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42.疑われた米本

突如届いた奇妙なメール。

差出人は米本?


そんなバカな。


何だ、このメールは。


協力者である米本がこんなメールを送るはずがない。何かの間違いだ。


まさか、昨夜俊作が言っていた、例のソフトウェアでパソコンをいたずらされたのでは……?


伸子は、ほぼ無意識的に受話器へ手を伸ばしていた。内線で米本とコンタクトをとるためだ。


しかし――。


「どういうつもりだよ、米本のヤツ!」


システム営業課の方から怒鳴り声が響き渡ってきた。


受話器まで間近に迫った伸子の手も、反射的にピタリと止まる。


ハッと顔を上げ、声がした方向を探る。


声の主は、システム営業課にいる坊主頭の社員だった。


彼の名は牛島藤夫。

俊作や伸子、米本と同期入社である。


伸子「牛島くん…!」


牛島は両手をデスクに思い切り叩きつけると、その勢いで小回りのききそうな小さい身体を真上へ跳ねあげた。そして踵を返したかと思えば、佐知絵を目がけて肩をいからせながら詰め寄っていく。


牛島「おい羽村!」


佐知絵の全身がビクリと強張る。


牛島「お前よォ、人事にどんなデタラメ吹き込みやがったんだよ!」

佐知絵「な…何の話ですか……?」

牛島「柴田のことだ! 人事の米本が変なメール送ってきたの見ただろう!」

佐知絵「あれは……れっきとした事実なんです」

牛島「どこがだよ! 証拠はあんのか!」

佐知絵「……」

牛島「何とか言えよ!」

佐知絵「……」

牛島「おい!」

真智子「やめてください牛島さん! これ以上この子を傷つけないで!」

慌てて真智子が間に入る。

牛島「何言ってやがる……!」

牛島は続けて何か言おうとしたが、思わず口をつぐんだ。


佐知絵が、泣きそうな顔をしてうつむいているのだ。


真智子「佐知絵…?」

佐知絵「……」

真智子「もう、どうして佐知絵の気持ちを考えてくれないんですか!?」

牛島「考えるも何も、事実だとは思えねーんだよ」

真智子「何を根拠にそんなことを! 事実、柴田さんは……」

牛島「柴田の性格をよく知らねーくせに好き勝手言うんじゃねぇ!」

真智子「……」

牛島「あぁ、ダメだ! こいつら当事者のくせに話になんねぇ!」

そう言い残し、牛島は営業部を飛び出していった。


不意に、伸子と藤堂の目があった。


――あたし、様子を見てきます。


伸子はそんな気持ちを込めたアイコンタクトを藤堂に送った。


藤堂は、黙って、小さく頷いた。


それを確認すると、伸子は牛島の後を追った。


エレベーターの前で牛島に追いつく伸子。


伸子「牛島くん、待って」

牛島「高根さん」

やや驚いたような表情で振り返る牛島。

伸子「どこへ行くの?」

牛島「……米本の所だ」

伸子「ちょうどよかった。あたしも一緒に行くよ。米本くんに聞きたいことがあるの」

牛島「あのメールのことか?」

伸子「うん。米本くんがあんなメールを送るなんて有り得ないし。だから確かめようと思って」

牛島「オレも有り得ないと思う。だけど、現にあのメールは米本から来たモンだったし……」

伸子「うん…おかしいよね」


エレベーターが到着した。

足早に乗り込む伸子と牛島。


人事部の前まで来ると、既に押し問答が展開されていた。


俊作や伸子たちと同期の男性社員が3人、米本に詰め寄っているのだ。


牛島「愛宕に梅郷、それに川間じゃねーか。あいつらも同じ目的みたいだ」


そう言い切らないうちに、伸子が押し問答を止めんと米本と愛宕たちの間に割って入る。


伸子「ちょっと、みんなどうしたの?」

愛宕「今朝のメールのことで抗議に来たんだ。同期としてあり得ないからな」

米本「オレはそんなメール知らないって!」

川間「じゃあ、ありゃ何なんだよ!? 差出人はお前だったぜ」

梅郷「誰かがお前のパソコンをいじったってのか!?」

米本「たぶんな……」

梅郷「そんなバカなことあるわけねーだろ! すぐにバレちまうじゃねーか!」

愛宕「ああ。それにわざわざ他人のパソコンを使う意味がわからない」

牛島「そうだよ。わけのわかんねーこと言うな!」


確かに、信じられないのも無理はない。だが、米本があのメールを送信していない以上、やってもいないことを認めるわけにはいかないのだ。


米本「――そんなこと言ったって、身に覚えがないんだよ!」

牛島「証拠がねぇ!」

川間「ヘタな言い逃れはよせ!」

梅郷「なんかイライラしてきた」

愛宕「見損なったよ、同期として。何で認めようとしねぇ?」

米本「……」


困った。

米本はこれ以上言い返せなくなってしまった。


伸子「みんな、ちょっと待って!」


たまらず、伸子が再び米本と愛宕たちの間に割って入る。


伸子「そんなに米本くんを責めないで。本人もやってないって言ってるじゃん」

愛宕「だけどよ、米本以外には考えらんねーぜ」

伸子「……あのね、みんなは信じられないかもしれないけど、あたしも米本くんの言うことはホントだと思うの」

牛島「は!? おめーも何言ってんだよ! 他人が米本のパソコン使ったら即バレるって言ったばっかだろうが!」

伸子「ううん、違うの。あるソフトを使って遠隔操作するの」

こうなったら本当のことを言うしかない。

牛島「ソフト…?」

伸子「うん。まだ推測の段階なんだけど……」

川間「ヘッ! なんだよ、事実じゃねーのかよ!」

伸子「ちょっと聞いて。実は、柴ちゃんも米本くんと同じような目に遭ってたの」

川間「何だって?」

梅郷「柴田もパソコンを他人にいじられたってのか?」

伸子「そうよ。今、彼はそのソフトについて調べてるわ。…ねぇ、ここは柴ちゃんを信じてみない?」

牛島や愛宕たちは返す言葉を必死に探していたが、結局何も出てこなかった。

そこへ、更に伸子が続ける。

伸子「考えてみてよ。今回の事件でいちばん頭にきてるのは誰? 柴ちゃんだよ? その柴ちゃんが、わずかな可能性からソフトの存在を調べてるのに、ウチらが朝からこんな言い合いしちゃダメじゃない?」

愛宕「まぁ……そうだけど」

米本「オレからも頼む。ウソは認めたくない」

牛島「……わかったよ。にわかには信じらんねーけど、どうやらウソじゃねぇってのは伝わってきたし」

愛宕「だ…だけどよ……」

牛島「柴田も似たようなことをされてるんだ。少し様子を見てもいいだろう。それに、オレらだってあいつがクビになって納得いかない気持ちは同じはずだ」

愛宕「う…うん、確かに……」

伸子「牛島くんの言う通りよ。あたしや米本くんも柴ちゃんがクビになって納得いかないもん。だから、こんな時こそ協力して彼の無実を晴らすべきだと思うの」

米本「あいつの無実を晴らすには証拠がいる。何かわかったら、すぐオレらに教えてほしい」

牛島「……うん、わかった。だけど、一つ気になることがある」

米本「何だ?」

牛島「メールにあった“証拠”ってのはどういうことだ? あれじゃ、まるでホントに柴田がクロみたいな言い回しだぞ」

米本「柴田は無実だ。そもそも“証拠”なんか存在するわけがない」

牛島「じゃあ、何であんな書き方したんだよ?」

米本「“証拠”を捏造したんだろう。羽村と笹倉課長がグルになって、柴田を会社から追い出すためにな」

牛島「……その裏付けはとれてるのか?」

伸子「それはまだなの。“今回の事件が柴ちゃんを陥れる罠ではないか?”っていう証拠は掴みかけてんだけど、二人の接点が見えてこなくて」

米本「だから、何かわかったら、どんな小さなことでもいいからオレらに教えてくれ。直接柴田に連絡しても構わん」

牛島「よ、よし、わかった」

川間「その代わり、そのソフトが実在しなかったら一生お前らと口聞かねーからな」

伸子「大丈夫。彼ならやってくれるよ」

米本「すまんが、よろしく頼む。じゃあ、そろそろ朝礼あるから戻らせてもらうよ」

伸子「牛島くん、ウチらも戻ろう」

牛島「うん」


伸子たちは解散し、それぞれのフロアへ戻っていった。


ひとまず、このことは朝礼が終わったら藤堂部長に報告しよう。


そんなことを考えながら、伸子は営業部へと足を進めていた。


――だが、それは不可能になってしまう。


エレベーターを降りた伸子と牛島を待ち構えていたのは、日に日に不気味な殺気を強めている笹倉課長だった。


伸子「お…おはようございます」

伸子は形だけの挨拶を交わしてさっさと自分のデスクへ行こうとした。

笹倉「待て、高根」

伸子は足を止めた。一応、上司の命令だからだ。しかし、牛島もつられて立ち止まってしまっていた。

笹倉は、不快そうに牛島を一瞥してから伸子を睨みつけた。

笹倉「牛島は席に戻っていい。高根だけ残れ」

牛島「……」

戸惑う牛島に、伸子は2~3回ほど軽く頷き、「大丈夫だから」と目で訴えた。

牛島もそれを理解し、深く頷き返すと、やはり心配そうに自分のデスクへと戻っていった。


エレベーターホールに残された、伸子と笹倉。


1秒1秒が、いつも以上に長く感じられる。


できるだけ目をあわせないようにしよう。


伸子は、笹倉の足元を見ていた。


笹倉「どこ見てんだよ」

ハッとして、伸子は顔を上げた。

笹倉「気に入らねぇ…何で目ェそらすんだ」

伸子「……いえ、別に」

笹倉「ケッ、ふざけてんじゃねーぞ。やっぱり柴田と同類なだけあって、クソだな」

伸子はその言葉に対しては反論しなかった。

他に言いたいことがあるのだ。わざわざ「柴田と同様にクソだ」と侮辱するためだけに待ち伏せしていたわけではあるまい。

そう感じたからこそ、いきなりここで反論してしまっては精神力の無駄遣いになってしまう。伸子は次の言葉を待った。


笹倉「人事部へ行ってたのか?」

伸子「……何故、わかったんですか?」

笹倉「あのメールを見たんだよ。米本ってのはお前の同期だろ?」

伸子「…はい」

笹倉「……まぁ、おおかた“同期を売るようなマネしやがって”なんつって抗議でもしたんだろう」

伸子「……」

伸子は、一瞬答えるのをためらった。

正直に答えると、例のソフトウェアに気づいたと思われるかもしれない。そうなったら面倒だ。証拠隠滅のために、また何か手を打ってくるかもしれない。

ここは適当にごまかそう。

伸子「まぁ、そんな――」

笹倉「あのよぉ、別にお前が人事に抗議しようがしまいが、んなこたどうだっていいんだよ。いいか、今回の件は事実なんだ。ヘタに蒸し返して羽村を追いつめるな」

伸子「あたしには事実だとは思えません」

笹倉「バカかお前? どう見ても事実だろう!」

伸子「本人が否定しています」

笹倉「さっさと認めねーからクビになったんだ。そんな往生際が悪いヤツの言い分など通ると思うか?」

伸子「そうやって、初めから彼を悪者だと決めつけてかかるのはどうかと思いますけど」

笹倉「何度言ったらわかるんだ! ヤツはクロなんだよ!」

伸子「違うと思います」

笹倉「……そんなに物分かりが悪いとは思わなかったぜ。教育し直さなきゃな、こりゃ」

伸子「それはすいませんでした」

笹倉「よし、じゃあ朝礼が終わったら2階の会議室まで来い」

伸子「何故ですか?」

笹倉「面談だよ。お前だけ特別に早くやってやるよ。教育も兼ねてな。早く済んだほうがいいだろ?」

伸子「課長、わざわざ早める必要はないんじゃ――」

笹倉「朝礼終了後に会議室だ! わかったな」

伸子の言葉を強引に遮り、自分の言いたいことだけを押しつけた笹倉は、さっさと自分の席へ戻っていった。


恐怖感と不安感が、一瞬にして伸子を襲った。


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