【第七話 ~善~】1
「それで、何とかなったの?」
リビングで漫画を読みふけっていた姉から、突然聞かれた。
「何が?」善は聞き返す。
「あんたが助けたいって言ってた女の子」
善の姉、萩原玲子は相変わらず漫画に目を落としたまま言う。
病院の個室で松本さんと高橋先輩に会ってから、二週間ほど過ぎた。
いつの間にか、七月になった。少し前に期末テストが終了し、家では久しくシャープペンシルを握っていない。善はダイニングテーブルで何気無くスマートフォンをいじっていた。
「どうなんだろうな」善は言う。
「微妙は反応ね」
「難しいもんなんだよ」
「そう」
テレビでは夕方のニュースが始まっていた。無機質な声のキャスターが羅列されたトピックを読み上げている。
「親友だったんだよ」善は続けた。
「誰が?」
「その『片親』って言われてた女の子と、そう言って傷つけた女の子が」
ふーん、と姉は花で相槌を打つ。
善は姉にそのことを話した。高橋先輩と松本さんの小学校からの関係性と、それぞれがどんな気持ちを抱き、今回の「絶交騒動」が起きたのか、話した。
姉は無言で聞いていた。
「それで、善はどうしたいの?」
姉は漫画を閉じて、キッチンの冷蔵庫を開けている。案の定、ビールを取り出す。
「高橋先輩も悩んだ末に結論を出したんだろうから、無理に介入するのも違う気がする」
善は先輩の涙を思い出す。ため息が出る。
姉がなぜかニヤリと笑った。
「ほう、善はそっちか」
「何が」
「何とかしてあげたいほう。その松本さんの方じゃなくて、先輩のほうなんだと思って」
善は姉を睨みつけた。
「そういうことじゃなくて」
「そういうことでしょ? 善、最近なんかぼーっとしてたし」
「してねえよ」
実際のところ、善は病院で会った高橋先輩の顔を、何度も繰り返し思い出していた。
中庭で話した時の先輩の顔も、お弁当の話をする時のちょっとしたり顔の先輩の顔も、何度も思い出していた。
スマートフォンでは「リリー」で先輩のサムネイルを見ていた。
善はいらいらした。
女っていうのはどうしてこう感が鋭いんだ。
「泣き顔見て発情するなんて、いやらしい男子高校生」
「うるせえ!」
玲子はビールを一口飲んだ後、さっぱりした顔で言った。
「いいじゃん、弱っているうちがチャンスよ」
「姉ちゃん不謹慎って言葉知ってるか?」
「別に不謹慎なことをしろって言っているわけじゃない。あんたがその子にしてあげたいことをすればいいじゃない」
「――意味わかんねえ」
姉は少し笑って、また漫画を読み始めた。
美那未先輩から連絡が入ったのは、その日の夜のことだった。
その週の土曜日。
駅前のファミリーレストランに呼び出された善は、懐かしい顔に出会った。
「お久しぶりです。漆崎先輩」
漆崎裕太。探偵サークルの三年生で、現在絶賛不登校の男だ。真夏だというのに、長袖のシャツを着ている。肌は不健康そうな白で、ほとんど日の光を浴びていないのがわかる。先輩は小さく「おう」とだけ言って、すぐに目の前に置いたノートパソコンに目を落とした。
探クルメンバーが揃ったのは久しぶりだ。美那未先輩と智視も来ている。
そして、もう一人見慣れない顔があった。
いや、見たことがある。確か「フィリップ・マーロウ」で時折見かける修学院大附高の女子だ。
「この子はメディア研究会の一年生、沖弓桃さん。実は、少し前から『リリー』に関して手伝ってもらってたの」
美那未先輩が紹介してくれた。
「初めまして――ええと、お邪魔してます」
沖弓さんは会釈をした。
ほんのりと茶色味がかかった髪は緩やかに巻かれている。ぱっちりした二重の目に整った顔立ちだったが、どことなく塞いだ感じのある、神経質そうな子だった。
「さてと、みんな揃ったから、今日の『ゲスト』が来る前に簡単に経緯を話しておくね」
美那未先輩がボックス席に座った四人を見渡した。
電話でもすでに聞いていた。漆崎先輩が「リリー」の開発責任者に接触し、まさに今日、ここに来る予定になっている。
「裕太のハッキングの腕に、向こうもそれなりに困っていたみたいでね。それまで警告文を出すだけの反応だったんだけど、実際興味があったみたいで、直接話すところまでこぎつけたの」
五分ほど時間が過ぎた頃、一人の若い男が現れた。




