【第七話 ~善~】2
「こちらとしても、誤解は解きたいんですよねえ」
若い男は、自分を田村と名乗った。
修学院大学の院生なのだという。人文社会系研究科、社会心理学研究室に所属しているらしい。黒いTシャツにジーンズ、ビーチサンダルというラフな出で立ちだった。
「『リリー』を出したのはずいぶん昔。まだ自分が中学生のときで。友人と二人で『実験』のつもりで開発したのが始まり」
どこか馴れ馴れしい感じのする話し方だった。実際彼は漆崎先輩を確認すると握手をし、「きみ、うちの会社こない?」なんて言うのだ。
「実験、ですか」智視が確認を入れる。
「そう、実験」田村は続ける。「とは言っても当時から大した機能を実装しているわけじゃあない。みんな適当につながって、何気無くグループを作っていく。それを観察してみたかった。僕、その頃から社会心理には興味があってね。自然と出来上がっていくネット上のコミュニティが、仮に『学校』のようにある意味閉じた空間では、どんな傾向があるのか、自分で見てみたかった」
リリースを始めた直後は、それほど利用者は多くなかったという。三年ほどして、だんだんと中学生でもスマートフォンが当たり前になってきた辺りから登録が急増した。
「貸しサーバーで結構金が飛んでいった。それで立ち行かなくなりそうになったから、『リリー』上でスポンサーを募集した。今振り返ると、あれが転機だったね」
当時の大学院生で、「リリー」を使って社会実験をしたいという人物が現れたのだという。
「それが今のうちのCEO。まあハナっから実験目的だったから、資金調達してもらえるならどうぞお使いくださいって感じだった。それでそのときランク設定の機能も追加した。『ランク1』は単なる群れ。指導者はいない。『ランク2』は多数決機能がある。民主主義国家だ。そして最後は『ランク3』。リーダーだけがルール設定できる、これは――」
「独裁主義国家」漆崎先輩が言う。
田村はにっこりと笑う。
「その通り。学生が擬似国家を作っていくというコンセプトは、率直に面白いと思った。実はもともと、コミュニティが確立していけばそれぞれが『宗教』のように排他的になっていくと考えていたんだけど、中学生の頭で作った仮説は間違っていたね。宗教は英語で『religion』。『リリー』の語源だよ」
「擬似国家の方向性は、どう捉えている」
漆崎先輩がさらに問うた。田村はとても満足げだった。
「まだ、実験途中。でも面白いことがわかってきた。『ランク3』は、実質完全な独裁体制になんてできない。『リリー』を介さないで話し合ってから、リーダーが規則設定を行えばいいんだし。でも、多くのコミュニティが相談することなく、半ば独断的に、リーダーがルールを作ることがわかった。もっと言えば、リーダーかもしくは『リーダーが形骸化したコミュニティの、裏の実力者』がね」
「あの、田村さん」
美那未先輩が声を出した。ピンと背筋が伸びて、真面目な顔をしている。
「『実験』と繰り返しおっしゃられていますが、わたしにはそれが社会倫理的に許される行為とは思えません。生徒の実生活が関わっています」
「じゃあ僕を裁くかい?」田村は言う。
「――そういう短絡的な話をしているわけではありません」
美那未先輩は目線を落とした。
「ごめんごめん。意地悪する気はない。それに誤解は受けたくないからはっきりいうけど、君たちが案じている『ランク3』とこれまでに起こった事故との因果関係。これはあり得ない」
「あり得ない――?」沖弓さんが田村の言葉を繰り返した。
「そう。あり得ない。ただとても面白い指摘だと思った。これを漆崎くんから聞いて興味を持ったから、今日来たんだよ」
田村は続ける。
「僕の考えとしてはこうだ。まず『ランク3』をコミュニティに設定すること自体が、多少なりとも構成員にストレスをかけるということ。二つ目に、規則を破る時の当事者の状態が、そもそも健全な精神状態ではない可能性が高いこと。そして三つ目に、攻撃的な構成員が内側に存在する場合は、その攻撃対象は規則の違反者になりやすい、ということ」
うんうん、と田村は自分で自分の言ったことに頷いた。
「『リリーの罰』という表現。これも言い得て妙だ。まさに、そのコミュニティの構成員が排他的になっていく過程で起きる『異質なものの排除』に他ならない」
「じゃあ――笹原、弓道部の事故は」美那未先輩が呟く。
「うん。冷たい言い方になってしまうけど、偶然だよ」
田村があっさりと言う。美那未先輩は脱力した。
「うん。そうですよね。偶然――」
「小さいものも含めて、もっともっと学内では事故が起きてる。実際に外傷のある事故だけでなくて、例えば交友関係の破綻だったり、失恋だったり、精神的なものも含めて、たくさんね。自分が発見した法則は、大抵は誰かが考察を済ませている偶然であることが多々あるから、『こういうこともある』って見送ることも大切だよ」




