【16話(4/5)】祭りの後に
警護隊、照東支部。
鹿鳴茅秋は着流しの姿で、会議室へと向かっていた。
「あー、あっつ……」
後ろを着いて歩く恰幅のいい男が、茅秋にタオルを差し出す。
「総代、こちらを」
「ん……」
茅秋は首や顔を拭った後、男に突き返した。
部屋の前では、スーツ姿の男性が待っていた。茅秋に向けて、深く礼をする。
「総代。お疲れのところ、お手間をかけます」
「どうも。支部長さんもご苦労なことで」
会議室の机は端に寄せられ、数名が座るパイプ椅子だけが横一列に並べられていた。
「こちらが今回異動する人員ですが、あの者だけが今回で退職となります」
「……お?」
茅秋は支部長の指す先にいた、端に座る老人に目を留める。
「鳴瀬、あんたの親父さんじゃねえか」
鳴瀬と呼ばれた、背後に控える恰幅のいい男が応じる。
「はい。これ以上、鹿鳴家にて近侍を務めるのは体力的に難しいと、本人から」
老人はその言葉に頷き、深く礼をする。
「ふーん、そうか……じゃ、支部長さん」
茅秋が支部長に合図すると、支部長は書類を読み上げる。
「警護隊隊律、特例条項。全ての隊員は、神木の御使に関する個人情報に触れた場合、速やかにその記憶を消去するものとする。なお、任務を遂行する上で必要となる場合、当該任務が終了次第、速やかにその記憶を消去するものとする」
支部長はひと呼吸置いてから、座った人員を見渡す。
「該当の隊員は、本会への参加をもって、自身の記憶への介入に同意したものと見なす……では、お願い致します」
その言葉を受け、茅秋は青年の前に跪く。
「御使さま、短い間でしたがありがとうございました」
首を垂れる青年に、茅秋は声をかける。
「ご苦労様。次の場所でも頑張れよ」
そう言って、青年の額を拭うように手のひらを当てる。
青年は肩の力が抜けて、ぐったりと眠ってしまった。
茅秋は一人ひとりに声をかけながら、額に手を当てていく。
「御使さま、長らくお世話になりました」
「世話になったのはこっちだよ。もう若くねえんだから、無理すんなよ」
皆、座ったままで深く眠っていく。
やがて、最後の老人に順番が回ってきた。
「御使さま、今後ともお身体にお気をつけて、煌都の平和をお守り下さい。息子をよろしくお願い致します」
「ああ。鹿鳴家に長く仕えてくれたこと、深く感謝する」
額に手を当てられて眠る父親を見て、鳴瀬が口を開く。
「今後、父とは会話を控えるべきでしょうか」
「いいや、気にすんな。俺の顔や名前なんかを忘れてるだけで、うちに仕えていたことは覚えてるだろうよ」
支部長に会釈をして、茅秋は会議室を後にする。
「後は頼んだ。鳴瀬、行くぞ」
「はい」
支部長は深く礼をして、二人を見送るのだった。
***
帰りのエレベーターの中、鳴瀬の顔は曇っていた。
「鳴瀬、どうした?親父さんが気になるか?」
「いえ……自分もいつか、貴方様のことを忘れてしまうと思うと……」
「その方がいいさ。御使に近くたって、危険が伴うだけだからなぁ。お前も何回か変な奴らに絡まれてるだろ」
煌都には、神木に対して否定的な勢力も存在する。
『不可解な物体を神木と呼んで信仰するなど、愚かで危険極まりない思想だ』
『神木や加護などからは完全に脱却し、煌都そのものを日本国に完全に合併させるべきだ』
彼らの主張は多岐に渡るが、神木とその御使を敵視する姿勢は共通している。中には自らの思想のパフォーマンスとして、犯罪行為に走る過激派集団も存在する。そんな組織から身を守るためにも、御使の個人情報は厳重に取り扱われているのだった。
茅秋は駐車場へ歩く途中、足を止めた。
「……そうだ。忘れないで済む方法、あるなぁ」
そう言って、鳴瀬を振り返る。
「死ぬまで俺に仕えりゃいいんだよ」
そう言って、茅秋は足早に車へ向かった。
「私が、ずっと……?本当に良いのですか?」
「別に、そうしろって訳じゃねえぞ。好きにしろ」
「はい……!」
***
車窓から見える支部が、だんだん遠ざかっていく。
今頃、会議室に集められた職員たちが目を覚ましているだろう。御使がどんな顔だったか、どんな声だったか、どんな言葉を交わしたか、彼らが思い出すことは無い。
それでも茅秋は、例外なく一人ひとりに労いと別れの言葉をかけるのだった。




