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リリー  作者: かねとけい
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【第一話 〜善〜】5

「このタイムラインって、もしかして『リリー』?」


 智視は三枚のコピー用紙のうち、タイムラインのスクリーンショットを載せた一枚を見ている。一、二行の短いコメントが連なっている画像がひしめき合っていた。かなり縮小されているものも多く、目を凝らさないとよく読めない。


「そうだ。たぶん、ほとんどが英会話同好会のコミュニティでの会話だろ。そういえばお前、やってないんだっけ」

「うん」


 中、高、大と、修学院の生徒専用のSNS「リリー」は、もはや校舎や体育館などの設備と同じように、ほとんどうちの「インフラ」だった。部活や同好会でも連絡用によく使われているし、仲の良い友達同士は皆相互にフォローして繋がっている。

 学内での普及率は確か九割を超えていたはずだ。智視は残り一割の天然記念物だった。もっと言えば、大学生になるとクラスがない分、高校生に比べてどこにも所属していない学生が増える。学外にメインのコミュニティがある場合も多いだろう。それが全体の数値を押し下げていると考えると、高校生の普及率はさらに上がる。

 そういえば、高橋先輩が「原くんのこと『リリー』でも探したんだけど出てこなくって。彼って『顔』作ってないの?」と聞かれた。

 その通りです。変なやつなんで。

 ちなみに「顔」とは、ユーザーが任意に設定できるアバターのことだ。「顔作ってない」は「やってない」とほぼ同義である。

 智視はといえば、さして不便でもないと言う。所属はクラスと探クルだけで、こっちの方は他のツールで済むし、クラスからの発信は特に重要なものはないのだそうだ。

 あったとしても、取り巻きのの女子生徒たちが我先にと連絡を回すんだろ。善は若干の妬みを込めて言ったことがあるが、実際その通りだったので(しかも大して重要でもないことまで競って伝えてくるらしいので)、余計に怨嗟えんさが膨らんだ。


「まあまあな書かれようだよね。ほら、この二番目のやつなんか」


 智視がコピー用紙を指し示す。


〈三年の先輩にとっては最後のチャンスだったのにさ。これって横取りだよね? 出会い目的なら、マジ止めてほしい。気分悪い〉


 二年の「富沢香奈とみざわかな」と言う生徒の書き込みだった。「リリー」は匿名登録ではないため、発言者は丸分かりなのに、この口調か。完全に臨戦体制だ。

 他の書き込みも、口の悪いもの、冷静なもの、混在はしているが概ねベクトルは同じだった。批難している。時折、代表の柿田かきた先輩がなだめたり、たしなめるような書き込みをしているが、焼け石に水だった。

 英会話同好会のコミュニティは炎上していた。


「依頼主は柿田優馬かきたゆうま。国際学科の三年で英会話同好会の代表」


 善はつらつらと読み上げてみた。

 依頼内容は、同会に所属の普通学科二年、松本郁の身辺調査だった。


 経緯はこうだ。

 修学院大附高では、年に一度希望者を募集し、約半年間の交換留学を推し進める制度があった。七月に日本を出発し、ニュージーランドでホームステイ。翌年の一月に帰国する。

 英会話同好会では、毎年数名の留学プログラム参加者を輩出していた。実は我が校にはもう一つ「英語部」という、活動内容としては似たり寄ったりな部活がある。この二つの団体は、例年、輩出する人数を競っている。発端はよく知らないが、十年くらい前からの伝統らしい。

 ちなみに参加は出発時点で高三であっても可能だ。ただ帰国が一月だから、日本国内での大学進学は一年遅れることも覚悟しなければならない。

 そこまでは、なんとなく善も聞いたことがあった。募集要項が発表され、応募締切が近く二月は、両団体とも慌ただしく、気が張り詰めたようになる。


 ここからは、美那未先輩がまとめてくれた一枚目の資料に記載されていた内容になる。

 この夏の留学プログラム参加者は、今年三月に確定した。

 英語部から三名、英会話同好会から一名、その他八名の、計十二名。

 同好会からの唯一の参加者が、渦中のカナリア、松本郁だった。

「へえー! あの子ってすごいんだ!」と智視は感嘆していた。同じクラスで、しかも出発は来月なのに、知らなかったのかよ。

 とにかく、一対三。英語部に負けた。それが同好会内の空気が淀み始めた理由のひとつだった。

 だがもっと大きな問題は、松本さんが先輩を差し置いて、選考を通過してしまったということだった。

 口の悪い富沢香奈の言葉を借りれば、「横取り」してしまった。当時の二年生だが今は三年の先輩の中で一人、留学希望者がいたのだ。


紺野こんのまどか。この先輩、同好会内でも結構好かれてたらしいな」


 善は二枚目の集合写真のコピーを眺めた。

 写真の中央より少し左寄りに、朗らかな笑顔の女子生徒が写っている。ボールペンで囲われており、「コンノ」と走り書きされている。調査に関わる可能性のある人物なので、美那未先輩が書き込んでいるのだ。両端にいるのは後輩だろうか、二人とも紺野先輩に抱きつくようにして写っていた。くすぐったそうに、三人で笑っている。

 一方で、松本さんは右端に立っていた。両手は誰とも繋がっていない。身体の後ろに回されていている。

 でも、松本さんは笑っていた。とても自然な顔で、笑っていた。

 

 留学の参加者が決まり、卒業生を送り出した後、春休みを挟んで新学期が始まると、同好会内で悪い情報が流れ始めた。

 松本郁についての、「素行」についてである。

 それで、この三枚目につながる。


「ほとんど『リリー』での書き込みだけど、これだけ外部の掲示板みたい。レイアウトが違う」


 智視の言う通り、ひとつだけ背景色の違う、やたらと見づらいスクリーンショットがある。全体的に深い紫色で、毒々しい。


「これだけ匿名の掲示板だな――裏サイトか何かか」


 そこには〈I・Mさん、留学生のマイクとヤったらしい〉と言う品のない書き込みがされていた。それに対する卑猥ひわいなワードのレスポンスがいくつもあり、掲示板は色めき立っている。


「そんなふうなこと、する子に見えないよね。さすがにでっち上げでしょ」

「その真偽を突き止めるのが、今回の依頼だ」


 そう言いながら、善は背中が少し寒くなった。

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