【16話(1/5)】親睦会
*** あらすじ ***
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲の身辺警護を任務として請け負う。
美咲の処遇を決める会議にて、美咲の加護を研究する課長・鹿鳴春花は、美咲を鹿鳴家に引き入れ、他者と隔離する管理体制を唱える。しかし美咲は、幼稚園に行きたいという気持ちを会議の場で表明した。最終的には、室長・鹿鳴雷夏が責任を持つことを宣言し、美咲は通園を継続できることになったのだった。
会議の後、湊は課長に連れられ、神木の御使を務める男・鹿鳴茅秋と対面する。そして茅秋は湊の父親であり、生後間もなく秘密裏に養護施設へ預けたことが明らかにされた。湊は茅秋が父親である事実を受け入れ難く思いながらも、自分の出生について詳しく知りたいという気持ちを滲ませるのだった。
合同緊急会議から、しばらく経ったある日。
湊は幼稚園が終わった美咲を迎えに行き、いつも通り、部屋で過ごしていた。
(明日は朝から数学のテストだっけ……あと、午後は近代史の小テストか)
湊はカーペットに寝転がって、近代史の教科書を開く。
しばらく読んでいると、美咲がお絵描きをやめて、こちらにやってきた。時々こうして美咲がくっついてくるので、集中して問題を解く学科には取り組めない。
美咲は湊の背中に乗り、全体重を湊に預ける。
「みなとさぁん……」
「美咲、降りて。重い」
「ねむたくなっちゃったぁ」
「え?」
神木と触れ合った後は、直接木に触っていない時でも、こうして眠ることがあった。夢の中で神木と遊んでいるらしい。
(今日はまだ木に触ってないよな?単純に幼稚園で疲れただけか?)
「じゃあソファで寝な。測定は帰りにやればいいよ」
湊が美咲を退かそうとすると、美咲は首に抱きついてくる。
「みなとさぁん、おやすみちゅーしてぇ」
「しないよ。お兄ちゃんは毎晩やってんだろうけど、他の人はしちゃいけないの」
「や!ちゅーして!」
「だーめ」
「やっ!」
「ヤじゃない」
美咲は不機嫌な唸り声を上げ、ぐいぐいと腕に力を込める。
「むぅーっ!」
「美咲っ、やめてやめて、首が締まる!」
美咲を背中から振り落とすが、また身体の上に乗ってくる。
「ねんねする!みさきとねんね!」
「……しょうがないな」
ぐずる美咲をお腹の上に乗せ、片手で教科書を持ち直す。が、美咲は教科書を奪おうと手を伸ばしてくる。
「んーん!」
他のことをするのはダメらしい。
「はぁ……はいはい」
背中をさすってやると、ようやく美咲は落ち着いて、頭を湊の胸に預けた。
「みなとさぁん」
「何?」
「みさきのこと、すきぃ?」
「早く寝な」
美咲はギュッと湊の襟元に抱きついた。
「みなとさん、すきぃ」
「……はいはい」
美咲にそこまで好かれるような態度は取っていないと思うのだが。身の安全を保障してくれる存在を嗅ぎ分け、庇護を請っているのだろうか。それとも愛情に飢えているのだろうか。成海も使用人も十二分に愛しているようだが、それでも埋められない、別の寂しさがあるのかもしれない。
いつの間にか、美咲は寝息を立てている。
そっと美咲を退かそうとしたが、小さな手がシャツを鷲掴みにしている。シャツをつまんで手から引っぺがそうとしても、指でしっかりと握り込んでいる。
起こして機嫌を損ねるのも面倒なので、しばらくはこのままでいることにした。
***
美咲の温かい身体が乗っていると、こちらも眠くなってくる。
まどろんでいると、ガチャッと扉が開いて室長が顔を覗かせた。
こちらを見て、怪訝な顔をする。
「え……あんた、何してんの?」
「見て分かんないですか。ベッドにされてます」
室長はハイヒールを脱ぎ、テーブルの側にしゃがむ。
ポケットからチョコレートを取り出し、そっとテーブルに置いた。
湊は、気になっていることをぶつけてみた。
「室長さん。その……鹿鳴茅秋って、どんな奴なんですか」
鹿鳴茅秋。鹿鳴家に属する、神木の御使。
そして、自分の父親だという男。
「茅秋?ヤな奴よ」
室長はぶすっとした顔で両断した。
「あたしたち四つ子、全員お互いのことが嫌いなの。だから冬雪も姉さんも嫌いだし、茅秋も嫌い」
湊は会議のギスギスした空気を思い出す。
(まあ、仲良くは見えなかったけど……)
「嫌いって、何がどう嫌いなんですか?きょうだいだから嫌なんですか?」
「だって、みんなあたしをバカにしてくるんだもの!あたしは一番小さく生まれて、気も弱かったから、何かと下に見られがちなの」
「室長が、気が弱い……?」
怪訝な顔をする湊に、室長は眉を吊り上げる。
「何よ、その反応!本当なんだから!」
そう言って、ストッキングを履いた足で脇腹を小突いてくる。
「室長さん、やめて下さい!美咲が起きる!」
「あんたが騒がなきゃいいんでしょうが!このっ!」
室長はしばらく湊と小競り合いをしていたが、ふと足を止めて、ドアの方へ声を上げる。
「あんた、何見てんのよ!変に笑ってないでこっち来なさいよ!」
室長はのしのしとドアへ向かい、外から見ていた職員の明石を室内へ引きずり込む。明石は何やらあたたかい笑みを湛えている。
「お二人は本当に仲が良いですね。見ていて微笑ましいです」
「どこが!」
「どこがよ!」
綺麗に声が揃った湊と室長は、共に苦々しい顔をするのだった。
***
「それで、何故そのような争いを?」
明石に尋ねられ、室長は首を捻る。
「えっ?何でだっけ……そうそう!茅秋について聞かれたからよ!」
「ああ、御使殿の話でしたか」
明石は、湊が自分にも同じ質問をしてきたことを思い出した。
(湊くん、やはり御使殿のことが気になるのだな。どんな事情があったのか、直接聞けるといいのだろうが……)
「御使殿は、安全上の理由から滅多に人前には出られませんよね。姉君である室長は、連絡を取れるのですか?」
室長は渋い顔をする。
「え?何で?できれば話したくないもの」
「そんなに仲が悪いのですか?一体何故……」
湊と明石、二人に目を向けられ、室長は手を打った。
「そうだ!じゃあ、一席設けて、あたしの知ってることを話してあげる。親睦会をやりたいところだったし、ちょうどいいわ」
「親睦会、ですか……自分たち3人で?」
「タダ飯ってことですよね?なら行きます」
湊の反応に、室長は大きく頷いた。
「もちろんあたしの奢りよ!さ、そうと決まればお店の予約!あたしの行きつけを見繕ってあげる!」
***
数日後の、ある夜。
まだ明るい夕暮れの下、大きな日本家屋の前で、湊と明石は室長を待っていた。
「明石さん、本当にここで合ってるんですか?看板も無いし、ただの民家っぽいですけど……」
「送られた通信機の座標は合っているよ。口コミには一見さんお断りと書いてあったから、大々的に客を呼び込んでいないのだろう」
湊と明石が待っているところに、室長がやって来る。
「二人とも、時間前に来れて偉いじゃない。さ、入りましょ」
室長はガラッと引き戸を開け、中にいた着物姿の女性に挨拶し、二言三言、言葉を交わす。
そして3人は中へ案内され、大きな広間に通された。宴会場のような広い部屋に、3人分の席が用意してある。
襖は取り払われており、ライトアップされた日本庭園が一望できる。
「すげえ、こんなところ入ったことないや。何、この壺?変なの……」
遠慮なく室内を物色する湊とは対照的に、明石は部屋の隅に縮こまっている。
「3人なのに、広すぎやしませんか?こうも広いと、落ち着かないです……」
「何でよ、広い分にはいいじゃないの。それに今日は貸切よ。他の人に聞かれたくないことを話すにはうってつけでしょ?」
***
やがて、日本料理の膳が運ばれてきた。各料理の説明を受けた後、湊は汁物のつみれを摘み上げた。
(肉を丸めたやつだ。いや、魚だっけ?説明してもらったけど、忘れたな)
室長が湊の様子を伺う。
「せっかくだから、いいもの食べさせてあげようと思ってね。どう?あんたの口に合うかしら」
「んー……美味しいけど、何食ってんのかよく分かんないな。なんか色んな味がします」
「0点の食レポね。まあ、美味しいなら良かったわ」
***
食事が進んだところで、室長が切り出す。
「さてと、どこから話そうかしら……そうね、まずは御使から。明石は知ってると思うけど、あんたは分かる?神木の御使が、どうやって引き継がれるのか」
室長に問われ、湊は首を傾げる。
「引き継ぎ?」
(美咲はいきなり声が聞こえて御使になったんだよな?これまでは、そうじゃなかったってことか?)
「本当は、御使を選ぶ儀式なんかがあったんですか?」
「いいえ。あたしが言いたいのは、御使が代わるタイミング。それは、前の御使が死んだ時なの」
「へぇ、死んだ時……」
「御使の正体は、世間には伏せている。だから、いつ誰に代わるのかも知られていないはずよ」
そう言われると、確かに「御使が死んだ」「新たな御使に交代した」というニュースは見たことが無い。
「御使が死んだら、神木が鹿鳴家の中から、新たな御使を選ぶとされているわ。それこそあの子みたいに、急に声が聞こえるようになるの。そして、神木と交流するうちに、色々な加護を授かっていくみたい」
初めて湊が美咲に会った時は、鉢を抱いて木と話しているだけだった。しかし最近は、夢の中で遊んだり、身体能力を高めたり、できることが増えている。それも御使としての成長なのかもしれない。
「鹿鳴家じゃない美咲が選ばれたのは、今までとは違う、別の木だからなんですか?」
「多分そうだと思うけど、確認できていない以上、断定はできないわ。まあ、あと何年かすればあの子を通じて色々聞けるでしょうし、そこで事情がはっきりするんじゃないかしら」
会議での幼木は、周りの人間を警戒しており、美咲を御使に選んだ理由を詳しく語らなかった。今の美咲は幼木と遊ぶことしか考えていないようだが、もうちょっと大きくなって、互いに色んな話をするようになってくれたら、幼木についてもっと詳しいことが分かるだろう。
「じゃあ、今度は当主についてね。鹿鳴家の当主になる条件、あんたたちは知ってる?」
明石が尋ねる。
「条件?当主の嫡男という訳ではないのですか?」
室長は頷いた。
「ええ。現当主の卑属血族で、男児を授かった者。つまり、男の子が生まれたら、当主になれるのよ」
(男が生まれたら……)
鹿鳴茅秋。彼は会議で「総代」と呼ばれていた。あれは当主と同義なのだろうか。
(俺が生まれたから、あいつは当主になった……?)
様々な疑問が湧く中、湊は室長の話に耳を傾けるのだった。




