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【16話(2/5)】御使と当主

鹿鳴家の当主になれる条件。

室長はそれを明かしていた。


「現当主の卑属血族で、男児を授かった者。つまり、男の子が生まれたら、当主になれるのよ」


室長の言葉を受け、明石が応じる。

「卑属血族……養子は含まれるのですか?」

「いいえ、自然血族よ」

「ほう。よく断絶しませんでしたね」


湊の不可解な表情を見て、室長が説明する。

「難しいことじゃないわ。当主より若い世代で、養子は含めないってこと。要は、当主の実子や孫、甥や姪ね」

「ふーん……」


(まあ、とにかく若い世代に回せってことか……ん?)


「でも、そのルールで行くと、当主は男と女、どっちも可能性があるってことですよね?なのにどうして生まれる子どもは男限定なんですか?」


明石も首を捻る。

「ならば、現当主の直系男子と定めても、特に問題なさそうですが……?」


「うちの家系、遺伝的に色々と難があってね。短命だったり、子どもを授かりにくかったり。でも、養子を取るより血縁関係を重んじて、女性に譲歩した条件ができたみたいよ。そんな家系だったから、あたしたちが四つ子で全員健康だったのは、本当に奇跡としか言いようがないの」

「なるほど。若くして結婚や出産を強いられる仕組みを、敢えて作ったのですか……現代では何かと厳しいしきたりですね」

「ええ。もっと言えば、次世代の子が生まれた瞬間、次の後継者争いは既に水面下で始まってる。子どもに許嫁を当てがうとか、親同士の根回しがね」


許嫁の根回し。自分勝手な課長や、意地悪な鹿鳴冬雪が結婚できたのも、許嫁のおかげだったのだろうか。


「室長さんは独身ですよね?他の3人は結婚したことがあるのに、室長さんは相手がいなかったんですか?」

「あたしは小さい頃からいじめられて、後継者争いが嫌になってたの。だから15歳で家を出て、さっさと当主候補の教育ってのを捨てたわ。だから相手もいなかったの」

「当主の教育?」

「そう。鹿鳴家の当主になりうる子どもは全員、当主として必要な教育を受けるの。全員が御使になる可能性もあるから、神木に関する儀式なんかもひと通り履修するわ。御使にならなくても、あたしや姉さんみたいに神木に関する職を回される可能性は高いから、知ってる方がいいのよ。専属の家庭教師とマンツーマンで、学校には行かないわ」


(そういえば、課長さんも会議でそんなこと言ってたっけ。だから美咲を同じように隔離するって主張したんだ)


「じゃあ室長さんも、15歳までは家庭教師で勉強してたんですか?」

「そうよ。あたしたち4人は、小さい頃からバラバラで教育を受けてきた。仲良しきょうだいじゃなくって、鹿鳴家の後継者争いのライバルとしてね……だから、あたしたちは物心ついた頃から既に、お互いが敵だったの」


そう言ってから、室長の表情が翳る。

「特に姉さんは、最初から怖かった……姉さんが真っ先に争いというものを理解して、周りを蹴落とすことを覚えたの」

「蹴落とすって、みんなバラバラで学んでるのに、どうやって?」

「それはもう、ストレートないじめよ。後ろから髪を切られたり、階段で突き飛ばされたり……あたしが泣き喚こうが、周りは誰も止めなかった。当主に相応しくない子どもは、淘汰されて当然なんですって」


子ども同士の喧嘩とは呼べないレベルの、過激で陰湿な行動だ。


「そんな人と今、よく一緒に仕事できますね」

「ちょうどその頃、護衛の子があたしと仲良くなって、姉さんはあたしを狙いにくくなったの。それで、標的が移った。今もあんな態度だけど、昔に比べたら全然マシよ」

「代わりにいじめられたのは?」

「冬雪よ。バカのくせに野心だけは一丁前。あたしを見てれば姉さんに逆らわない方がいいって分かるのに、事あるごとに歯向かって……酷い目に遭った」


室長の話し方は、わざと言葉を濁したように聞こえた。よほど苛烈な行動を取ったのだろう。


「それを思えば、茅秋は要領が良かったのね。姉さんとはずっと距離を置いて、のらりくらりと標的にされるのを避けていた……さて、そろそろ本題の、茅秋の話をしましょうか」


室長は指を立てて見せる。

「ひとつ。神木の御使は、生涯をかけて務める。ふたつ。鹿鳴の当主は、男児が生まれることで世代が代わる。これらを踏まえて聞いてちょうだい」


***


「まず、あたしたちの父親は、当主で御使だった。そんな父が、ある日行方不明になったの」


(室長さんの父親……血縁上は、俺の爺さんってことになるのか)


「行方不明?いつの話ですか?」

「あたしたちが18の時よ。あたしはとっくに家を出て、寮に入っていたわ。確か、父が御使として演舞をする、その前日だったらしいのよ。御使は正体を隠すために覆面をするから、その場しのぎで代役は立てられる。誰が一番近い体型か、誰が演舞を覚えてるかって、片っ端から男衆をひっ捕まえて、それはもう、家中が大騒ぎだったんですって」


室長の話し方に、悲しみは欠片も感じられない。

「なんか、他人事みたいですね」

「実際、他人みたいなもんだったわ。当主や御使の仕事でほとんど本家にいないし、少なくともあたしは全然関わりが無かったの」


きょうだい間のいじめを止めていない時点で、我が子への関心の無さは察するものがある。


「捜索願を出して、方々に連絡して、そうこうしてたら、いきなり茅秋が御使に選ばれた。でも父が確実に死んだという証拠は無い。どうしたものかと協議しているうちに、茅秋が男児を授かった。それがあんただったのね」

室長はそう言いながら、ちらりと湊を見やる。


「父の遺体は未だに見つかってないけど、生涯かけて務める御使が茅秋に移った以上、死んだんでしょうよ。だから、茅秋が御使と当主の両方を務めることで落ち着いた」


「でも、後になって、その男児が妻と共に失踪した。茅秋は二人がどこに逃げたかは知らないの一点張り。こうして、後継者がいない、イレギュラーな当主が誕生したのよ」


(それで実際は、内緒で俺を先生のところに預けてたんだな……どうして、そんなことを?)


室長も、失踪した子どもは都外にいると思っていた。彼女に尋ねたところで、茅秋の目論見は知らないだろう。


「茅秋を正式な当主と呼べるかは怪しいでしょ?だから、当主じゃなくて、鹿鳴家の総員代表という形で扱われているの」


(総代って、そういうことだったのか)


「だから、未だに当主争いは続いているの。特に姉さんは、幼い頃からずっと当主の座を狙っていた。なのに、茅秋に先を越された。そんな時に生まれた子がいなくなって、当主の座を奪う絶好のチャンスだったでしょうね。でも、姉さんがやっとのことで授かったのは女の子だった」


先日の会議で、課長が話していたことを思い出す。

『鹿鳴家の後継者は男児が通例なのよ。産むために何年も大変な思いをしたのに、割に合わないわよねぇ』


(課長さん、自分が鹿鳴家の当主になるために、男を産みたかったってことだったのか。それで女が産まれてきたら離婚って、どこまでも自分本位だな)


しかし、なぜ諦めてしまったのだろうか。そんなに当主になりたいなら、第2子、第3子をもうけていてもおかしくはない。

 

「課長さんは、今も何とかして当主になろうと画策してるんですか?」

「それはあたしにも分からない。でも、わざわざ推進研究室に自ら異動してきたのを考えるに、幼木を鹿鳴家の掌握の糸口にしたいんでしょうね」


室長は大きく伸びをする。

「ふうー、話し疲れたわ!あたしが言えるのはこんなところ。あとは茅秋に直接聞けばいいんじゃないかしら」

「直接?」

「ええ。今度、煌照祭(こうしょうさい)があるでしょう?御使は必ずそこで演舞をする。あんたのこと、あたしが話しておいてあげるから、演舞が終わった後にでも訪ねてみなさいよ」


***


3人が料亭を出た時、辺りはすっかり暗くなっていた。


「室長、今日はご馳走様でした」

礼をする明石の腕を、室長はガシッと掴んだ。

「さ、明石、飲みに行くわよ!」

「えっ、2軒目ですか?」

「2軒目ったって、まだ飲んでないじゃない!じゃあね、湊陽輝!」


室長は戸惑う明石の腕を掴み、飲み屋街へ繰り出して行った。


湊はひとり、ぼんやりと華やかな街あかりを眺める。


「煌照祭、か……」


煌都を構成する一市四郡では、各地で年に一度の大祭が開かれる。ここ照東郡で開催されるのが、煌照祭だ。


都外の祭りのように色々な屋台が並び、大勢の人で賑わうが、メインイベントは御使の演舞だ。人々は演舞を見届け、御使と一緒に神木へ祈りを捧げる……らしい。


というのも、湊は参加した記憶がほとんど無かった。施設の先生たちは、毎年子どもたちを煌照祭へ連れて行っていた。しかし湊は特別祭りに行きたい気持ちも無かったので、留守番の職員と共に残り、まだ外出が難しい赤ん坊たちの世話を手伝っていたのだった。うんと小さい頃には連れて行かれたが、人混みがすごかったような、あやふやな記憶しか残っていない。


(鹿鳴茅秋……あいつとサシで話せたとして、俺は何を聞きたいんだろうな)


湊が赤ん坊の頃から施設で育ったという事実は確かだ。果たして、聞いて良かったと思える事情がそこにあるのだろうか。


(俺を捨てた奴だぞ?別に会わなくてもいい気がする……でも、室長さん、口利きしてくれるって言ってたしな……)


宙ぶらりんな気持ちを持て余しながら、湊は帰路に着くのだった。

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