【第四話 ~沖弓~】5
彼が高校を卒業するタイミングで、別れてしまったけど。
鈴木先輩はそう続けるのだった。
「恋人としての時間はもうとっくに終わっている。呼び起こそうとはしないし、もうそうすべきではない。それほど、時間も経っている。まあ、そういう感じ」
鈴木先輩が入学して間もない五月の下旬に、笹森先輩は彼女に告白をする。鈴木先輩も彼には好意を寄せていたし、その想いは素直に受け止める気持ちでいた。
危惧があるとすれば「規則」だ。もっと言えば、規則を破ったときに向けられるであろう、周囲の白い目だった。
「笹森先輩もそのことは気にかけてくれててね。部活に居づらくなってしまうなら、返事は気持ちに整理がつくまで、少し考えてからでもいいと言ってくれたの。でも、わたしはもういいやと思って、即答しちゃった。高校に進学して、いくらか大人になった自分を感じていたから、その頃少し調子に乗ってたんだよね。『規則なんて、気にしなければいいいじゃないですか』って言ったの。それで、すぐ付き合った。そして一ヶ月も経たないうちに、先輩は怪我をして、右腕が上がらなくなった。『リリーの罰』っていう言葉は、裕太が直感的に何となくそう呼んだだけなんだけど、そのときのわたしには結構ぐさっときちゃったんだよね。少し冷静になっていれば、避けられた事故なのかもしれないって思って」
だから、わたしは本当のことを確かめたい。たとえ手品や魔法みたいな話だとしても。
「答えがはっきり出ないものって、わたし嫌いなんだ。だからどうしても文系の科目より、数学や物理の方にのめりこんじゃうんだよね」
その言葉で、やっぱり鈴木先輩は「探偵サークル」なんだなと思った。
二人はその後、いくらか笑いながら世間話をした。夏休み前の試験の話や、恋愛の話。最近公開されたハリウッド映画の話、休日の話、進路の話。スパゲッティとコブサラダを食べ、食後にアイスティーを飲んだ。若い客で賑わう店内は少し内装が大雑把で散らかっていたが、料理は美味しかった。
「桃ちゃんは、今日聞いた話、どう扱う?」
会計が済んで駅へ向かう道すがら、鈴木先輩は質問した。
どう感じたかではなく、どう扱うか、という質問だった。
「率直なところ、過去の事故と『リリー』の関連性について、記事にしたいです。フリーペーパーや、うちのホームページにも載せたい。ただ、少し慎重にならなくちゃいけないとも思います」
そうだね、と先輩は言う。「情報の入手元と資料に載っている当事者の個人情報さえ伏せてくれば、記事として扱うのは構わないよ。でも、まだ因果関係について断定はできないと思うから、気をつけなくちゃいけない。また、今度はこっちから連絡するよ。進展したら、桃ちゃんにも伝える。それに、またご飯行こうね」
渋谷駅に到着し、それぞれの帰宅路線へ分かれる時、沖弓は鈴木先輩に聞いてみた。
「先輩、今日はありがとうございました――楽しかったです。でもどうしてわたしにここまで詳しく教えてくれたんですか? その、初対面ですし、わたしの素性というか」
素性と聞いて、先輩は大笑いした。
「桃ちゃんからもらったメッセージ、すごく丁寧だったし、きちんとしてる人だと思ったんだよ。まあ、『メディア研究会』と聞いて、協力体制を築きたいと思わなかったわけではないけどね。私たち、情報の受信には長けていても、発信は不慣れだから」
でもね、と鈴木先輩は続ける。「桃ちゃん、ちょっとわたしに似ているところがあって、ついいろいろ話しちゃった。なんだろう――こう、『意を決して高校生になりました!』って感じがする。三年間絶対楽しんでやるぞっていう感じ」
見事に言い当てられてしまった。
「さすが、探偵サークルの代表さんです……」