【18話(3/3)】照東の暴君
管理会議が終わった会議室。
支部長は総将を招き入れ、挨拶を交わしていた。
「総将、本日はご足労頂きまして誠にありがとうございます」
「いいえ、定例報告会に出席するのは当然のことです。此方こそ、あれが皆様に迷惑をかけて、申し訳ありませぬ」
「あれ、とは……?」
支部長は首を傾げたが、ドスドスと近づく足音に気づき、項垂れた。
「ああ……お気になさらないで下さい。彼女は言わば、天災ですから」
バァンと乱暴にドアが開かれ、壁にドアノブがメシャッとめり込む。
秘書官は小さく悲鳴を上げ、端末で請求書の作成フォームを立ち上げた。
「ほら、来てやったわよ!あたしに何の用!」
肩の位置で綺麗に切り揃えられた黒髪。
見るからに気が強そうな顔。
重厚なゴールドのネックレス。
支部将の徴、白い隊服は肩に引っ掛けている。
彼女が照東支部将。照東の暴君、その人だった。
支部将は振り向いて、背後にいる補佐官を睨みつける。
「何?黙って見てくんなよ!この腰巾着ヤロウが!キモいんだっての!」
総将が立ち上がり、補佐官に手招きをする。
「補佐官殿、此方へ。苦労をかけました」
補佐官は穏やかな顔を崩さなかったが、足早に総将の側へと戻っていった。
「支部将、今はその粗雑な態度を咎める時間もありません。自分でドアを閉めなさい」
総将に言われ、彼女は大きく舌打ちをした。
ドアノブを壁から引き抜き、バァンと叩きつけるように閉める。部屋中に衝撃音がビリビリと響き、ドアノブが刺さっていた壁の穴からポロポロと破片が崩れ落ちる。
「あんた、あたしを呼んだからにはそれなりのことなんでしょうね!?」
総将は、プロジェクターの側に控えていた職員に合図を送る。
職員はプロジェクターのキャップを外し、スクリーンへ位置を合わせた。
「皆様。定例報告の前に、見て頂きたい資料がございます。秘書官殿、先程のものを」
「はっ」
秘書官が手元の端末を操作すると、スクリーンに黒い刃物の画像が投影された。
「この春、灯西刑務所から囚人が脱走する事件がありました。囚人は照東の研究棟周辺にまで侵入したため、対応に追われた皆様の記憶にも新しいことでしょう。これは、その囚人が持っていた凶器です」
画像は切り替わり、黒い刃物の断面が映し出される。
「これは、既成のナイフに何かを纏わせたものでした。刃の周囲の、黒い部分です。鑑定の結果、これは神木の結晶と同様の成分であることが判明しました」
職員がどよめく。支部将は黙ってスクリーンに近寄り、長机に腰掛けて脚を組んだ。
支部長が、総将に問う。
「ならば、これは黒い結晶ということですか?そんなものは初めて聞きますが」
「左様。これは黒き結晶、黒晶。もっとも、私が発見し、仮に名付けただけですが……これは、神木の結晶を、悪意で汚染した産物なのです」
職員がざわつく中、支部将が踵をガツンと机に振り下ろした。バキッと音を立てて、机の表面にヒビが入る。
「あんたら黙ってな!そいつが悪意で汚染されたって、どうして分かる?そんな大事なこと、何で今まで隠してたわけ?」
総将が秘書官に合図を送ると、スクリーンには報告書が投影された。
「此方は20年以上前の、黒き結晶が照東で発見された際の初動報告です。これの追跡調査を進めるうちに、これが悪意に満ちており、触れた者の精神を汚染することが判明しました」
支部長が口を開く。
「なるほど。神木の結晶が善意を反映するならば、この黒晶は、悪意を反映するというわけですか……」
「左様。そして、これに狂わされた者による暴動が起こり、私を含めた複数の隊員が鎮圧にあたりました。黒晶を汚染した張本人は長らく逃走を続けましたが、やがて山中で遭難し、死亡が確認されました。そこに至る全ての経過報告は、私が極秘事項として閲覧を禁じたのです」
厳しい目をした支部将を見据え、総将は続ける。
「煌都は、神木の庇護下にある都市。その神木を害する存在が明るみに出れば、それを欲する者が現れ、煌都の安寧秩序が揺るぎかねない……よって、その存在が都民の知る所となる前に、私が手ずから一片も余すことなく回収し、秘匿の保管庫に封印した筈なのです」
支部将が吐き捨てる。
「つまり、あんたの尻拭いをしろってわけ?はぁーあ、やってらんないっての!」
「支部将、事態はそう簡単なものではない。かつての黒晶は、ひとつを数個に砕いた欠片でしかなった。それらの割れ方を照合し、全ての破片を回収したことは確認している。だが、犯人が死亡して20年以上経った今になって、刃物に纏わせるほどの増産と加工が為されたものが出回ったのだ」
支部長が呟く。
「では、別の誰かが水面下で黒晶を量産し、刃物に加工する体制を既に整えている……?」
「然り。私はそのように考えております。誰がどのような狙いで利用を企んだのか。そして、黒晶とそれを使った凶器を、どこでどのように生み出しているのか。我々はそれらを追及し、悪意の伝播を防がねばなりません」
支部将が口を開く。
「ねぇ、ブツを最初に持ってたのは灯西のムショの野郎共なんでしょ?灯西将は何やってんの?」
「灯西支部将は現在、病気療養中。灯西支部の業務には関わっていない……筈です」
総将の微妙な物言いに、彼女はニヤリと笑った。
「へぇ、あんた、灯西の幹部がグルだと思ってんの?」
「その疑いは捨てきれぬということです。しかし私が調査に動けば、幹部級はすぐに気付くでしょう。そこで照東支部将、貴方の協力を仰ぎたいという訳です」
「いいわよ、乗った。あたしも灯西の連中には嫌な思い出しか無いし?ついでにぶっ潰せたら気分がいいってもんよ!」
支部将は、バンッと机を叩いて立ち上がった。金属製の机の脚から、ガキッと嫌な音がした。
「まずはウチの情報班を使って、灯西のムショを調べる。よそのナワバリだけど、そこは不問でしょ?」
「無論。極力、隊員にも口外せぬよう頼みます」
「分かってるっての!じゃあね!」
支部将はドアを開けようとしたが、扉が開かない。
「ん?何、どっか歪んだの?ったく、丈夫な材料にしとけっての!」
彼女は勢いよくドアに蹴りを食らわせた。蝶番がバキッと折れ、金属の扉はグシャッと床に叩き付けられる。
秘書官は悲痛な声を漏らし、修理代の請求金額にゼロの桁を付け加えた。
「支部将。備品や設備は大事になさい。それも都民の皆様から頂いた税金で出来ているというのに」
「違うね!この照東支部は!あたしの働きで!あたしの稼ぎで!できてるんだよ!バーカ!」
支部将は扉を踏み付けながら叫び、ドスドスと会議室を去っていった。
秘書官はため息をついて、請求金額を確定する。
「はぁ……煌都広しと言えども、総将にあのような暴言を吐くのは彼女くらいでしょう」
支部長はその額面を覗き込み、頭を抱えた。
「ああ、こんなに……!総務へ請求を送って下さい。全て彼女の給料から天引きします!」
照東の暴君。それは、埒外の粗暴な振る舞いを指した、不名誉な称号なのであった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




