【第一話 ~善~】6
善は手帳を取り出して、真っ白なページを開くと、いくつか書き込みをした。
整理する。まずは、登場人物。
〈松本郁――操作対象。二年。七月に留学〉
〈柿田優馬――依頼主。三年。同好会代表〉
〈高橋美緒――三年。松本と親しい〉
〈富沢香奈――二年。横取り発言。松本には敵対〉
〈紺野まどか――三年。留学逃す。人気者〉
名前のわかっている生徒を簡単に書き出してから、大きくぐるっと囲い、「英会話同好会」と見出しをつけた。
写真を見ると、だいたい二十人くらいの会員数だろうか。当時の三年生は卒業しているはずだが、新入生はどのくらいだろうか。とりあえず、大きく描いた輪の中の余白に〈他、十五人くらい?〉と書き込む。
「この匿名掲示板の『マイク』って留学生は、同好会に入ってるのか?」
そもそも、実在するのか?
「僕に聞かないでよ。その真偽を突き止めるのが、今回の依頼でしょ」
「へいへい」
台詞をパクってしたり顔の智視が、「でもさ……」とすぐに真顔に戻った。
「おかしいよ、ゼンちゃん。特にこの人」
善の手帳を人差し指で指し示す。智視の爪の先は「高橋美緒」だった。
「同好会内が今こんな状況で、もし仮に僕が松本さんに興味持ってさ、その、付き合ったりしたら、火に油だよね。もう嫉妬の嵐じゃない?」
自分で言うものも、変だけどさ。智視は多少謙遜する。
「それに七月に留学する子の恋人探しって、普通するかな」
善も同じところで引っかかりを感じていた。
「大雑把に推理するならさ、高橋先輩が紺野先輩と仲が良いっていうのは? 紺野先輩の「カタキ」をとるために、松本さんの状況をさらに悪化させたい、みたいな」
「もしそうだとして、今まさにそうなろうとしているみたいに、松本さんとお前が全く繋がることなく、徒労に終わることは、高橋先輩は想定していなかったのか?」
「わからないけど」少し言い淀んでから、智視は続ける。「たぶん、どちらに転んでもよかったんじゃないかな」
松本さんの恋が上手くいったとしても、上手くいかなかったとしてもどちらでも良い。
「……今の同好会の雰囲気なら、前者なら妬まれて状況悪化。後者なら笑い者で終わり、か」善が続きを引き取る。
「うん。なんか、当事者になっちゃった僕が言うのは、残酷だけどね」
確かに、この推理は一応、筋が通る。
〈高橋美緒――三年。松本と親しい〉
善はメモの末尾に「?」を付けた。
店に入って、三十分ほど経っただろうか。薄暗い店内はとても静かだった。
耳を澄ませると、うっすらジャズが聞こえる。カウンターに座っていた常連のお婆ちゃんは少し前に店を後にした。そのあとに一人だけ客が来店した。同じ修学院大附高の制服を着た女子生徒だ。今もテーブル席に座っている。緩やかにパーマのかかった髪を時々耳にかけながら、ノートパソコンで何か打ち込んでいた。今年に入ってから時々この喫茶店でも見かける生徒だ。一年生だろうか。
善は、今日のあの二人にはまた別のところに違和感を感じていた。
高橋先輩は、控えめにいっても、感じよかった。子供っぽい言い方になってしまうが、悪い人には見えない。智視の言うような、陰湿な真似をする人には思えなかった。
世の中にはいい人も悪い人もいなくて、その瞬間瞬間で、「いい面」や「悪い面」が現れているだけなのだと、昔何かで見聞きしたことがあった。何の本か、映画だったか、覚えてはいない。ただそういう考え方があると知ったとき、「そうだよなあ」と思った。
今回は高橋先輩の「光」の部分を見ただけ。
今、松本郁は多くの同好会メンバーの「影」に当てられているだけ。
そんなところまで考えて、いったん思考を止めた。
シンプルに行こう。そもそも、そんな一時の心象で判断してしまうのはいけない。探クルの一員としても、それじゃあ素人っぽいし、軽率だ。
――少しくらい勢いつけないと、郁は飛べないんだから。
善は高橋先輩の言葉を思い出していた。
「よし。この人から当たるか」
ぬるくなってしまったコーヒーをぐいっと飲み干した。




