【第四話 ~沖弓~】2
実際には、探偵サークルなる団体に用事はなかったし、そんなサークルは正直胡散臭いなと、沖弓は思った。
だって、探偵だ。現実世界の探偵は電車の中吊り広告なんかでお目にかかったことが何度かあるが「浮気調査」くらいしか需要がなさそうで、いまいちパッとしない。漫画やアニメ、小説なんかでは、やたらと巧妙なトリックをほんの僅かな手がかりから推理して、殺人事件なんかを解明していくのが「探偵」だったりするが、最近は使い古されてしまった嫌いがあり、医者だったり検事だったり、図書館の司書だったり、いろんな属性の人物が事件解決にあたっている。
どちらかといえば修学院大附高は平和というか、日常的というか、とにかく「探偵サークル」が活躍する場面はどうしても少ないように思う。殺人事件でも起きたら話は別かもしれないけど――と一瞬考えたが、そんなことが起こったら動くのはまず警察である。
しかしながら、「リリー」で鈴木美那未のプロフィールを見て、考えが変わった。
学年でもトップクラスの成績を誇っており、容姿も華やかで麗しく、豊かな交友関係を構築している、全く隙のない女性がそこにいた。「リリー」上でもその様子がすぐに分かった。
こんな人が本当に「探偵サークル」に所属しているのか。
鈴木先輩のプロフィールの所属には三年二組と「弓道部」としか記載がなかった。漆崎先輩の例もあることだし、単なる記載漏れかもしれない。そもそも探偵サークルに所属していることは秘匿されるべき情報だから載せていない、という可能性もある。
三年五組を訪問したその日中に、鈴木先輩へメッセージを送った。
自己紹介と要件については少し迷ったが、結局事実を全て書き込んだ。メディア研究会の簡単な紹介から「リリー」に関して抱いている疑念のこと、今メディア研究会として、その不可解な部分について調査中であること、そして、漆崎先輩の書き込みのこと。
本丸は漆崎先輩なのだから直接アプローチする手段もないわけではなかったが、沖弓にとっては正直ハードルが高く感じられた。実際、二年生の頃から不登校になっているような人物からリアクションがもらえるような気がしなかった。
鈴木先輩からはほどなくして返事がきた。
野球部の事故と「リリー」を関連付けた漆崎先輩の書き込みは、鈴木先輩も見ていたらしい。一通りのやりとりのあと、今週水曜日の放課後に、話を聞けることになった。
待ち合わせは渋谷駅の「15番出口」。ヒカリエと地下で直結しているところだ。
渋谷は通学で経由するので、洋服を見に何度か歩いたことがあるが、今だに慣れない街だ。道ゆく人は皆この街を隅から隅まで知っているような顔をしていて、沖弓はいつも新入りのゲストのような気分だった。一人で歩くときは必ず、イヤホンをしっかりはめ込んでいた。
午後四時を回った。約束の時間だ。
修学院大附高の制服を着た女性が現れた。セミロングの艶やかな髪を結ばずに下ろしている。「リリー」で見たプロフィールよりも、少し髪が伸びていた。前髪は眉のあたりで切りそろえられていて、歩くたびにふわりと浮き上がる。色白の頰にうっすら乗せたチークがとても似合っていた。
鈴木美那未は、沖弓と目が合うと柔らかに微笑んだ。
「沖弓、桃さん?」
「はい、沖弓です。初めまして。ええと、鈴木先輩ですか?」
「うん。初めまして。鈴木美那未といいます」
小柄な沖弓と比べると、鈴木先輩は頭一つ分背が高かった。
「すみません。その、部活や受験で忙しい中わざわざ――」
「ううん」鈴木先輩は首を横に振る。のんびりした声音だった。「ちょうど週末に都総体の予選があってね。あ、弓道部なんだけど。うちの高校あっという間に敗退しちゃった。受験勉強もときどきは息抜きしなきゃと思っていたところだし、タイミングが良かったよ」
それから鈴木先輩は、ヒカリエのビル内にあるカフェへ案内してくれた。ラテアートが可愛くて、ちょっとした時間ができたときによく立ち寄るのだという。
「ここのところは部活で行けていなかったから嬉しいよ。沖弓さんも、きっと気にいると思うよ」
エレベーターを待つあいだ、鈴木先輩はにこやかに話してくれた。
〈桃ちゃん、きんちょうしてる〉
ワンピースの女の子が言う。
鈴木先輩の目の前で、悪戯っぽい顔をしている。沖弓は顔を背けて、エレベーターの籠がのろのろと降りてくるのを見ていた。
実際、沖弓は緊張していた。鈴木先輩と出会ってから何度も髪を撫で付けてしまうし、鞄を下ろしたっきり、肩にかけ直すことができなかった。恋人と初めてデートをするみたいに、心臓が鼓動を早める。
そんな沖弓の内心をよそに、鈴木先輩はラテアートを自分でもやろうとして出来上がったものがまるで「銃痕」のようだったという話を繰り広げていた。
「沖弓さんはどう? 学校は楽しい?」ふいに鈴木先輩が笑顔を向けた。
「ええ、はい。とてもいい学校ですよね」
「うん、そうだよね。でも、いい学校に通っていたって楽しくない人はいるし、その逆もあるでしょ? 沖弓さんは、楽しめてる?」
沖弓は答えに窮する。「キラキラ」した学校生活を求めた先に出来上がったのは成れ果てのようなメンツの同好会だし、理想とはかなり乖離がある。
ただ一方で、全く今の状況を悲観する気もなかった。
「まあまあ、ですね。ただもっと楽しめる気がします。たぶん」
「よかった。短い高校生活だから、楽しんでいかなきゃだよ」
楽しんでいかなきゃだよ。
ご機嫌な抑揚をつけてそう言った鈴木先輩の笑顔に、沖弓は数秒間、見惚れていた。




