【16話(3/5)】煌照祭
煌照祭が近づいた、ある日。
「なぁ晃記、煌照祭行く?」
教室で、湊はクラスメイトの晃記に尋ねた。
「僕は明石くんと錦戸くんと3人で行く予定だよ。湊くんも来る?」
3人は、神木ファンクラブという文化系サークルを作っている。休日につるむくらい仲が良いらしい。
「うん、そうしよっかな」
湊がそう言うと、晃記は手を叩いて喜んだ。
「やったぁ!実は湊くんを誘おうか迷ってたんだよね。でも、興味ないかと思って……湊くんが来てくれたら、二人も喜ぶよ!」
「俺、何するかあんま分かってないんだけど、大丈夫かな」
「お祭りなんだから、楽しむ心があれば十分さ!あとは宝具や宝飾があればいいけど」
「へー、何かに使うの?」
「祭りの最後、御使さまが演舞をなさるんだけどね、そこでみんなの結晶に光を灯して下さるんだ!で、僕らがその光に祈りを込めると、御使さまがみんなの祈りを神木さまに直接届けて下さるんだよ」
一般都民が祈念した場合、肌に触れた結晶でないと輝くことはない。
(御使って、自分が触ってない結晶にも祈りを通せるのか)
「結晶を持っていなくても演舞は見れるけど、あの光がとっても綺麗だから、是非とも手に持って体験してほしいなぁ!きっと感動するよ!」
「でも俺、結晶とか持ってないや。訓練用の宝刀でもいいかな」
「宝刀は学校の備品なんだから、持ち出しちゃダメだよ!安物だけど、うちにいくつか宝飾があるんだ。当日貸してあげるね」
***
煌照祭当日の夜。
会場の最寄駅は、人がごった返していた。
真夏の温度と人の熱気で、むんとした空気が漂っている。
寮から一緒に連れ立ってきた、瑛心に尋ねる。
「毎年こんなにいっぱい来てんの?」
瑛心はふにゃりと笑う。
「うん、おっきなお祭りだからねぇ。僕も煌照祭に参加するのは初めてだけど、明北の煌明祭もこんな感じで、人がいっぱいなんだよぉ」
改札から少し離れたところで待っていると、晃記がやってきた。手首に翡翠色の細い数珠を着けている。
「お待たせ!湊くん、背が高いから見つけやすいね」
晃記はショルダーバッグを探り、自分が着けているのと同じ数珠を取り出した。
「湊くん、これ、僕とお揃いだよ!貸してあげるから、腕に着けてね」
「うん、ありがとう。そういや瑛心は?結晶あるの?」
瑛心は身につけているポシェットを見せる。
「僕にはこの子がいるから大丈夫だよぉ」
「そっか、原石持ってんのか」
「うん。煌明祭の時は、すっごく光ってたんだよぉ。演舞の時はうちの子も見ててねぇ」
話しているところに、耀二郎もやってきた。
「自分が最後だったか。待たせたね。湊くんは背が高いから、見つけやすくて助かったよ」
「ふふ、僕と同じこと言ってる!明石くんは、宝飾とか持ってきた?」
晃記が尋ねると、耀二郎はトートバッグから小さな置物を取り出した。樹木を模したような透明の樹脂に、翡翠色の飾りがポツポツと嵌め込まれている。
「これ、家の玄関に置いてあるんだ。御使さまのお祈りが灯れば縁起が良いだろうって、兄からこの宝飾を持って行くように言われたんだ」
(兄って、明石さんだよな。明石さん、今頃まだ仕事してんのかな)
弟に家の置物を託したということは、この祭りには参加していないのだろう。
晃記は拳を突き上げる。
「よーし、出発〜!」
晃記はいつも明るいが、今日は一段と声が張っている。
「なんか、テンション高いな」
「だって、僕らは神木ファンクラブだよ?神木さまにお祈りを届ける煌照祭は、一番大事な活動じゃないか!」
「あぁ、そう……」
「他人事みたいに!湊くん、君もファンクラブの会員なんだからね?」
(俺、入部手続きしてないんだけどな)
反論するのも面倒になって、湊は黙って着いていくのだった。
***
一般都民が日常的に神木へ祈りを捧げるための施設として、各区には祈念室が建てられている。しかし御使が舞うような祭事はもっと特別であるため、各地の大社で執り行われる。
照東郡での祭事は煌照祭と呼ばれ、照東大社で開かれる慣例だった。
駅から照東大社までは行列ができており、湊たちも並んでぞろぞろと歩く。
両脇には様々な屋台が並んでいる。
耀二郎が嬉しそうな声を上げた。
「あっ、イチゴ飴だ!ちょっと寄っていいかい?」
先頭を歩いていた晃記が、耀二郎を引き留める。
「ダメだよ、明石くん!こんなところで立ち止まってたら、いつまで経っても照東大社に着かないよ!」
「でも、テレビでやってたから、一度は食べてみたくって……」
「早く行かないと、場所取りに間に合わないよ!」
耀二郎を咎める晃記に、瑛心が声をかける。
「巻幡くん、ちょっとくらい大丈夫だよぉ」
そう言って、瑛心は何かを頬張る。片手には、鈴カステラの入ったカップを持っていた。
「んー、美味しい〜!」
「錦戸くん、いつの間に!?勝手に行動したらはぐれちゃうよ!」
「でも、演舞の途中でお腹が空いちゃったら困るよぉ。湊くんもそう思うよねぇ?」
そう言って、瑛心は鈴カステラをひとつ、こちらに差し出す。
「お、くれんの?ありがと」
パサパサしているので、飲み物が欲しくなる。
「俺もなんか買おっかな」
すかさず耀二郎が湊の腕を掴む。
「じゃあ、一緒に見に行こう!」
晃記は自由な3人にため息をついた。
「もう、ちょっとだけだよ!」
一行はあちこちで買い食いしつつ、照東大社の社殿へ向かうのだった。
***
社殿に近づくにつれ、笛や太鼓の音が大きくなってきた。
「晃記、もう始まってんの?」
「今は演奏だけだよ。もうすぐ演舞が始まるから、見えやすいところまで行こう!」
そう言って、晃記は手に持っていた焼き鳥の串から、最後のひとつをかじり取る。なんだかんだで晃記も屋台を楽しんでいたようだ。
社殿の近くには雑木林が広がっており、立ち入れないようにロープが張られている。ロープで区切られた観覧エリアには、人々がひしめき合っていた。
晃記のショルダーバッグを目印に、はぐれないよう着いて行く。
やがて晃記は足を止め、喧騒に負けじと声を張る。
「これ以上は進めないや!ここで観よう!」
しばらくして、笛や太鼓の音が止む。社殿の内外の照明が消え、辺りは急に夜の闇に包まれた。人々も話すのをやめて、静かな時間が続く。
再びパッと照明が点いた時、社殿の舞台には一人の人物が立っていた。方々から歓声が上がる。
晃記が興奮した口調で話しかけてくる。
「見て!あれが御使さまだよ!」
神主のような格好で、覆面を着けており、顔は見えない。だが、その下にはあの無精髭を生やした顔が隠れているのだろう。
笛や太鼓の演奏が始まると、御使は、傍にあった何かを取り上げる。
「なあ晃記、あの持ってるやつ、何?」
「あれは鹿鳴家の家宝で、鹿角槍って言うんだよ。三閥はそれぞれ宝具を持ってる。教典にも書いてあるでしょ?」
「ああ、あれがそうなの」
神木を見つけ、煌都の発展に尽力した三つの名家に向けて、神木は宝具を贈ったとされる。
猪狩家には太刀、獅戸家には大槌、そして鹿鳴家には長槍を。
御使は、槍を空に掲げた。最初は白い光を纏っていた槍だが、やがて翡翠色に輝き始めた。穂先から持ち手まで、全てが光っている。由緒ある宝具なので、全てが結晶でできているのだろう。
輝く槍を手に、御使は軽やかに舞う。
後ろにいる中年男性たちが、何やら話している。
「なぁ、前はもっと光ってたよなぁ?」
「多分、どっかで代替わりしたんだろ。今の人はお祈りが上手くないんじゃねえか?なんてな!」
「しっ!お前、声がデカいぞ!」
(あいつが御使として上手くやれてないってことか?)
本当にそうなのか、晃記に尋ねようとした。が、キラキラとした目は、演舞に夢中になっている。水を差すことを言うのは止めて、湊も演舞を黙って見るのだった。
演奏が盛り上がる中、御使は槍を天高く突き上げる。
周りの人々も、空に向けて手を高く伸ばす。
「湊くん!宝飾が付いてる方の手を上げて!」
晃記に言われるがまま、数珠を着けた手を伸ばす。
すると、数珠の翡翠色の玉が、ほのかに光り始めた。周りの人々の宝具や宝飾も、白く光っている。白い光は槍と同じく、だんだんと翡翠色の輝きへと変わっていく。
(なんか、ライブのペンライトみたいだな)
晃記は目を閉じて、ぶつぶつと何かを唱えている。漏れ聞こえる言葉からして、経典の祈りだろう。
(俺も覚えてるから言えなくもないけど、御使のあいつに向けて祈るってことだろ?なんか嫌だなぁ……)
背後で、耀二郎の歓声が聞こえた。
振り返ると、眩い光が目に飛び込んできた。
「うわっ!?」
瑛心が手に持っている原石だ。
「すごいでしょ〜!」
ニッコリ笑った後、瑛心は原石を両手で掲げて、目を閉じた。
隣の耀二郎も、光る置物を掲げて声を上げる。
「家内安全!恋愛成就!勉学……ええと、百点満点!」
無数の翡翠色の輝きは、やがて空に浮かび上がった。
人々のどよめきが上がる。
(どういう原理か知らないけど、確かに綺麗だな)
無数の光は、御使の舞に合わせて天に昇り、夜空に溶け込むように消えていった。
***
演舞が終わり、湊は社殿から離れる人々の波に揉まれる。さっきまで目印にしていた、晃記のショルダーバッグを見失ってしまった。
(あれっ……みんな、どこだ?)
見回してみるが、耀二郎と瑛心も見つからない。
(はぐれたか……一旦隅に寄ろう)
人の波に流されないよう、ロープで区切られた観覧エリアの端に移動する。駅で集合した時、背が高いから目印にしやすいと言われた。動かずにいれば、3人の方から見つけてくれるだろう。
人混みを眺めながら、湊は当初の目的を思い出す。
(てか、演舞も終わったし、あいつのところに行かなくちゃいけないよな……社殿に入ればいいのか?)
ふと、背後に気配を感じた。
ロープの向こうは雑木林が広がっていて、立ち入り禁止のはずだ。誰かがいるはずもない。
振り向いてみると、そこには装束を纏った「御使さま」がいた。
(いっ、いつの間にっ……!?)
彼は覆面を外し、不敵な笑みを見せる。
さながら狼狽える湊を面白がっているかのようだった。
「お姉から聞いた。今度の日曜、『夢の港』に来い」
「えっ?」
「湊くーん!」
声のした方に目をやると、晃記が手招きしている。隣には耀二郎の姿もあった。
「こっちこっち!離れるとはぐれちゃうよ!」
「あっ、ちょっと待って」
再び茅秋の方を振り返ると、もうその姿は無かった。
「あっ?あれっ?」
湊が雑木林を見回していると、瑛心がやってきた。
「良かったぁ、合流できて!湊くん、やっぱり見つけやすいねぇ……ん?」
瑛心は、人混みとは逆方向を見ている湊に気づいた。
「湊くん、どうしたのぉ?何かあった?」
「……あぁ、瑛心。何でもない。二人を見つけたから、行こっか」
***
4人は帰りの列に加わって、駅へ向かう。
湊の浮かない表情を、瑛心が伺う。
「湊くん、どうしたのぉ?楽しくなかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
心の中で、湊は先ほどの出来事を振り返っていた。
あれは幻だったのだろうか?いや、言葉まではっきりと聞こえた。気のせいではない。
耀二郎が言う。
「まあ、信心深くないと、演舞や祈念には興味を持てないだろうからな。自分はめいいっぱい祈っておいたから満足だよ。次の期末テストは百点満点だ!」
晃記が呆れて口を挟む。
「明石くん、それは自分の努力次第だよー。祈りとはあくまでも心の拠り所であって、万能じゃないんだよ?」
「巻幡くんって、神木さま一筋の割に現実的だよなぁ。自分だって分かってるさ……あーあ、まずは帰って課題やらないと!」
3人が話すのをよそに、湊はあの言葉を反芻していた。
──今度の日曜、『夢の港』に来い。
あの男は、確かにそう言った。
『夢の港』は、湊が育った養護施設の名前だった。




