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リリー  作者: かねとけい
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【第五話 ~善~】1

 喫茶店「フィリップ・マーロウ」には、久々に美那未先輩が来ていた。


「ごめんなさい、しばらく二人に任せっきりだったね」


 そんなに悪ぶれた感じもなく、彼女はカフェラテを飲んでいる。

 今日は木曜日だ。先輩はちょうど土日に弓道部も都総体が終了し、受験生であるものの、ひと段落ついたところらしい。

 外はまだ四時過ぎだというのに、薄暗かった。どんよりとした曇り空だ。


「問題ないですよ。捜査は滞りなく進んでます」智視が言う。


 今日、智視は大量の情報を持ってきた。

 彼は土曜日に松本郁と初めて実際に連絡を取り合って、さらに今週の月曜には英会話同好会の代表、柿田優馬かきたゆうまと直接話している。


「まず松本さん。特筆すべきことをあげると、第一に彼女は留学に行く。七月の、ちょうど夏休みに入るタイミングだね。これは、最初少し言いたくなさそうだった。留学に関しては、ゼンちゃんが睨んでいた通り、高橋先輩が絡んでたよ」


 留学を勧めたのは、高橋先輩だった。

 そして、留学することをできるだけ隠しておくように言っていたのも、高橋先輩だった。


「隠しておくっていったって、そのうちバレると思うけどな」善は言う。

「いや、実は意外とそうでもない」智視が続ける。「留学に行くことなんて知らなかったよって言ったら、彼女自分で『みんな、私が行くことにあんまりよく思ってないから、誰も話題にしない』と言っていた。同好会のメンバーが話題に出さなければ、当然クラスにも情報は流れてこない」


 松本さんは同好会の中でやっかまれてしまっていることには気がついているし、やっかまれている人間の態度を取り続けていた。できるだけ目立たないようにして、嵐が過ぎ去るのを待っているかのように。


「あんまりいい表現ではないけど、彼女は、自分の不幸に関する話に関してはすごく饒舌になった。それで、話を聞いていくとどうやら、留学の話が出る前から、少し、同好会で浮いてしまっていたらしい」


 引っ込み思案で、積極性に欠ける彼女は、同じ同好会員から少なからず煙たがられていたという。あの子は、せっかく来てくれてる留学生と話そうとしない。コミュニケーションを取ろうとする気がない――云々。

 そんな松本さんを見かねて、高橋先輩は留学に挑戦することを提案した。


「松本さんも、幼い頃からずっと『美緒ちゃん』――高橋先輩の後を追っかけて、真似っこをしてきたって言ってたよ。でも、あの子は自信がないだけで、努力もできるし、才能もある。足踏みしてしまう癖さえ突破できれば、周りの予想以上に成果を上げることができる。たぶん、高橋先輩よりも。それに英語力に関しては、他の国際学科の同好会員よりも突出してるよ。今年一月の英検、準一級取得だって。あ、これは本人から聞いたんじゃなくて、柿田先輩から聞いたんだけど」


 すごーい、と美那未先輩が感嘆の息を漏らした。


「そうか。それじゃあ、留学を決めた松本さんは、妬みをかってしまうにはもう十分だったってことか。同好会の連中からも、高橋先輩からも」


 それともうひとつ、と智視は真面目な顔をする。


「彼女は中学一年生のとき、お母さんを亡くしている」


 善は目を閉じる。

 智視が松本さんから知り得たことはそれだけだった。いや、それだけと言ってもこの短期間だ。善は素直に感心すると同時に、少なからず智視には罪悪感を背負わせてしまっている気がした。


「さて、お次は柿田先輩からなんだけど、新情報だ。というか、スピーチコンテストで波乱があった」


 英会話同好会が参加したスピーチコンテスト。

 松本郁のスピーチは、誰も文句がつけようのないほど、素晴らしいものだった。

 審査員として参加しているネイティブの先生が絶賛し、留学のことを知ると、「自信を持って行ってきなさい」とコメントした。そのやりとりも、流暢な英語で、他の参加生徒の面前で繰り広げられた。


「そんなことがあったもんだから、メンバーはみんな、バツの悪い顔をしていた。コンテスト終了後のミーティングでも、全体がそんな雰囲気。誰もが居心地の悪い中で、紺野先輩が発言したんだよ」


 紺野先輩。善は以前ここで書き込みをした手帳を取り出して見返した。

 紺野まどか。三年。留学逃す。人気者。

 そう書かれている。


「留学に応募して、残念ながら漏れちゃった子よね。三年生の」美那未先輩が言う。

「そうです。それで紺野先輩が――なんていうか、空気を持ってっちゃった」


 みんな、もうやめようよ。

 留学のことで同好会の空気すっごく悪いけど、私はもう気にしていない。こんなに郁を苦しめて、寄ってたかってやっかんで、正直かっこ悪いよ。

 今日のスピーチでも分かったでしょ? 郁が一番良かった。努力した。

 それだけじゃない。


「それはそれは、名演説だったらしいよ。まあ、すぐにメンバーの硬直した態度が変わると言われると、難しいみたいだけど。少し雪解たような感じにはなったみたい」


 紺野まどか先輩は、同好会でも人気者で、後輩からも慕われている人物だ。善は資料にあった集合写真で、両腕を抱かれている紺野先輩を思い浮かべた。


「『リリー』での中傷書き込みは、どうなってる?」善は聞く。

「柿田先輩が言うには、今週は全然動いていないって」智視は言う。「治まったのは良かったけど、これまでに書き込んだ内容に真意が結局どうだったかは、まだ分からない。みんな反省はしても、遡って贖罪しょくざいを受ける気は、今のところないみたいだね」

 

 それからもうひとつ、とまた智視は付け加えた。


「今週、高橋先輩は一回も同好会に顔を出していない」

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