【第八話 ~沖弓~】
土曜日にファミレスで出会った「リリー」の開発責任者の田村という男は、事故との因果関係についてはっきりと否定した。
実際のところ、むしろ因果関係を見出そうとする方が困難だし、沖弓が設定したメディア研究会のルールを破ったあの二人も、その後なんの被害も被っていない。
(偶然だよ)
田村が言うように、偶然がたまたまいくつか、法則を作り出してしまったにすぎない。沖弓にはそう考えるしかなかった。
一方で、生徒の在籍情報に関しては「手に入れるのは容易いことだったよ」と肯定している。方法については言明しなかったが、中学校からこの学校の生徒だった人間には、いくらでも方法はあるのだろう。
「取得した情報を売ったり、公開しているわけじゃないからね。別に訴えてもらって、それで裁判沙汰になったって構わない。僕はその動向を『リリー』で実況でもするさ」
学内では学校法人より「リリー」に対する支持の方が圧倒的に高いのである。少なからず、彼はそのことに自信を持っているようだった。
「まあ、正直ホッとしたかな」
部室でメンバーの二人にそのことを話した時、加瀬が安堵の息を漏らしていた。
メディア研究会では「リリー」について、引き続き調査を進めることにした。ただネタについては随分と汎用なものになっていた。例えば「効率よくフォロワーを増やす三つの方法、検証してみた」などなど。
また、このメンバーでは当初考えられなかった内容の記事もいくつか作り始めた。沖弓が密かにやりたかった「学校から徒歩で行けるおすすめカフェ特集」はその筆頭だ。
「こんなもんがバズるのか」倉木は言う。
「みんながみんな、あんたみたいに新聞記事読んでると思ったら大間違い」
チラシの編集ソフトもだいぶ上達してきた。
次の九月号からは、もう少し華やかなフリーペーパーになりそうだ。
なんとなく気が抜けてしまっていた夏休みに入る直前。
沖弓は、ある生徒に行ったインタビューで、閉じかけていた目が一気に冴えてしまった。
インタビューしたのは、例の野球部の事故の際、一塁を守っていた三年生、松木先輩だ。
彼のボールがこめかみに当たり救急車で運ばれた野上先輩は、なんとか初戦に間に合って、我が校の野球部は一試合目、勝利を収めた。結果としては二回戦敗退となってしまったが、あの事故による影響は特になかった。
だからこそ、松木先輩もインタビューに応じてくれた。
「野上に投げたボールは、大した球速じゃなかった。別にランナーを刺すための球じゃないんだ、軽く投げたんだよ」
おかしいと思わないか? 松木先輩はにわかに顔が引きつった。
「野球部の主将だぞ? あんな球を普通取り損なったりはしないよ」
「――はい。わかります」
沖弓は野球について詳しいわけではなかったが、松木先輩の言わんとしていることはわかった。
「信じちゃもらえないかもしれないけど、俺の投げたボールは、投げた後明らかに加速した。ボールが生きているみたいだった。でもそんなこと誰にも言えない。そうだろ?」
松木先輩の目はもはや、何かを怖がっているようだった。
「野上は実際、ずっと俺にファーストをやれって言ってた。中学校の頃から一緒にやってたから、最後の大会も一緒にプレーしたいって言ってくれててさ。でも後輩の方が明らかに上手かった。ガタイもいいし、特にバッティングで俺は負けてた。だから監督には『お前から俺を外すってちゃんと言え』って言った。春を過ぎたギリギリのところで、野上はそれを実行してくれた」
そして次の言葉に、沖弓は耳を疑った。
「あいつ、『リリー』のルールを破ったから、罰が当たったんだ」
沖弓は、鈴木先輩が見せてくれた資料の二枚目を思い出す。
〈2018.6.21 野球部主将「野上正嗣/高3」は、グラウンドでの部活動中、一塁手の投げたボールが頭部を強打。緊急搬送。当該部活動の『リリーコミュニティ』におけるランクは3。設定規則は「実力のある部員ならば、学年に関係なくスターティングメンバーにする」〉
その時、沖弓の電話が鳴る。
倉木からだった。普段、電話なんてよこす奴じゃない。
〈世の中、不思議なことはたくさんあるんだよ。桃〉
ピンク色のワンピースがひらりと揺れた。




