……警察と警護隊に通報する」
成海は震える指で、通信機を操作する。
「すみません、公園で妹がいなくなって!……はい、猪狩成海で、妹は美咲といいます……えっ?そうですけど……」
成海がそう言った後、しばし無言の時間が続く。
「……成海さん?何かあったんですか?」
成海は通信機をスピーカーモードにする。
保留のメロディーが延々と流れている。
「担当の者に回す、みたいなことを言われたんだけど、何なんだ?これだからお役所仕事だと言われるんだよ……!」
やがて保留の音楽が止み、男の声が聞こえてきた。
『……こちら、警務連携部隊、部隊長』
警務連携部隊。警護隊の中でも、警察と協力して動く部署だと聞いたことがある。行方不明の子を探すにはうってつけだろう。
しかし成海は苦い顔をする。
「お前、猪狩啓三……!」
『おいおい、叔父貴にそんな態度でいいのか?今の立場を弁えろよ?』
猪狩家は名家の中でも武闘派で知られており、警護隊にも多く在籍していると聞く。
通話の声は続く。
『全く、嘆かわしいことだ。武の道を極める猪狩家の男が、警察や警護隊に泣きつくとは!』
成海が通信機に向かって声を荒げる。
「泣きつく?妹が誘拐されたんだぞ!」
『一緒にいたのに迂闊だったお前が悪い。どうせよそ見でもしていたんだろう?お前の監督不行届だ』
「それは、っ……」
湊は、成海の事情を思い出す。
(確か成海さん、前に住んでた家を叔父さんに取られたんだっけ?それで一度取り返すチャンスがあったけど、ダメだったんだよな……もしかして、その叔父さんなのか?)
『妹の居場所が知りたければ、今から家に来い。猪狩家のしきたりに則って、適切な方法で情報交換しようじゃないか』
「お前っ……!」
通話はブツリと切れた。
(どういうことだ?叔父さんが美咲を誘拐したのか?)
成海は震える手で、通信機を操作する。
「成海さん、俺も一緒に——」
「いいや。僕だけでいい」
成海は再び通話を繋げる。
「もしもし、照臣?美咲が行方不明なんだ!多分さらわれたんだと思う。無理を承知で加護を借りたい」
(そうか、吉川さん!)
成海の友人、吉川照臣。人が結晶に祈りを込めた際の、祈念を探知することができる。
この状況で成海が頼るということは、祈念のみならず、その人が生来授かっている加護をも探知できるのだろう。
成海は通話を切り、顔を上げた。
「照臣は直にここへ来るから、一緒に美咲を捜索してほしい。僕は、部隊長……叔父のところへ行ってくる」
「分かりました……すみません、俺が目を離したせいで」
「いいや、僕のせいだ。もしも本当に叔父が関わっているなら、僕が決着をつけないと」
そう言って、成海は公園を去った。
その背中を、湊は不安な思いで見送る。
(前はボロボロにされたっぽいし、本当に大丈夫なのか……?成海さんがボコられる前に、俺が美咲を見つけないと)
***
吉川照臣は、槍袋を背負って駆けてきた。
「成海から事情は聞いた。やれるだけのことはしよう」
「吉川さん、お願いします。美咲はこの辺に寝っ転がってたはずで」
照臣は、湊が指した位置に立つ。
眼鏡を外し、翡翠色のブレスレットを額に当てて、目を閉じる。
ブレスレットが、ほのかに白く光りだした。
「目撃情報では、大通りの方だったんだろう?」
「はい」
もう片方の手を、何かを手繰り寄せるように動かす。
「なら、これで間違いないと思う。行こう」
照臣は眼鏡をかけて、槍袋から宝槍を2本取り出した。
「吉川さん、これって学校の……?」
「最悪の事態を想定して、倉庫から拝借してきた。こんな形で実践の場が来るとはな。僕との特訓の時間、無駄にするんじゃないぞ」
宝槍を手にして、湊と照臣は美咲の痕跡を追うのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




