44.エクストラ・マジシャン
ソフトが実在する!?
ソフトが実在する?
今、確かに三田村はそんなことを口にした。
まさか、こうもあっさりと結論を得ることができるとは――。
俊作「それ、ホントですか?」
三田村「はい。もう何年も前から、バージョンアップを繰り返しながらしぶとく根付いてますよ。これ、違法なモノなんであまり大声じゃ言えないんですがね」
なるほど、店のドアを閉めたのはそのためか。
俊作「もっと詳しく教えていただけませんか?」
三田村「…お話を伺う限りだと、そのソフトウェアは“エクストラ・マジシャン”でしょうな」
俊作「“エクストラ・マジシャン”?」
三田村「はい。その存在が初めに確認されたのが、だいたい6~7年ぐらい前だったと思います。当時は、ただ個人情報をネットワーク上から盗むことができるだけのソフトでした。それでも裏の世界じゃ結構取り引きされたみたいですよ」
俊作「それは、ソフトウェアだから誰にでも扱えるという利点があるからですかね?」
三田村「そうだと思います。複雑なプログラミングの知識がいらないわけですから。簡単に他人の個人情報を盗むにはもってこいというわけです」
俊作「厄介な代物作りやがって」
三田村「ただ、当時のモノは不具合も多くてね。サーバーにアクセスできなかったり、市販のウィルスソフトで簡単にブロックされたりして、使い勝手は悪かったらしいですよ」
俊作「素人が作ったんですか?」
三田村「うーん……どうなんでしょう。作成者についてはわかってないもんですから」
俊作「わかってない…?」
三田村「もしかしたら、ボクが知らないだけかもしれません。でも気をつけてくださいね。今の“エクストラ・マジシャン”は、当時のモノより遥かにグレードアップしてますから。繰り返しになりますけど、ネットワーク上から他人のパソコンを覗き見できるうえに、個人情報を盗むだけでなくそのパソコンを遠隔操作することも可能です。それに市販のウィルスソフトでもブロックしきれないでしょう」
俊作「じゃあ、“エクストラ・マジシャン”を防ぐ方法はないんですか?」
三田村「…あるといえば、ありますよ」
俊作「あるんですか?」
三田村「“エクストラ・マジシャン”を駆除するソフトが開発されてはいるんですが、“エクストラ・マジシャン”がバージョンアップしてしまうので、結局はいたちごっこになってしまうんですよね……」
俊作「なるほど。ちなみに最新バージョンの駆除ソフトは作られてるんですか?」
三田村「いや、まだ作られてはいないはずです。なんせ、“エクストラ・マジシャン”がこまめにバージョンアップしてるもんですからねぇ」
俊作「開発者の名前はわかります?」
三田村「開発者…ですか?」
俊作「はい。最新バージョンの駆除ソフトがまだ作られてないんだったら、開発者に頼んで作ってもらえばいいじゃないですか。それに、最新の“エクストラ・マジシャン”が出回ってるんだし、全く開発していないってことはないと思いますよ」
三田村「なるほど…そうかもしれませんね。それなら、池袋にある“バイティング・ダイバー”という会社へ行ってみるといいですよ」
俊作「バイティング・ダイバー? どんな会社なんですか?」
三田村「まだ立ち上げてから2~3年ぐらいしか経ってない、小さな会社なんですけどね、ネットワークの安全を守る仕事をしてるんですよ。その会社が、以前から“エクストラ・マジシャン”と闘い続けていまして」
俊作「それは頼もしい」
三田村「社長の石原さんに会えば、何かわかるかもしれません」
俊作「石原さん……ですね」
俊作は、会社名と社長の名前を、手帳にサラサラと走り書きで記した。
俊作「ちなみに、その石原さんって方はいつも会社にいらっしゃるんですか?」
三田村「大概はいるはずです。なんせ会社の規模が小さく人数も少ないですから、社長だけふんぞり返ってるわけにはいかんですよ」
俊作「忙しそうだな……行く前にアポイントをとったほうがよさそうですね」
三田村「そうですね。たぶんアポとらなくても大丈夫でしょうけど、いきなり仕事を中断されるのはなんとなくイヤですからね」
俊作「電話番号わかりますか?」
三田村「あぁ、ちょっと待ってくださいね」
一旦、三田村が奥へ引っ込んだ。
奥から、ガーガーと機械の動く音が聞こえてくる。
音が止むと、右手にB5版の紙を持って三田村が戻ってきた。
三田村「お待たせしました。名刺を拡大コピーしてきましたよ」
三田村が差し出してきたその紙には、会社名と石原の名前、そして会社の電話番号が記されていた。まさしく、石原の名刺である。
俊作「おっ、ありがとうございます」
俊作は名刺のコピーを受け取った。
三田村「頑張ってください。1日でも早く悪いソフトウェアがなくなることを願ってますよ」
俊作「情報提供に感謝します」
三田村「黒木くんにもよろしくお伝えください」
店を出た俊作は、まず純にメールで三田村から聞いたことを報告すると、次は湊刑事に電話をかけた。
湊『どうした?』
俊作「湊さん、例のソフトですけど、どうやら実在してるみたいですね」
湊『ほう、そうか!』
俊作「名前は“エクストラ・マジシャン”。6~7年ぐらい前から裏の市場で出回ってるようです」
湊『そんなに前からあったのかよ。ウチの本庁は何やってんだ。6~7年もありゃ作成者ごとパクれるだろうに』
俊作「たぶん、昔のヤツは不具合が多くて使い勝手もよくなかったらしいから、そんなに被害者が出なかったんだと思いますよ」
湊『なるほど、バージョンアップして性能が上がったから被害件数が増えた。そのためオレらは最近までソフトの存在に気づかなかった――ってわけだな?』
俊作「おそらくそうでしょう」
湊『そうか…。ところで、誰がソフトを作ったかはわかったか?』
俊作「いや、そこまではまだわかりません。裏の市場でもあまり知られてないみたいです。そうだ、湊さん、そっちでもどうにか調べられないっすか?」
湊『まぁ、できないことはないが…お前は作成者を調べないのか?』
俊作「もちろん調べますよ。でも、警察には今現在“エクストラ・マジシャン”絡みで捕まってる人間がいるじゃないですか。そいつらを叩けば、少なくとも販売元ぐらいはわかるでしょ? こっちは使用ソフトの存在をつきとめたんです。名前をチラつかせりゃ、誰か一人ぐらいは動揺するかもしれないっすよ?」
湊『そうだな。実は今オレも同じことを考えついたところだ』
俊作「なんだ、気が合いますね」
湊『バカ。男に言われても嬉しかねーよ』
俊作「じゃ、そういうことで入手経路を調べといてくださいね!」
湊『お前はこれからどうするんだ?』
俊作「“エクストラ・マジシャン”の対策ソフトを作ってる会社に行こうと思います」
湊『対策ソフトがあるのか?』
俊作「はい。池袋にあるバイティング・ダイバーって会社が作ってるそうです。ただ、最新バージョンはまだ作られてないみたいなんで、これから行ってお願いしようかと思います」
湊『わかった。おい柴田、もしかしたら、その会社の人間からでもソフトの作成者を聞き出せるかもしれないぞ』
俊作「――かもしれませんね。個人情報を盗めるような薄気味悪いソフトに抵抗してるわけだし」
湊『よし、よろしく頼んだぜ。何かあったら連絡よこせよな!』
俊作「――あっ、それともう一つ」
湊『何だ?』
俊作「昨日オレが取り調べを受けた時、秋池って男の話をしたの覚えてます?」
湊『ん? ああ、クラブのオーナーだっけ?』
俊作「昨夜、自宅マンションの玄関前で拉致されたんですよ」
湊『何だって?』
俊作「犯人はロック・ボトムの連中である可能性が高いです。事件の重要な証言を得られるかと思ったんですけど……」
湊『どこへ連れ去られたのか、見当はついてるのか?』
俊作「いえ、まったく。情報屋を動員させて探させてるんすけど、これといった目撃情報は入ってきてないです」
湊『なるほどな…。で、オレはどうすればいい?』
俊作「え? 湊さん、協力してくれるんすか?」
湊『おう。お前の調べてる事件も、どうやらオレらと無関係じゃなさそうだしな! で、どうすればいいんだ?』
俊作「…秋池のマンションへ行って、下足痕を調べてもらえませんか?」
湊『下足痕?』
俊作「はい。足跡を証拠としてヤツらを取り調べ、その線から秋池の居場所を吐かせてほしいんです」
湊『そういうことか。そいつはいい考えだ。さっそく佐藤をそのマンションへ向かわせるよ』
俊作「すいません湊さん、お願いします」
湊『いいってことよ! じゃあな!』
俊作が電話を切ると、ディスプレイに「新着メールあり」のアイコンがついていた。
純からだ。
「Good!
至急その会社へ行ってくれ!
ただし、自分が探偵だってことを隠して調査にあたれよ!」
……とある。
「了解」と返信するや否や、すぐさま俊作は先程手に入れた石原社長の名刺のコピーとにらめっこでもするかのようにバイティング・ダイバーの電話番号をダイヤルした。
3コールほどで、若い女性が電話に出た。
女性『お電話ありがとうございます。バイティング・ダイバーでございます』
俊作「あの、私、マグナムコンピュータの柴田と申します」
女性『お世話になっております』
俊作「お世話になっております。本日は技術提供のお話をしたく思いましてお電話差し上げました。失礼ですが、社長の石原様はいらっしゃいますか?」
女性『申し訳ありません。社長の石原は只今出張に出ておりまして、本日中には東京に戻りますが直帰してしまうので、明日でしたら通常通り出社いたしますが』
俊作「そうですか。では、明日の朝にまた改めてお電話差し上げます」
女性『かしこまりました。では、こちらもお電話があったことだけ申し伝えておきますね』
俊作「あ、すいません。よろしくお願いします。それでは失礼いたします」
女性『失礼いたします』
電話を切る俊作。
同時に、夕方までやることがなくなってしまった。
どうしようかと考えていたところへ、純から電話がかかってきた。
俊作「どうした?」
純『お前、もう池袋へ向かったのか?』
俊作「いや、目的の社長が出張に出てて、明日じゃないと会社にいないみたいだから今日は行くのをやめることにした」
純『そうか。いやさぁ、さっきメールでお前にひとつ報告し忘れたことがあってよ』
俊作「何だよ?」
純『さっき、笹倉がのぶちゃんを会議室へ呼び出して乱暴しようとしてた』
俊作「何だって?」
純『幸い、あの会田さんって人が手際よく助けに来たから未遂で済んだけどな』
俊作「会田さんが? そりゃグッドタイミングだな」
純『ああ。ありゃあ見事だったよ。ホントはオレも他の清掃スタッフからそのことを聞いて助けに行こうと思ったんだけど、あの人のほうがコンマ1秒早く気づいたみたいだったな』
俊作「どうやって気づいたんだ? お前みたいに誰かが会田さんに教えたのか?」
純『いや、外回りへ行こうとした時に会議室から騒音が聞こえて、それで気づいたらしいぜ』
俊作「そうなのか……」
純『まぁ、とりあえずのぶちゃんは無事だ。しかし、解せないのはあの笹倉のおっさんだ。今まで彼女をお前と仲良くしてたって理由で嫌がらせしてたのに、ここへきて急に無理矢理関係を持とうとしてくるなんて……』
俊作「そうだな。確かにそれは変だ。あのハゲがのぶちゃんに気があるって話は聞いたことがない」
純『ただ、いい女とやりたかっただけなのかな』
俊作「それだったらとっくに彼女はやられてるさ。嫌がらせをする必要はない』
純『だよなぁ…。じゃあ、“よーく見たらのぶちゃんがいい女だった”ってパターンか?』
俊作「……説得力に欠けるな」
純『そうか……』
俊作「まぁ、今はあれこれ考えても先には進めねーよ。これはヤツを追い詰めた時に吐かせてやりゃいい」
純『そうだな。それがいい。ところで、お前はこれからどうするんだ?』
俊作「それが、池袋行きがなくなっちまったから夕方まで特にやることがねーんだよ」
純『そうか…。じゃ、いったん家に帰って休んでたら?』
俊作「いや、そういうわけにはいかねーだろ」
純『いいんだよ、気にすんなって。昨夜あんま寝てなかっただろ?』
俊作「そりゃお前だって……」
純『休める時に休んどけって。これから忙しくなって休めなくなったらどうする?』
俊作「…わ、わかったよ。夕方まで家で休んでる」
純『よし。じゃ、定時近くなったら先に葛西へ行っててくれ』
俊作「おう。じゃ、また夕方にな」
俊作は、いったん板橋の自宅へ戻ることにした。




