第94話 第八王女
「フハハハ! ワレがラビットロードの女王、ルキナなのじゃ。苦しゅうないぞ、皆の衆」
やたらと元気いっぱいの闖入者に、氷水もかくやというほどの冷めた声を浴びせた者がいた。
「……何やってるんスか……シラユキ?」
出所は客間に複数置かれた長椅子の一つからだ。男装の麗獣人、ラビットロード第七王女サランダの迫力ある半眼が、白い羽織に白袴姿の幼女に向けられる。
「うおぅ、いきなりバラしてしまうとは、サランダ姉上もお人が悪いのじゃ。フハハハハハー!」
「……」
サランダは無言で立ち上がると、高笑いする幼女にゆらりとにじり寄る。
「ん? どうしたんじゃ姉上。そのような怖い顔をして?」
「……」
「おお、そうか。姉上も仕掛人をやりたかったのじゃな!」
幼女が小さな手をポンと叩いてドヤ顔を披露する一方、サランダの不穏なオーラは増すばかりだ。
「それならそうと、早く言ってくだされば良いものを……んん? あの、姉上。何ゆえワレのことを脇に抱えるのじゃ?」
「お仕置きッス」
短い返事のあと、バシンッと景気のいい音が鳴った。連続して一回二回三回。発生源は幼女の尻からだ。
「い、いたっ! 痛いのじゃあねうえぇ〜!」
「前にも言ったッスよね? 母ちゃんの名前を使って悪ふざけするなって」
容赦のないお尻ペンペンが続く。それを見てそばでオロオロしているのは、シラユキと呼ばれる幼女と一緒に入ってきた猫獣人の女性だ。腰に剣を帯びているところから、幼女の護衛役と思われる。
「サ、サランダ様。もうそのあたりでお許しになられては……」
「そそ、そうじゃぞ姉上! これ以上叩かれたら、ワレの尻がワレてしまう! おお、今のはなかなか語呂が良いのう」
「反省の色がオニ見当たらないんで、お仕置き追加ッスね」
「ぴぎゃ〜〜!!」
なんとも緊張感に欠けるやり取りである。
「な、なあ天」
「ん?」
「あの子ってやっぱり、ルキナ女王じゃないよな……」
「それはそうだろう」
「だ、だよな。一国の女王があんな子供のわけないもんな」
ボソボソと小声で喋る淳の全身はいまだガクガク震えている。対して受け答えをする天は相も変わらず普段通りだ。同じ長椅子に座ってはいるが、二人のコンディションは実に対照的である。
「シラユキ殿下は、ラビット王家の第八王女ですわ」
「なるほど」
反対隣から聞こえた弥生の声に、天は相槌を打つ。こちらは兄と違い、だいぶ落ち着きを取り戻しているようだ。
尚、天は件の幼女がルキナでないことは一目見てすぐ分かった。
ただし、それは淳のように外見で判断したわけではない。言うなれば内に秘めた力の度合いで判別した。境界の英雄ルキナは、人型の中でも五指に入る実力の持ち主だ。天はそのことを三柱の神々から聞いていた。だから分かる。
「かか、かんにん、堪忍なのじゃー姉上!」
半べそで尻を叩かれている幼女は、見た目通りの脆弱な存在だ。とてもじゃないが、シストやシャロンヌと同等レベルの力を持っているようには見えない。ただ――。
「体を張って場の空気を変えるとは、見上げた心がけだ」
そう呟いて、天は小さく笑みを浮かべる。
「うう、尻がヒリヒリするのじゃ」
「オニ自業自得ッスね」
「くっ、毎度のことながらサランダ姉上の尻叩きには優しさが足りんのじゃ」
「この尻叩きが自分の優しさッス。愛の鞭ってやつッスね」
「うむむ。さては姉上、自分の尻のデカさに気づいて、ワレのプリティーな尻に嫉妬しておるな?」
「お仕置き追加ッス。スペシャルオニコースに決まりッス」
「うぎゃーー!」
天は気づいていた。その幼女、シラユキが部屋のギスギスした雰囲気を感じ取り、ワザとこのような悪戯をしかけているのだと。
「案外お前と気が合うかもしれんな、ラム」
「んぅ……おにいちゃん……ムニャムニャ」
膝の上で寝息を立てるラムに小さな声で語りかけながら、天はそれとなく周囲を窺う。
「……」「……」「……」
無言の傍観者に徹する三人の冒険士――レオスナガル、エメルナ、ブリジットは一様に口を閉じたまま、気難しい顔をしていた。彼等は天達を避けるように、それぞれ離れた別のテーブル席についている。
これでも先程までと比べたらまだマシだ。
シラユキにお尻ペンペン中のサランダも含めて、眉間に刻まれた皺の深さは大幅に改善されている。
ちなみにその原因を作った二名――シャロンヌとリナは、今この場にはいなかった。
今回はかなり短めのお話になってしまいましたが、来週は二話更新する予定ですのでどうかご勘弁をm(_ _)m




