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リリー  作者: かねとけい
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【第四話 ~沖弓~】3

 鈴木先輩が言っていたとおり、運ばれてきたカフェラテには綺麗なロゼッタが描かれていた。飲んでしまうのがもったいない。一枚だけスマートフォンで写真を撮り、沖弓はできるだけ模様が崩れない位置から、一口啜った。

 店内はカウンター部分以外はほとんど仕切りのないオープンスペースになっていた。夕方の時間帯だからか、学生と思しき若い女性客が多い。ほとんど聴き取れない音楽と話し声、それにときどき流れる館内放送で、幾分騒がしかった。

 もっとも今から話す内容を考えると、その方がいい。静まり返った空間よりは適していると、沖弓は思った。


 沖弓は、改めて「リリー」に関して、メディア研究会で掴んでいること、または推論していることを鈴木先輩に話した。

 ホームページ上では普通の株式会社が運営しているように見える「リリー」だが、学校とは繋がりがない「非公式」のSNSだということ。しかし一方で、生徒の在籍情報が把握されている可能性があるということ。目的については解らないが、いわゆる「愉快犯」的な、自己顕示欲を満たすためのリリースなのではないかという仮説。そのほかいくつかの点において不可解なサービスにも関わらず、生徒たちはおおむね好意的に、日常的に「リリー」を使っている、ということ。この現状に関して、少なからず沖弓は不安感を抱いている、ということ。

 そして今回、漆崎先輩が投稿した一文〈彼は「リリー」に背いてしまったのかもしれない〉のこと。不可解に思いながらも、その真意を知りたい、ということ。


 鈴木先輩は沖弓が話しているあいだ、こくんこくんとあいづちを打ちながら、口を挟むことなく聞いてくれた。

 ひととおり話しきったあと、鈴木先輩は真面目な顔をして自分のラテアートを見つめていたが、ふーっと息を吐き、すぐに笑顔になった。


「カフェラテ、冷めちゃうね。飲んじゃおうか」


 口に含んだ甘い液体は、すでに冷め切ってしまっていた。


「わたし、この学校に入学して、友達が何人かできるのとほとんど同時に『リリー』の存在も知りました。最初、このSNSには何にも疑念を抱くことはなかったんです。数学の授業では数学の教科書を開き、美術の授業では美術室に行くのと同じで、友達と情報交換するのは『リリー』と、最初から決まっていました。よく海外と日本の食文化を比較する記事があったりするじゃないですか。中東の国々の一部では、宗教上の理由でたこを食べないとか」

「忌み嫌われて『デビルフィッシュ』と呼ばれているものね。ユダヤ教では、ウロコやヒレのない海洋生物は、汚れがあるとされている。海外のアニメーションでは、敵役になりがちだし」

「そうです。それと同じように、『リリー』というサービスを使うという慣習や、それを刷り込んでいる意味づけのようなものが、この学校には最初からあった。そういう感じだったんです」

「でも、実際にはみんななんの根拠もなく蛸を忌み嫌っているということに、沖弓さんは気が付いた」


 沖弓は頷く。


「カトリック教会から分離したプロテスタント。宗教改革運動の先駆者。沖弓さんは、もしかしたらそんな感じなのかも」

「改革なんて、そんな大げさなものじゃないですけど」

「でも、少なくとも『リリー』を相手に、その根底にあるものを暴きたいと考えているのなら、そのくらいの気概がないといけないんじゃない? 少なくとも、わたしはそのつもりで、今もいるよ」


 沖弓は鈴木先輩の顔を見た。

 優しそうでふんわりした笑顔。でも、鋭く決意に満ちたような笑顔にも見えた。その目にはなにか重たいものが埋め込まれているような気がした。

 沖弓は背中を伸ばした。


「先輩は、なにか知ってるんですよね? 『リリー』っていったい――」

「沖弓さん、夕飯食べに行こうか?」鈴木先輩はそう言って遮る。

「えっ」

「あと、沖弓さんって呼び方、ちょっと堅苦しくてよくないよね。そうだなあ、『桃ちゃん』って呼びたいかな。ねえ、いい?」

「ええと、それはもちろん、構いませんけど――」


 やった。桃ちゃん、桃ちゃん。今日は記念日だね。

 先輩はう歌を口ずさむようにそう言いながら、スマートフォンでお店を探し始めた。

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