45.懸念
板橋へ戻ってきた俊作。
そのまま自宅へ戻る前に、創の店へと足を運ぶ。
何か有力な情報が入ってきていないかを確認するためだ。
創「おぉ、俊作か。どうした?」
商品を陳列していた創が手を止め、軒先まで出てきた。
俊作「いや、何か有力な情報が入ってないかと思ってな」
創「まぁ、あるにはあるな。今んトコこっちに入ってる情報っていうと…黒野の素性ぐらいかな」
俊作「それはちょっと興味あるな。聞かせてくれよ」
創「わかった。じゃあ、ここじゃアレだから奥の事務所で話そう」
俊作「そうしよう。ところで、鴨川さんはどうしてる?」
創「あぁ、今は店の奥で売上げの管理とかを手伝ってもらってるよ。昼間はウチ、誰もいなくなるからな」
俊作「そうか。だけど、あまり売り場に出させるわけにはいかねーな」
創「そうだな。どこで黒野の一派が監視してるかわかんねーしな。出させても入口から遠い位置に限定させてるよ」
俊作「よし。そーいや、歌舞伎町のキャバクラへはまだ行ってないんだっけ?」
創「うん。今夜行こうと思ってる。鴨川さんの話だと、いちばん仲のよかった子が出勤するのが今日らしいんだ。だから、あらかじめ鴨川さんからその子にオレが来店する時間を伝えてもらって、店でゆっくり話ができるよう段取りを組んでもらったところだよ」
俊作「なるほどな。だけど、調子にのって飲み過ぎんなよ」
創「わかってるよ」
俊作と創は奥の事務所へ移動した。
ヒナコ「あっ、柴田さん!」
パソコンに向かっていたヒナコが俊作に気づいて立ち上がる。
俊作「どうも。昨日はゆっくり寝れましたか?」
ヒナコ「ええ。黒木さんのご家族は皆さん気さくだったんで、おかげさまでゆっくり休めました」
俊作「そうですか。それはよかった」
ヒナコ「柴田さん、コーヒーでも飲みますか?」
俊作「ん? あぁ、そうですね、いただこうかな」
ヒナコは、インスタントコーヒーを作るために事務所の隅へ移動した。
創「それで俊作、黒野の素性だけどよ……」
俊作「おう」
ヒナコ「――!」
創「あの男、根っからのワルみてーだぜ」
俊作「だろうな。そんでもって相当学識に欠けてるだろ」
創「ああ。学校じゃ成績はいつも最下位だったらしい。だが、悪名は相当に高かったってよ。地元の下北沢じゃ、ヤツの名前を知らない人間はいなかったって。事実、聞き込みの時に情報屋が黒野の名前を出したら相手の顔が強張ったみたいだぜ」
俊作「ふーん……ケンカが強いのか? そんな感じには見えねーけど」
創「ケンカが強いっていうより、“ちょっかいを出せば何をされるかわからないから怖い”っていった感じだな。地元の人たちはみんな手を焼いてたらしい」
俊作「危険なヤツだ。目をつけたヤツはどんな手を使ってでも追い詰めるってことか」
創「まぁ、そんなところだな。だからお前も会社を追い出されるハメになったんじゃねぇ?」
ヒナコ「あたしだって、キャバクラ辞めさせられた時も似たようなことされましたよ」
俊作「……そうか、そうだな」
俊作は、皮肉そうに顔をしかめた。
俊作「…そうだ、鴨川さんの話だと、ヤツは1年前まで歌舞伎町でホストをやってたんだよな? どうしてホストなんか始めたんだ?」
ヒナコ「それ、あたしも気になります。あんな乱暴者がホストになった理由がわからないんで…」
創「どうやら、たくさん金を稼いで女はべらせたかったのが理由らしい。高校時代から仲間に言ってたみたい。で、高校卒業と同時に夜の世界へ飛び込んで行ったって話だよ」
俊作「いたってシンプルだな」
創「だけど、あの性格だろ? 常に同僚とのトラブルが絶えなかったってよ。都内にあるいくつもの店を転々としたらしい。そんで、歌舞伎町のホストクラブを辞めたのを最後に、IT系の会社に転職したとか」
俊作「……ますます理解できんな。今の会社に入ってからは転職してないんか?」
創「ああ。特に同僚とのトラブルもないみたいだぜ」
ヒナコ「ホストを辞めた理由はわかったんですか?」
創「いや、そこはまだ調査中です。まぁ、おおかた同僚とのトラブルでしょうけど」
俊作「だけど、なんか事情がありそうだな。いきなり夜の世界から一般企業に転職するんだ。ただの気まぐれとは思えねぇ。その辺も調べてみよう」
創「ああ。歌舞伎町へ行ったらそのホストクラブへも行ってみようか」
俊作「頼んだぞ」
ヒナコ「じゃあ、あたし、客としてそのお店で聞き込んできます!」
創「え? 大丈夫ですか? あんまり目立った行動は控えたほうが……」
ヒナコ「大丈夫ですよ! 黒木さんお手製の変装グッズがあれば素性を隠せます!」
ヒナコは事務所の片隅にある段ボール箱を指差した。
創「あ…なるほどね。あれがあったか」
俊作「……よし、ここはのぶちゃんにも協力してもらうか。2人でホストクラブへ行って、より多くのホストから黒野のことを聞き出すんだ。入店する時は別行動でな」
創「うん、なるほど、それもアリだな」
ヒナコ「何で別行動なんですか?」
俊作「1人は取材役で、もう1人はその内容を記録する役に分かれるんです。あくまで普通の客を装ってください。露骨に黒野についての聞き込みって感じを出すと有力な情報が聞き出せないかもしれない。もしかしたら黒野と仲の良かった同僚がいるかもしれないし」
ヒナコ「なるほど……」
その時だ。
俊作と創の携帯電話が、ほぼ同じタイミングでメールを受信した。
純からだ。
二人同時にメールを送るところを見ると、何か有力な情報を掴んだのだろう。
“例の写真の持ち主がわかった!羽村が持ってる!”
俊作「――!」
創「おぉ! これはナイスだ!」
ヒナコ「どうかしたんですか?」
俊作「羽村佐知絵が、例の“証拠写真”を持ってることがわかりました」
ヒナコ「写真って、柴田さんが佐知絵をホテルに連れ込もうとしたっていうモノですか…?」
俊作「そうです」
創「これで、あとは入手方法を考えるだけだな」
俊作「いや、その後で写真の撮られた場所へ行ってオレと羽村の目撃情報を集めたり、実際に撮影した人間を突き止めなけりゃいけねぇ」
創「わかってるよ。とりあえず純に“早く写真をゲットしろ”って返信しとなかいと」
創は、カチカチと、携帯電話のボタンを押し始めた。
俊作「――そうだ、例の車の行方はわかったか?」
創「いや、まだわからん」
プッシュボタンを連打しつつ、創は手短に答える。
俊作「そうか……」
創「あれもどこへ行っちまったのやら」
俊作「うん……どんだけ遠くまで行ったんだって感じだよな」
創「ああ。でも、実際そんな遠くへは行けないはずだぜ」
俊作「――かもな。オレと純が寸前のところで取り逃がしてから、すぐに捜索を始めた。それもかなりの人数で探してるだろうから、遠くへ行こうとすればどっかで見つかるだろう」
創「……もしかしたら、秋池のマンションがある原宿辺りで隠れてたりするかもしんないな」
ヒナコ「でも、あの辺りに車が隠れられるような場所はないと思いますよ?」
俊作「普通の、よく見かける屋外の駐車場とは限りませんよ。立体駐車場だったり、ビルの屋上に作られた駐車場に停めてあるかもしれない。それ以前に、駐車場に停めてない可能性だってあります」
ヒナコ「うーん……そうかぁ……」
創「情報屋たちに、駐車場以外の場所も調べるよう伝えとくか」
俊作「そうだな。オレはのぶちゃんにホストクラブ潜入を打診しないと」
俊作と創は目一杯親指をプッシュボタンの上で乱舞させた。
俊作「そうだロッキー、のぶちゃんと鴨川さんをホストクラブへ行かせるのはいいけど、護衛をつけなくてもいいのか?」
創「あぁ、だったら何人か情報屋を店の周りに配置させとくよ。店内にも女性の情報屋もつけておこう」
ヒナコ「それは頼もしいですね」
俊作「…ってか、お前の周りにはどんだけ情報屋がいるんだよ」
創「さぁね。この店開くためにいろーんなバイトしたからなぁ」
俊作「それにしても人脈広すぎだろ」
創「ふふふ、うらやましいだろ? 人脈は広いに越したことねーぜ?」
俊作「ま、まぁ、そうだけど」
創「お前だって営業の仕事やってたんだ。味方になってくれる人がそのうち現れるさ」
俊作「そ、そういうもんかな?」
創「そうだよ。お天道様はちゃーんと見てるんだ。はっはっは」
創は声高らかに笑ってみせた。
俊作「なんか、どっかの隠居の爺さんみてーなモノの言い方だな」
創「バカにすんじゃねぇ! バチが当たるぞ! “因果応報”って知ってるか!?」
俊作「わかったわかった。そんな怒るな」
そんな2人のやりとりを見て、ヒナコがクスクス笑う。
――と、俊作の携帯電話がメールを受信した。
伸子からだ。
「今朝、米本くんの名前で変なメールが会社中に送信されたの!
“今回のセクハラ騒動は紛れもない事実だ”みたいな内容だったよ!
米本くんに事情を聞きに行ったんだけど、本人はまったく身に覚えがないんだって。
あたしね、それでピンときたの。
誰かが、昨夜話してたソフトを使って米本くんのパソコンを遠隔操作したんじゃないかって。
なんか、敵側が強引にこの事件を正当化しようとしてると思わない?」
メールにはこう記されていた。
この後には、米本の名を騙って送られたとされるメールが原文のまま転載されていた。
俊作「何だと!?」
創「どうした?」
俊作「米本のパソコンにも“エクストラ・マジシャン”が……」
創「“エクストラ・マジシャン”?」
俊作「昨夜話した、パソコンを覗き見できるソフトだ。さっきアキバで、三田村さんからその情報を掴んできた」
創「お、そうか、三田村さんに会えたんだな。それで、そのソフトがどうかしたのか?」
俊作「会社で、米本のパソコンもその“エクストラ・マジシャン”で覗き見されたうえに遠隔操作されたらしい」
創「マ、マジ!?」
ヒナコ「それ、やばくないですか? 確か米本さんって人事の方でしたよね?」
創「そうだよ! 米本さん、人事のデータベースを使って笹倉派を割り出すって言ってたよな? もし、ホントにパソコンを覗かれてたとしたら……」
俊作「ああ。処分の対象になるおそれがある。それだけじゃねぇ。身の危険に晒されるかもしれんぞ。今すぐやめさせねーと!」
俊作は携帯メールで米本に注意を呼びかけた。
返信が来るまでに、そう時間はかからなかった。
「大丈夫だ。心配いらない」
それが米本の返事だった。
俊作「心配いらないって……」
創「まさか…あの人……」
俊作「……もう、データベースを見ちまってるのかもしんねぇ」
創「遅かったか…」
俊作「身の危険に晒されるってことは、逆にいえば見えない敵をあぶり出すチャンスも生まれる」
ヒナコ「それって、やっぱり証拠を消すためだったり、口封じのために米本さんを襲おうとするからですよね?」
俊作「そうです。やましいことをしていなければ米本を襲う必要はありませんからね」
創「だけど危険すぎるぞ!」
俊作「あいつはそれを覚悟で笹倉派を洗い出そうとしてるんだろう」
創「要するに囮役を買って出たってことか。とはいえ…いくら米本さんが危険を覚悟してるっていっても、ホントに何か危険な目に遭っちまったら笹倉派の洗い出しもできねーよ?」
俊作「そうだな。よし、今夜は予定を変更して米本の警護につくか。敵が動くとしたらあいつが1人で家に帰る時だろうからな。笹倉の尾行はロッキーの情報屋に頼もう」
創は、少し嫌そうな顔をした。
俊作「どうした?」
創「…またオレの情報屋?」
俊作「だってお前、いっぱい情報屋いるんだろ?」
創「……」




