【第四話 ~沖弓~】4
〈学内SNS「リリー」におけるコミュニティごとに設定可能な「段階」、いわゆる「リリーランク」について。
コミュニティの「リーダー」は、任意に3段階のランク設定が可能である。
以下、公式ホームページのマニュアルより引用する。
第一段階:みんなで仲良くおしゃべりしよう。
第二段階:みんなで決めたルールを守って、気持ちよくリリーを使おう。
第三段階:リーダーの言うことを守り、団結しよう。
第一段階の場合、ルール設定は存在しない。仲の良い友達同士や人数の少ない同好会に多く見られる。
第二段階の場合は、全員がルールを提案できるが、全員の三分の二以上の賛成が必要となる。多くのクラス、同好会、部活がこのランク設定を用いている。
第三段階を設定している団体は、相対的に見て少ない。目標が明確な団体や、厳格な規定を求めるリーダーの場合によく設定されている。第三段階ではリーダーのみがルール設定を行うことができる。
第三段階に設定中の団体を「ランク3」と呼称する。「ランク3」に所属していた当時の生徒が巻き込まれた事故については、別紙にまとめる。
なお、その因果関係については目下調査中である〉
鈴木先輩から手渡された資料を、沖弓は食い入るように読み込んでいた。
別紙にまとめられていた事故に関しては、より具体的に記載されていた。
〈2011.5.6 図書委員会委員長「岡野朋美/高3」は、放課後図書室へ向かう途中、階段で足を滑らせて転倒、2メートルほど落下。右足を骨折し、全治三ヶ月。当該委員会の『リリーコミュニティ』におけるランクは3。設定規則は「図書室で閲覧可能な全ての書籍を、粗末に扱われないように管理すること」〉
〈2013.12.5 男子バスケットボール部部員「本間晶/高2」は、早朝練習のために登校中、自転車がスリップ。左手首を捻挫、右手首を骨折し、全治三ヶ月。前日は雨が降っており、路面は非常に滑りやすくなっていた。当該部活動の『リリーコミュニティ』におけるランクは3。設定規則は「練習には休まず参加すること」〉
〈2014.9.23 2年4組「長戸美咲/高2」は、文化祭準備で使用していたカッターナイフを、誤って手を滑らせ、左太腿を刺傷。出血多量で緊急搬送。1週間の入院。当該クラスの『リリーコミュニティ』におけるランクは3。設定規則は「みんな仲良く、協力すること」〉
〈2016.6.15 弓道部副部長「笹森慶太/高3」は、弓道場にて部活動中、練習用のアルミ製矢が右肩に、約5センチ突き刺さり、緊急搬送。一週間の入院。右腕の機能に部分的な後遺症。当該部活動の『リリーコミュニティ』におけるランクは3。設定規則は「部活内の恋愛禁止」〉
〈2018.6.21 野球部主将「野上正嗣/高3」は、グラウンドでの部活動中、一塁手の投げたボールが頭部を強打。緊急搬送。当該部活動の『リリーコミュニティ』におけるランクは3。設定規則は「実力のある部員ならば、学年に関係なくスターティングメンバーにする」〉
資料の最後に乗っていた事故の概要は、つい先週に起こった野球部の事件について記載されていた。
沖弓は、かすかに手が震えていた。
「もしかしたら耳にしているかもしれないけど、わたしは修学院大学附属高校、探偵サークルの代表を務めている、鈴木美那未と言います。桃ちゃんが偶然発見した書き込みの主、漆崎裕太もサークルのメンバー。もっとも今メインで活動しているのは後輩の二人で、漆崎は隠居状態なんだけどね。でも彼、ハッカーとしてはとても優秀なの」
二人はカフェラテを飲みきってしまったあと、そう遠くないイタリアンのお店へはしごした。鈴木先輩は今、カルボナーラをフォークで器用に巻きながら話している。
「わたしと裕太がまだ一年の頃、ちょうどあなたと同じように『リリー』の存在に疑問を持ち始めていたの。最初に言いだしたのは裕太でね。『不可解な点がいくつもあるし、それを当たり前のように利用している生徒たちも、不気味だ』と。ちょうど、桃ちゃんとほぼ同じ疑念を抱き始めた。」
同じ探偵サークルだった鈴木先輩と「リリー」について調べ始めたその矢先、掛け持ちしていた弓道部で事故が起きたという。
当時の弓道部副部長の笹森慶太が練習用の矢が右肩に刺さり重傷を負った。幸い命には別状なかったものの、都総体の予選には出場できず、彼の右肩は中途半端な位置までしか持ち上げることができなくなってしまった。
「当時は、不幸な事故。ただただそうとしか思っていなくて、とにかく一生懸命練習してきた先輩が大会に出られなくなってしまったのが悲しかった。だから、そのとき裕太が言ったことは、落ち込んでいるわたしにとって寝耳に水だったの。だって、先輩の怪我は『リリーの罰』かもしれない。そう言い出すんだもの」
「リリーの罰」。ことさらに場違いに響くワードだった。
漆崎は「リリー」上の生徒同士のやりとりを十年ほどさかのぼってログを洗っていた。そのときに何度か「リリー」のサーバーにハッキングをかけたせいで、運営の保守担当の部署からマークされているのだという。何度か警告文が送信されてきたらしい。
いずれにせよ彼はその捜査の中で、本来ならば関係性など認められるはずがない、認められてはいけない因果関係を見つけた。
「これを読む限り」沖弓は言う。「コミュニティを『ランク3』に設定していた部活や学級で、その規則を破ってしまった生徒が『事故』に遭っている。そう読み取れます」
鈴木先輩は頷く。「馬鹿なんじゃないと、そう思った。だって、『リリー』で設定できる規則はあくまで『守りましょう』という意思表示というか、ルール共有のための機能。そこに罰則規定などないはずだし、まして罰則を与える力なんてあるはずがない。裕太も実際はまだ半信半疑で、圧倒的にサンプルが足りないし、偶然の一致もありうると言っていた。わたしも、当然そうだと思ったし、今だって、百パーセント信じている訳ではないの」
沖弓は頷く。
不気味に不気味を塗り重ねたような話だった。
「でも、わたしは本当のことを掴むまで、気がすまないんだ」先輩は言う。「当時の弓道部の設定規則、なんて書いてある?」
「ええと、『部活内の恋愛禁止』」
二年前にしても、少し堅苦しい規則だと、沖弓は思った。
「わたし、当時事故にあった笹森と、付き合っていたの」
先輩はあいだを置き、懐かしむような優しい目で言った。
しかし、僅かに悲しみも混じった目だった。




