22.「RYU-JIN」 Again
再び「RYU-JIN」へ単身乗り込んだ純だが……
我が物顔で歩いてくる黒野。
佐知絵「あっ、黒野くぅーん!」
佐知絵も黒野に気づくと、他には目もくれずにそちらへ駆け寄った。
黒野「おぉ、来てたのか」
佐知絵「うん。今来たばっかりだけどね。それよりね、こないだ話した会社の友達連れて来たの!」
黒野「おっ、どこにいるんだ?」
佐知絵「こっちだよ!」
佐知絵は黒野の腕を引っ張りながらフロアへおりていった。
そんな佐知絵の顔を見て、純は思う。
まぁ、なんともイキイキした顔つきだこと。果たしてそれは本音からくるものなのだろうか?
真智子と梨乃がいる場所に戻った佐知絵は、黒野と横一例に並んだ。
佐知絵「紹介するね。あたしの彼氏で、黒野くん」
まずは真智子と梨乃に黒野を紹介する佐知絵。
この時、純は、黒野を初めて見た時の真智子と梨乃の表情を動画に収めた。
この2人が黒野に対してどのような印象を持つかを見たかったのだ。
カメラ越しに見える真智子と梨乃は、意外そうな顔をしていた。
それはほんの一瞬だけだったが、純には確かにそう見えた。
真智子「…どうも、末広です」
真智子が軽く会釈する。
黒野「おぉ。下の名前は?」
真智子「えっ?」
どこか馴れ馴れしい。
真智子も思わず聞き返した。
黒野「だから、“末広”何ていうのかなーって」
真智子「あ、あぁ、ま、真智子です」
黒野「真智子ちゃんかぁ。いい名前だ。……で、こっちの子は?」
梨乃が、背後から脅かされたように体をびくつかせる。
梨乃「あっ、あたしですか!?」
黒野「そうだよ」
梨乃「あっ、秋葉…梨乃です。よろしく……」
思い切り黒野を警戒している。よく観察すれば、真智子より梨乃のほうが黒野に対してあまり良い印象を抱いていないように見える。
黒野「そんなに恐がんなって。捕って食ったりしねーからさ」
黒野がニヤリと笑う。
梨乃「はい…」
梨乃にはどう映っただろうか。
純「……」
バーカウンターの男性が話していたことや真智子と梨乃の意外そうな態度から察するに、この黒野という男はもともと佐知絵が好むようなタイプではないようだ(“そもそもこんな偉そうな態度の男はモテないのでは?”なんてツッコミはさておき)。
佐知絵はどのようにして黒野と出会い、交際するまでに至ったのか。惚れたのはどちらか。告白したのはどちらか。次第に、その辺りを探りたい欲求にかられる純なのであった。
「黒野さん、ごちそうさまっす!」
話が一段落したところで、後輩らしき取り巻きの1人が、ビールの入ったプラスチック製のコップを左手に近寄ってきた。
黒野「おぉ。いいってことよ」
佐知絵「あら、お酒おごったの?」
黒野「おう。もうすぐバイト代がガッポリ入るからな! 今日は前祝いだ!」
黒野はバカに大きな声で笑った。
後輩「さすが黒野さんっすね!」
黒野「やっぱ人の上に立つ男はこうでなくちゃあな!」
誉められて、黒野は完全に得意気だ。
佐知絵「黒野くん」
突然、佐知絵が黒野を、話の輪から少し離れた所へ連れ出した。
純「む…?」
純は素早くマルチカメラを構えた。
佐知絵と黒野はピタリとくっつき、内緒話のように何やらこそこそと話をしている。
マルチカメラの高性能集音機能でも話し声を拾うことができるかどうか。
佐知絵「…バイトの………………今日…………らしいの……」
ダメか。
声が小さいのと周りの音楽で、断片的にしか聞き取れなかった。
しかし佐知絵は、「バイト」という言葉に反応していた。
黒野がちゃんとしたアルバイトをしているのであれば、わざわざ反応する必要などない。彼はいったいどんなアルバイトをしているのだろう。
次に純は、黒野の表情に注目してみた。
つい数分前から一転し、顔の至るところが曇っている。
純「あいつ、何を言われたんだ?」
黒野は、先程ビールの礼を言いに来た後輩に向かって、肩をいからせながらズカズカと歩いていった。後輩も何かと思い、ビールを持ったまま固まってしまった。
後輩「な、何すか?」
黒野「もうバイトのことは言うな」
後輩「え…? 急に何で……」
黒野「いいから言うな! 絶対にな。わかったな」
後輩「は…はい」
今度ははっきりと聞こえた。カメラもその声をしっかり拾った。
黒野は他人に言えないようなアルバイトをしている可能性が高い。
純「…ヤツのバイト先も調べてみるか」
純はカメラを作動させたまま、バーカウンターへおりていった。
カウンターの向こうでは、先日と同じ男性スタッフがドリンクを作っていた。
純「どうも」
男性「あぁ、こないだの。今日も来てくださるなんて光栄ですよ」
純「いやいや。オレ、クラブとか来るの嫌いじゃないっすから。あ、ジンジャーエールください」
男性「ありがとうございます。少々お待ちくださいね」
男性スタッフは少し照れながら軽く頭を下げると、ジンジャーエールを素早く作り、純に差し出した。純も「どうも」と、ニコリと微笑んでそれを受け取った。
純「しかし、こないだのうるさい連中もまた来てますね」
今度は苦笑いをする男性スタッフ。
男性「ええ。迷惑さえかけなきゃいいんですがねぇ」
純「まったくです。何とかならないもんですかね」
男性「難しいと思いますよ。ヘタにつつけば逆に力でねじ伏せられますから。先日も話したでしょう、原宿のクラブのこと」
純「あぁ、はいはい。あれもひどい話ですよね。秩序もへったくれもない」
男性「だから、このままにしておくのがいいんです」
純「うーん……」
純は、ジンジャーエールを一口飲んで考えた。
そして、そのコップを静かにテーブルの上に置いた。
純「…その、営業停止になった原宿のクラブですけど、何て名前の店なんすか?」
男性「“Harajuku 302(サンマルニ)”です」
純「そこのオーナー、今どこで何してんですか?」
男性「確か、道玄坂で知り合いの飲み屋を手伝ってるって聞きましたよ」
純「店の名前は?」
男性「“源”っていう店です」
純「え……?」
「源」だって?
純はこの名前に聞き覚えがあった。
この「源」という店、実は前に俊作が佐知絵と食事をしたダイニングバーの名前だったのだ。
何の因果だろうか。
普段、日常生活においてこのような偶然に出くわすことは少なからずあるだろう。
しかし、今の純にとってこの偶然は、事件との関連性を疑わずにはいられない。
再び「源」へ行こう。
いや、行かねばなるまい。
「源」というダイニングバーの名前は、純を一瞬にしてそう決断させた。
純「あの、その人の名前わかります?」
男性「名前ですか? 秋池さんっていう方ですけど」
純「空き地?」
男性「いえ、四季の“秋”に“池”と書いて“秋池”です」
純「詳しいっすね」
男性「いや、この話は渋谷・原宿界隈の同業者の間じゃ有名ですからね。だけど、お兄さんこそこの話に食い付きますよね。どうしてそこまで知りたがるんです?」
純「…何ででしょうね。あの連中が傍若無人な行いをしてるって知ったからかな」
男性「……なるほど、そうですか」
それだけ言って、男性スタッフはうつむき加減で小さく微笑んだ。純も、「フッ」と微笑み返した。
男性「では、ごゆっくり」
純「どうも」
純はドリンクを片手に、再びギャラリー用通路へと上がっていった。そして、再び黒野や佐知絵の観察に入った。
しかし、黒野と佐知絵は間もなく退店していってしまった。
このまま後を追うか?
いや、今日はやめておこう。深追いして気づかれたりしたら具合が悪い。
それよりも、今は「源」へ行こう。
秋池に会って、黒野とのトラブルについて詳しく話を聞くのだ。そうすれば、今回の事件につながる話も聞き出せるかもしれない。
純はカウンターの男性スタッフに「ごちそうさま」と一言告げると、その足で「源」へ向かった。
金髪頭の少年少女たちをかきわけて、坂から坂への小規模な移動。
小規模とはいえ、人が多いせいで移動に時間が少し余計にかかってしまう。
そして、渋谷は坂の多い街だと、つくづく感じさせられる。歩くだけで足腰が鍛えられそうだ。
そんなことを考えているうちに、純は「源」に到着した。
まさか、このような形で再度訪れることになろうとは。
ドアを開け、店内に入る。
「いらっしゃいませ」と、20代前半の女性店員が出迎える。
女性店員「何名様ですか?」
純「あ、1人です」
純はカウンター席に通された。
ノンアルコールカクテルとつまみを数品頼むと、タバコに火を点けながら、和風の匂いがする店内を見渡した。
カップルで来るにはいい感じの店だ。
ちなみに、先日純の聞き込みに応じた店員はいないようだ。
数分後、ドリンクを運んできた男性店員に純は秋池について尋ねてみることにした。
男性店員「えっ、秋池ですか? 確かにウチの店にいますけど…」
30歳前後の男性店員は、少し驚いた顔をして答えた。
男性店員「お知り合いか何かですか?」
純「ええ。ちょっとね。今日います?」
男性店員「すいません、今日は休みなんですよ」
純「そうですか…」
純は残念そうにうつむいた。
男性店員「何か用事でも…?」
純「あ、いや、ずーっと借りてたモノがあったもんだから、食事がてら返そうと思ってね。あ、明日は来ます?」
男性店員「え、ええ。来ると思いますよ」
こいつ、同僚のシフトをちゃんと把握しているのか?
慌てたような受け答えに、純は彼の、スタッフとしての資質に疑問を抱いた。
しかし、目的の人物がいないのであればどうすることもできない。
純はドリンクとつまみを空にすると、手早く会計を済ませて店を出た。
今日のところは引き返すとしよう。
純は、ジーンズのポケットに親指を引っかけるように突っ込んで歩き出した。
微妙ではあるが、冷たい風が吹き始めた。
……こりゃ、もしかしたら雨でも降るかもしれないな。
純の足は自然と速度を上げていた。
歩きながら、純は携帯電話から創にメールを打つ。
彼は創と繋がりのある情報屋に、事件のきっかけとなった夜の目撃証言(俊作が佐知絵にセクハラ行為をしていないという証明)を得るために「源」を探らせていた。
もしかしたら秋池の情報を仕入れているかもしれない。とりあえず聞いてみるか。
創にメールをしたのはそういった理由からである。
しばらく経って、創から返事が来た。
秋池は現在29歳。
「Harajuku 302」が営業停止になった後、知人の紹介で「源」の手伝いをしているらしい。
住所は渋谷区神宮前。つまり原宿に住んでいるというわけだ。
どうやら、それ以上詳しいことはわかっていないようだ。
純は、まだ秋池の顔を知らない。
『秋池の写メとかある?』
創に、そうメールを返信した。
約10分後、創から返事が来た。
『こんな顔らしいよ』
メール本文の後に男性の顔を隠し撮りした画像が添付されてきた。
純「こ…こいつは……!」
そこには、以前純が「源」へ聞き込みに行った際に応対した男性が写っていた。
この男が秋池だったのだ。
意外なつながり発覚!




