第95話 対面
「まったくハイクラスの冒険士が四人も揃っていて、何をやっているのか。情けないっ」
「シャロ姉。それさっきも言ってたのです」
苦笑するリナの隣で、シャロンヌは憤慨色のオーラを全身にまとい王宮の廊下を進む。
水晶の輝きに彩られた白の宮殿には、絵画や彫刻などの美術的な調度品は、ほとんど置かれていなかった。しかし、そういった内装に拘らずともこの空間は至高の美だ。むしろ下手に飾りつけてしまったら、建物本来の美しさが損なわれてしまう。宮そのものが一つの芸術品として機能していた。そこかしこに高価な調度品を並べて城を飾り付け、国の財力をこれでもかとアピールしてきたランド王城とは全くの真逆である。
現在シャロンヌとリナは、そんなラビットロード宮殿の中を我が物顔で徘徊していた。
「言いたくもなります。あの者たちは今この時も、ただ待っているだけです」
鏡のように澄んだ通路を歩きながら、シャロンヌはさも不機嫌そうに吐き捨てる。
「結果も出さず、成果も上げずに。事が起きてから一週間も。いつから冒険士の職場は客室になったのですか?」
「レオスナガルさんとエメルナさんは、二日前に到着したばかりだって言ってたけどね」
「関係ありません」
リナの形ばかりのフォローを、シャロンヌは一言で切り捨てる。
「命令で動けない? ならば直接言いに行けばいいのです。お前達は問題を解決する気があるのかと」
「そこはあたしも賛成。とにかくルキナ様から一度話を聞かないと始まらないのです」
というわけで二人は行動を起こした。客間にいた他の冒険士達の制止も聞かず。事情を知らされても、だからどうしたとばかりに取り合わなかった。シャロンヌに至っては、逆にお前達はどうして動かないのだ、と厳しい批判までした。おかげで双方のあいだには早くも溝ができてしまった。
『誤解があるようだが、俺達が今日ここに来たのはあんたらが言ってる女王の依頼とは別件だ。だからこれだけは先に言っておく。俺達は俺達の目的のために行動する。以上だ』
従う義理はない、天がそう暗に告げてその場を強引に収めた。関係をさらに悪化させたとも言うが。ルキナと面識のあるリナとシャロンヌが最初に話を通しに行く、これは前もって決めていたことだ。天が二人を止める理由はなかった。
「エメルナさんには嫌われちゃったかな」
リナが思い出すように言った。頭の後ろで手を組むポーズは、彼女が思いのほかその事を気にしている時の癖のようなものだ。
「せっかく仲良くなったから、一回くらいドライブに行きたかったのです」
「あの程度で破綻する関係なら、いずれにしろ長続きしませんよ」
「まあね」
苦笑混じりにリナが返事をする。シャロンヌは眉間に鋭い皺を浮かべたまま言った。
「大体アレは昔から短気なのです。特に父親のこととなると、すぐに冷静さを失う。才能はピカイチでも、あれではまだまだです」
「なんか意味ありげな言い方なの」
「昔、ほんの一時期だけチームを組んでいたことがあります」
特に隠す必要もないという風に、シャロンヌは答える。
「アレが冒険士になったばかりの頃、会長殿に頼まれて面倒を見ました」
「教育係みたいなやつ?」
「そのようなものです」
二人は並んで宮殿内を歩いていく。
「正式にパーティーに誘ったこともありますが、断られました」
「こう言っちゃなんだけど、断った理由は容易に想像つくのです」
「はい。アレにとって冒険士とは、どこまでいっても父親のそばにいるための手段でしかないのです」
「まあ、目的は人それぞれだからね」
階段を上がり、広間を抜ける。二人の行く先はどこも無人だ。まるで予め定められたことのように、人の気配がない。シャロンヌとリナが、そういうルートを選んでいるのだ。
「エメルナのことより、あなたにはもっと重要なことがあるのではないですか?」
「……」
答えを拒否して足を早めたリナに、シャロンヌは重ねて言った。
「彼女の方がよほど深い関係でしょうに」
「腐れ縁。それ以上のことはないのです」
「ふふ、そういう事にしておきましょう」
「……これだから、ここには来たくなかったのです」
また頭の後ろで手を組んで、リナは独り言を呟くようにそう言った。見るからにバツが悪いという表情は図星を突かれた証拠だ。
「久々にあなたを言い負かせたようです」
「……今度からシャロ姉をイジる時は、場所を選ぶようにしよ」
先ほどの客間でのお返しを成功させたシャロンヌの横顔は実に満足気だ。不利な地形で仕掛けたリナの落ち度である。
「しかし解せません。何故これほどまでに後手に回っているのです。宮殿には、ルキナ様やラナディース殿もいるでしょうに」
「でも、下手に動かなくて正解だったかも」
二人はピタリと足を止める。目の前には見事な黄金の装飾が施された白い扉。重苦しい空気に包まれた宮殿の散策もこれで終わりである。シャロンヌとリナは、ついにお目当ての場所までやって来た。
「たぶん今度の敵は、天兄じゃないと無理」
「ええ……その点には同意します」
軽さが消えたリナの声に頷きながら、シャロンヌは扉の中心にそっと手を添える。無音の世界で、青緑色の光が弾けて破れた。部屋には厳重な結界が張られていたが、シャロンヌの手に掛かれば解除は一瞬だった。扉がゆっくりと開かれる。そして次の瞬間、部屋の中から激声が放たれた。
「貴様ら、ここをラビット王家・正位の間と知っての狼藉かッ‼︎」
椅子を蹴倒して立ち上がったのはラビットロード第四王女のカサンドラだ。赤毛の女武人は、怒り狂った目を突然現れた二人の訪問者に向ける。しかしシャロンヌとリナが視線を返したのは、玉座に腰を埋めるかの女王だった。
「……なんやぁ……リナちゃんに……シャロンヌちゃんかぁ……?」
シャロンヌとリナは呼吸も忘れ固まった。
「カグヤがな……どこにもおらへんの……」
そこにいたのはルキナであってルキナでない、変わり果てた女王の姿だった。
「リナちゃん、シャロンヌちゃん……カグヤの居場所しらへん?」
ルキナは玉座の上で足をプラプラさせながら、ぼんやりと虚空を見つめていた。そんな彼女を見て、リナは目を剥き、シャロンヌは唇を噛んだ。
「これは、当てが外れたかもしれません」
「……うん。完全に無駄足だったみたい」
失望。シャロンヌとリナの声はその一色に塗り潰されていた。超一流の冒険士である二人は、憐れみや同情の念よりも先に気づいてしまったのだ。
――亜人の女王・ルキナとの対面――
それは、一行の旅の目的そのものが破綻した瞬間でもあった。




