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【18話(2/3)】蛇に蛙

伊織に投げ飛ばされた紫苑は、街路樹の枝に腰のフックを引っ掛け、宙ぶらりんになっていた。


(伊織センセーってどうかしてるよねぇ。オレじゃなかったら死んでるよ〜?)


フックを外し、街路樹から飛び降りる。


「よっ!っと……さーて、とりま支部へ行きますか!」


***


照東支部は9階建てで、棟も複数に分かれている。

全ての部屋をしらみつぶしに調べるわけにはいかない。

紫苑は大きなロビーに入り、フロア案内を見る。


(今日の予定は、っと……ナントカ会ってのはいくつかやってるけど、管理会議は無いな。表立って書いてあるモンじゃないか)


秘密裏に渡す必要があるのだから、窓口に尋ねるのはやめた方がいいだろう。紫苑は外で張り込み、総将の乗った車が到着するのを待つことにした。


建物の周りをぐるりと歩き、監視カメラと出入口を確認する。

(2階以上の外壁に、監視カメラは無さそうだな。職員用の入口と裏口は、パスコードが要るヤツだ。ロータリーも近いし、フツーに正面玄関から来ると思うけどなぁ)


紫苑は裏口に回ってから誰もいないのを確認し、監視カメラの死角と思われる位置に立つ。腰袋から翡翠色のフックを取り出し、(ひさし)に向かって放り投げた。ワイヤーを引いてフックを庇の縁に引っかけ、ひょいと1階の屋根部分へ登る。2階の窓から姿を見られないように、背を屈めて正面玄関の屋根まで回った。

しばらく伏せて待っていると、職員たちが集まっているような声が聞こえてきた。やがて、高級そうな車がロータリーに停まり、職員たちが出迎えに行く。後部座席からは、白い隊服、白い長髪の男性が降りてきた。


(よっしゃ、ビンゴ!総将だ!)


総将は職員と挨拶し、お付きの者たちと一緒に中へ入っていった。

紫苑は裏手に回ってから地上に飛び降り、正面玄関へ急ぐ。職員たちがエレベーターに乗り込んだのを確認して、音もなく風のように階段を昇る。6階に着いたところで、話し声が聞こえてきた。そっとエレベーターの方を伺うと、職員たちは総将を挟み、廊下の角を曲がっていく。


(おいおい、そっちは渡り廊下!別の棟に行くワケ!?)


紫苑は急いで職員の集団を追いかける。先頭の職員が、渡り廊下の先の扉を開ける。


(今、パスコード打ってたな。ここが閉まるとヤバい!)


紫苑はワイヤーからフックを取り外し、投げ輪を作る。そのワイヤーを構えて、職員がぞろぞろと入っていくところへ静かに近づいた。

最後尾の職員が扉を通過した直後、ドアノブへワイヤーの輪を放り投げ、オートロックが作動しないギリギリまで扉の隙間を保つ。最後尾の職員は閉まっていく扉に目をやっていたが、オートロックがかかるまでは確認せず、前の職員に着いて行った。

職員たちが見えなくなってから、紫苑はそっとワイヤーを引き、扉を通過したのだった。


***


職員たちの列から少しだけ距離を取って、紫苑は音もなく着いて歩く。

紫苑が神木から授かった加護は、柔軟な筋肉と優れた平衡感覚だ。猫が物音ひとつ立てずに高い場所から飛び降りるように、彼はワイヤーとフックを使った立体的な隠密行動を得意としていた。


やがて職員たちは、二手に分かれて部屋に入っていく。白い隊服と白い長髪のおかげで、総将は遠目からでも見つけやすい。二人のお付きと一緒に、総将は控え室に入っていった。


(手前が総将の控え室で、ちょっと奥のが会議室か。お付きの二人がジャマだなぁ。どうしたもんか……)


***


総将は、控え室でコーヒーを飲んでいた。

向かいに座る秘書官は、端末でメールをチェックしている。


「補佐官殿、此方へ座りなさい。我々の出番まで、まだかかるでしょう」

総将は、隣に立つ補佐官へ声をかける。しかし補佐官は穏やかな顔のまま、黙って首を振った。

その時、ノックの音と共に、呼び声が聞こえてきた。


「すみませーん!少々確認したいことがありまして!総将さまのご関係者さま、お二人とも会議室へお願い致しますー!」


秘書官が端末を閉じて立ち上がろうとするのを、補佐官が制する。

「お待ちを。総将、この気配、尾行していた者です」

補佐官の言葉を受け、総将は立ち上がった。

「ということは、補佐官殿の加護を知らぬ者か。探知の可能性を考えずに動くとは、どんな来客なのやら」


***


紫苑は廊下の天井に張り付いて、控え室が開くのを待っていた。


(早く出て来いよ!壁と天井に突っ張ってるだけだから、マジしんどいっての!)


腕がプルプルしているのを必死に耐えていると、ようやく扉が開いた。


(よし、二人とも出て来い!)


しかし、見えたのは白い長髪だった。


(総将!?何で出て来るんだよ!)


控え室の中から声が聞こえてくる。

「おや?誰もいないではありませんか。補佐官、本当に探ったのですか?」

「ええ。今も探知しています」


その言葉を受け、総将がこちらを見上げる。


(ヤバい!バレる!)


ばっちりと目が合った瞬間、総将の目がカッと見開いた。


「っ!」


総将の目は一瞬で血走り、瞳孔が尋常でないほどキュッと縮小した。

その恐ろしい瞳に慄き、紫苑はばたりと廊下に落ちた。


声が出ない。動けない。

四肢の筋肉がヒクヒクと痙攣して、力が入らない。

それほどまでに、自分が身体の芯から恐怖していることが分かった。


「何者ですか!?職員に通報して参ります!」

出て行こうとした年配の男を、総将が引き留める。

「いいえ秘書官殿、その必要はありません。この制服、訓練生でしょう。補佐官殿、この者を中へ」


補佐官と呼ばれた若い男が両腕を掴んできて、紫苑は控え室に引きずり込まれた。


(何だ、今の……)


動悸は治まることなく、浅い呼吸しかできない。

脂汗がダラダラと頬を伝う。


総将は色付きの眼鏡にかけかえる。その恐ろしい目が隠れると、少しずつ動悸が落ち着いてきた。


秘書官と呼ばれていた年配の男が、総将に端末を見せる。

「総将、訓練校からメールが!この者と関係しているようです」


総将は内容を確認し、紫苑の首に付けられたダイヤル錠をカチカチと合わせる。メールに開錠の数字が書いてあったようだ。


「訓練生。加護を探知できる隊員は、探知班以外にも数多くいるのですよ。次に任務を受けた際は、それを考慮して立ち回りなさい」


紫苑の頭に、照臣が浮かぶ。

(ああ、加護の探知でバレたのね……テルちゃんも加護の探知ができるんだよな。身内にそういうヤツがいたのに、迂闊だったわ……)


総将は部品を取り外し、チューブの中から報告書を引き抜いて広げた。色付き眼鏡の向こうで、充血した目がぎょろぎょろと文字を追う。


「ふむ……伊織教官、その慧眼、その判断力、流石と言う他無し」


総将は秘書官に報告書を手渡し、紫苑を一瞥する。


「訓練生、教官殿の報告は確認した。帰って良し……ああ、暫くは動けぬか。補佐官殿、頼みます」

「はっ」


補佐官は長身の紫苑を軽々と抱え上げ、控え室を出て行った。


***


補佐官と紫苑が去った後、総将は自分の通信機を操作する。

「秘書官殿。報告会の前に、皆に話をする必要があります。教官殿の報告書と、これを取り込み願います」


転送されたデータを確認し、秘書官は息を呑む。

「総将、こちらは件の……!」

「然り。まさか、再び見ることになろうとは」


秘書官は端末を操作しながら、総将に問う。

「しかし総将、伊織教官は現在、情報班志望の訓練生を監督しているのですよね?現役時代、その案件に関わっていたのですか?」

「否。彼は警護隊の全ての報告書に目を通しているのです。20年以上も前の報告書が頭に入っており、今回の件と即座に結び付き、私に直接連絡する手段を講じたのでしょう。訓練生を使ったのは、今から始まる報告会にて情報共有ができるよう、間に合わせるため……全く、恐ろしい男です」


総将はコーヒーをひと口飲んだ。

「恐ろしいと言えば……秘書官殿、本日の管理会議、照東支部将はおりますか?」

「支部将ですか?……確認致しましょうか」


秘書官は鞄から書類を取り出そうとしたものの、総将がそれを制した。

「いや失礼、尋ねるまでもありませんでした。あれは如何なる会議にも出席したことなど無いと言うのに」


補佐官が、控え室に戻ってきた。

「総将。訓練生は回復したため、自分の足で訓練校まで戻るとのことです」

「ご苦労様です。補佐官殿、もうひとつ頼みたいのですが、よろしいですか」

「はっ、何なりと」

「大至急、照東支部将の招聘を願います」


補佐官は穏やかな表情のまま、目を伏せる。

「……総将の命とあらば」

一礼してから、再び補佐官は控え室を出ていった。


補佐官を見送り、総将は懐から手鏡を取り出す。目の充血と縮瞳が治ったのを確認してから、元の眼鏡をかけ直した。


「……今のは嫌そうな顔でしたね。私もようやく彼の機微が掴めてきました」

秘書官が首を傾げる。

「そうでしたか?私には全く……」

「職務に情を挟まぬことは立派ですが、もう少し人間味があっても良いと思うのですがね……まあ、あれのように奔放であっても困りますが」

秘書官がため息をつく。

「はぁ……あの暴君、大人しく聞いてくれるでしょうか」

「あらかじめ、修理代の請求書を作成しても良いかもしれません。全く、あれが生み出す損害を考えると、恐ろしいものです」


煌都の一市四郡には、それぞれに警護隊の最高戦力が配置されている。

輝央市の中央本部には、輝央総将。

照東郡の照東支部には、照東支部将。

残りの各郡にも、支部将が一人ずつ配置されている。

支部将は総司令や支部長などの幹部にも意見できる、支部のほぼ頂点と言っていい。


照東の暴君。

それが、現在の照東支部将に与えられた称号であった。

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