39.鉢合わせ
羽村佐知絵が向かう先は…?
マンションから佐知絵が出てきた。
ラフな格好ではあるが、「ちょっとそこのコンビニまで」といった様子ではない。純の直感がそう判断した。
――何だろう?
佐知絵はマンションを出ると、先程俊作が歩いていったのと同じ方向に歩き出した。
急いで俊作に電話。
俊作『えっ? マジ?』
電話の向こうから、抜けるようなトーンの高い声が返ってくる。
純「ああ。お前、今コンビニか?」
俊作『ああ。今パンを選んでる』
純「それじゃあ、そのまま羽村の様子を探ってくれないか? “ちょっとそこまで”って感じがしねーんだ」
俊作『誰かと会うのかな?』
純「たぶんな」
俊作『それなら、純も車でこっちまで来てくれると助かる。こっちに向かいながら羽村の後を追えるだろ』
純「そうだな。だけどそれは限界があるぞ。途中で追い抜かなきゃ怪しまれる」
ちなみに、佐知絵のマンションから俊作が向かおうとしているコンビニの距離はおよそ200メートルほど。途中に十字路や丁字路はなく、一本道となっている。
俊作「いや、コンビニまでたいした距離じゃねぇ。おまけにずっと一本道だから、追い抜いたとしてもバックミラーで羽村の姿を確認できるはずだ」
純『そうか。それだったら大丈夫そうだ。じゃ、そっちに行くよ』
電話を切ると、俊作は雑誌コーナーに立ち、週刊誌を手に取った。
雑誌を低めに構え、外から口元が見えないようにする。立ち読みするふりをしながら佐知絵が来るのを待つ。
5分も経たないうちに、佐知絵が携帯電話の画面を覗きながらコンビニの前を素通りしていった。
それを確認すると、俊作は何食わぬ顔で店を出た。
十分な距離をとりつつ、佐知絵の後を追う。
すると、佐知絵が通話をし始めた。
前方に向かって聴覚を研ぎ澄ませる俊作。
しかし、話し声が小さいのでよく聞き取れない。
すかさず、携帯電話型万能カメラを懐から取り出す俊作。カメラに付いている集音マイク機能を利用して佐知絵が話している内容を聞き取るのだ。
本体にイヤホンを接続し、マイクのスイッチをオンにする。
わずかなノイズと共に、佐知絵の声や足音がイヤホンから流れてくる。
彼女はどんな話をしているのだろう。
佐知絵『……はい。この先の公園ですね』
この先の公園?
やはり誰かと会うつもりなのだろうか。
佐知絵の10メートルほど先、俊作から見て左側には、確かに小さな公園がある。佐知絵が向かうとすればここだろう。
注意深く佐知絵の行動を見張る俊作。
公園に差し掛かった。
佐知絵の姿が道路の左側に消えた。
公園の中に入ったのだ。
俊作は小走りで公園のゲートまで近づくと、物陰から中を覗き込んだ。
いちばん奥にジャングルジムがある。
その更に奥、道路側とは反対側の壁に沿って佐知絵は立っていた。
その佐知絵と向かい合うように、一人の男が立っている。
黒のジーンズに黒のジャケット、黒のブーツ。
身なりからして若い男であることはすぐわかるが、着ているモノが黒ばかりで夜道では目につきにくい。更にその男は、黒のベースボールキャップを深く被りサングラスをしているので、口元以外はどんな顔つきなのかがよくわからない。
しかし、この男の正体を突き止める判断材料を何も顔だけに限定する必要はない。体格や仕草、声なども十分参考になる。
俊作は、万能カメラをオンにしたまま、公園内で身を隠せそうな場所を探した。
もう少し近寄ってあの男の特徴を捉えておきたい。それに、佐知絵はこの男にいったい何の用があるのだろうか。
しばらく見渡してみるも、適当な場所は見当たらない。
仕方ない。
目一杯、望遠機能を駆使して撮影しよう。
本体のズームボタンを押す。
わかりきっていたが、画像がかなり粗くなった。
それにあの男が全身を黒一色で固めていたら、余計に特徴がわかりにくくなるではないか。
……失敗したかな。
いや、辛うじて二人の話し声は録音できている。全く無駄というわけではない。
会話の内容に耳を傾ける俊作。
これまでは挨拶程度の会話しかしていない様子だったが……。
男『――ところで、約束の“アレ”は持って来てくれた?』
――「アレ」?
何のことだ?
佐知絵『はい』
言うと、佐知絵はバッグから茶封筒を取り出した。
中身が入っており、少し膨らんでいるのがわかる。
何だあれは?
大きさから推測すると、もしかしたら……。
茶封筒を受け取った男は、期待に満ちた目でその中に指を突っ込んだ。
次に指を引き上げた時、その指先は何やら長方形のモノを釣り上げていた。
それを見て、男が満面の笑みを浮かべる。帽子とサングラスで目元がわからないだけに、その口の大きさがかえって際立っている。
茶封筒の中身は現金だった。しかも、福沢諭吉がカメラで確認できるだけでも20人はいるだろう。
男『おぉー…ちょっと色つけてんじゃん』
佐知絵『ちょっと、独り占めしないでくださいよ。あなただけの報酬じゃないんですからね』
男『わかってるよ。ちゃんと渡しとくからさ。しかし、オレ一人分だけでも多くねぇ?』
佐知絵『ふふふ。ちょっとサービスしてくれたんですよ、あの人』
男『そうか。よっぽどあの男を会社から追い出せて嬉しかったんだな』
「あの男」――俊作のことか。
佐知絵『――でしょうね。いろいろ嫌がらせしてましたから』
男『無理矢理顧客を取り上げたうえに新規開拓を強制したり、合間を縫ってはイヤミや罵詈雑言で精神的に追い込むたぁご苦労なこった。そんで挙げ句の果てには――』
佐知絵『ちょっと。あんまりベラベラ喋らないでくださいよ。本人に聞かれたらどうするんですか』
もう既に一部聞かれているが……。
男『おっと。ごめんごめん』
男が後頭部をボリボリと掻く。
袖口から、シルバーの腕時計が顔を除かせた。文字盤が武骨な感じで、バンド部分に炎のような彫り物が施されている。確かあれは一昨年発売された限定モデルだったはず。実は俊作も買おうとしていた品だ。
男『――しかし、権力ってのは恐ろしいもんだねぇ。それでも会社から何の処分もされないのは、やっぱコネ入社のおかげなのかね』
佐知絵『それだけじゃないと思いますよ。あの人、何やら秘密道具みたいなモノを持ってますからね』
男『秘密道具? もしかして……』
佐知絵『そう。こないだも話したでしょう?』
男『あれか……あれを出されちゃかなわんよ』
話の流れから察するに、「あの人」とは笹倉のことだろう。そうなると、「秘密道具」は例のソフトウェアを指すということになってくる。
やはり、推測していた通り、俊作の発注書作成ミスや藤堂が見たメールは笹倉が仕組んだ罠だったのだろうか。いよいよその可能性が高くなってきた。
――!
人の気配を感じる。
後を追ってきた純が、車を降りてこちらに歩いてきたのか?
いや、違う。
近づいてくる足音が複数である。二人以上はいるだろう。
何者だ……?
「何やってんだ、そんなとこで」
この品のない声には聞き覚えがある。
黒野だ。
瀬高とジャッカル男もいる。
俊作「黒野…!」
「ちっ」と、俊作は舌打ちをした。
まさか見つかるとは。
黒野「おい、よーく見りゃあの柴田じゃねーかよ! 変態の柴田だァ!」
夜にもかかわらず、大声でバカ笑いする黒野。
ジャッカル男「この野郎、あん時の用心棒じゃねーか!」
黒野「用心棒?」
ジャッカル男「はい。鴨川の所にいたんすよ」
黒野「ほう……」
黒野はニヤリと薄ら笑いを浮かべた。
瀬高「フッ、まさか噂のセクハラリーマンがカフェの用心棒とはな」
黒野「笑っちまうよなァ!」
再びバカ笑い。今度は瀬高も一緒だ。
俊作「……うるせーなぁ、バカ笑いしやがって。少なくとも、てめーらのやってることよりはマシだと思うがな」
黒野「あ?」
俊作「暴力を以て周りの人間を抑えつける。いかなる意見や申し出も許可しねぇ。非人道的なやり方だぜ?」
黒野「“治安維持”って言ってもらいてーな」
俊作「フン、さしずめ“現代版芹沢鴨”ってとこだな、てめーは」
黒野「誰だよセリザワって!」
俊作「わかんなかったら中学生に戻って日本史を勉強し直してこいよ」
瀬高「何が言いてーんだ!」
俊作「人の痛みがわかんねぇ、きわめて頭の痛い野郎ってことだ。何の罪もねぇカフェのマスターをよくもやってくれたな」
瀬高「あれは向こうが悪いんだ。おとなしくしてりゃいいものを」
俊作「あの人が何をしたってんだ。てめーらがあの街ででけーツラしなけりゃいい話だろうが」
瀬高「この変態め、オレらにエラそうな口ききやがって!」
瀬高がずいっと一歩前へ出ようとするのを、黒野が制する。
黒野「まぁ待てよ。こいつには何を言っても通じねーぜ」
「それはこっちのセリフだ」と言いたい俊作。しかし黒野は間髪入れずに話し続ける。
黒野「おい柴田、何でオレらがお前を見つけられたと思う?」
俊作「…は?」
いきなり何を言い出すのだろう。
黒野「“は?”じゃねーよ。質問に答えろって」
俊作「……知るかよ、そんなの」
黒野「そうだよなぁ! わかるはずねーよなぁ! そもそも答える気はねーけどよ! ギャーッハッハッハ!!」
俊作は確信した。
こいつは相当な低能だ。
あのように質問することで「自分がいかにすごいか」をアピールしたがっているのがバレバレなのだ。
何故、自分が黒野たちに見つかったかぐらいはだいたい察しがつく。
迂闊にも、どこかでロック・ボトムの誰かに見張られており、その見張り役が黒野に連絡をしたのだろう。
……やれやれ。
「はぁ」とため息を吐き、俊作はふと公園内へ視線を移した。
俊作「……!?」
公園内には佐知絵の姿しかない。
もう一人の男はどこへ消えた?
黒野とのやり取りに気をとられているうちに逃げられたか。
くそっ、なんてこった。
佐知絵「黒野くーん、どうしたの……?」
佐知絵が何事かといった顔をしながらこちらへ歩いてくる。
想定外だ。
まさかこんな形で佐知絵と再会することになろうとは……。
BADな再会…!




