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21.新宿ディナー・見え始めた片鱗

佐知絵の聴取に失敗し呆然と立ち尽くす伸子を、遠くから見つめる男が2人ほどいた。


俊作と純である。

佐知絵を尾行するため、マグナムコンピュータ本社前で待ち伏せしていたのだ。


俊作「…ったく羽村のヤツ、いっちょまえに被害者ヅラしやがって。こないだクラブで見せてた顔とまるっきり正反対じゃねーか」

純「会社に来てからイヤな思い出がフラッシュバックすることもあんだろ。まぁ羽村の場合は芝居だろうがな」

俊作「よし、羽村佐知絵を追うぞ」

俊作は踵を返そうとした。

しかし純に肩を掴まれ、前に進むことができない。

俊作「何だよ?」

純「羽村ならオレ独りで追う」

俊作「あ? 何言ってんだよ。オレも行くって」

純「お前はここに残れ」

俊作「しかし――」

純は、俊作の肩を掴む手に2割ほど力を上乗せした。

俊作をじっと見据えて純が言う。

純「お前、彼女からのメールを返信してないらしいな」

俊作「! どうしてそれを?」

俊作が動揺する。

純「あの子が藤堂って人と話してんのを聞いた」

実は、伸子が給湯室で藤堂と話している時、純はその付近を掃除していたのだ。

純「ありゃお前のことかなり心配してんぞ。それなら、お前があの子の前に出ていって一言“オレは大丈夫だぜ”なんて言ってやるべきじゃない?」

俊作「う、うむ……」

純「とりあえず彼女を安心させてやれよ。もしかしたら、これをきっかけに愛が芽生えるかもしんねーぞ?」

そう言って純はいたずらに笑った。

俊作「バッ…バカなこと言ってんじゃねぇ!」

俊作が再び動揺する。今度は赤面のおまけつきだ。

純「とにかくだ。俊作はのぶちゃんと一緒にいろ」

俊作「“のぶちゃん”って!」

純「Do you understandわかった?」

俊作「わ、わかったよ…」

純「よし。ただし、声をかけるのは会社から離れた場所にしろよ。今話しかければ、笹倉に見つかる可能性がある。そうなったら彼女を足掛かりにこっちの動きがばれるかもしれねぇ」

俊作「ばれたら、調査が難航する――」

純「そうだ。気をつけろ」


「何かあったら連絡しろ」と言い残し、純は佐知絵の後を追った。


さて、どうやって伸子に声をかけるか。


俊作は考えながら、とぼとぼと駅へ向かう伸子の後に続いて歩き出した。


渋谷を出るまでは話しかけないほうがいいだろう。

確か、伸子は中野区で独り暮らしをしていたはずだ。

俊作自身は板橋区在住。



俊作「…よし」


俊作はジャケットのポケットから携帯電話を取り出した。

メール作成画面を開く。

宛先は伸子。


『返事遅くなってごめん。

オレは大丈夫だよ。


ところでいきなりなんだけど、今からメシでも食いに行かない?

腹減ったよ』


このようなメールを送った。


2分後、伸子から返信あり。


『ホントいきなりだね(笑)

いいよー(^O^)

どこで食べる?』


よし。


『新宿にしよう。東南口で待ち合わせしない?』

これに対し伸子は、

『了解!

着いたらメールするね!』


これで自然に伸子に会えるぞ。



およそ30分後、俊作と伸子は新宿駅東南口前にある大型スクリーンの真下でおち会った。


今日の伸子は髪をアップにしている。少しクールに見える。

俊作を見つけるなり、伸子はとびきりの笑顔で彼を迎え入れた。


俊作「よう」

伸子「…もぉ、“よう”じゃないってば。連絡もよこさないで何やってんのよ! 心配したんだよ?」

伸子は胸の内にたまっていたモヤモヤを一気に吐き出すかのように言った。しかし、それでも彼女の顔は心なしか嬉しそうに見えた。

俊作「あぁ、すまなかった。会社辞めたからヒマになったわけじゃないんだよ」

伸子「え? 何よ、それ?」

俊作「後で話すよ。それより早くメシ行こうぜ。腹減ってんだろ?」

伸子「……それはあなたでしょ、柴ちゃん」


俊作と伸子は、以前のように楽しくおしゃべりしながら歩き出した。


帰りのことを考え、駅に近いコジャレた定食屋に入ることにした。


伸子「……それで、柴田くんは会社辞めてから何してんの?」

さっき俊作が「後で話す」と言った話題を、伸子が再び持ち出した。

俊作「あぁ……」

俊作は、お冷やを一口飲んだ。

俊作「実はさ、事の真相を探ってんだよ」

伸子「えっ、マジで?」

少し伸子の声が大きくなる。

俊作「しっ! 声が大きい! 誰に聞かれるかわかんねーんだぞ」

伸子「あ、ごめん」

俊作「……オレの親友が探偵やっててな。そいつと組んで事件を追ってる」

伸子「へぇー、そうなのぉ。じゃあ、柴ちゃんも今は探偵さん?」

俊作「んー……まぁ、そういうことになるな」

伸子「すごいねー。ふふふっ」

伸子は子供っぽく笑った。

俊作「何で笑うんだよ?」

伸子「いやね、今の話聞いたらあたし、なんか嬉しくなっちゃったのよ」

俊作「へ? 嬉しい?」

俊作の声が、頭の上から抜けていった。

伸子「だって、いきなりクビだって言われて、あんなに激しい怒りを見せた柴田くんがこの3日間、なーんにも音沙汰なかったんだよ? それが“実は自ら反撃に出ることにしました”なんて聞いたら、嬉しくなっちゃうでしょ」

俊作「……まぁ、それもそうだな」

伸子「あたしもあの仕打ちは納得いかないの。柴ちゃんが何にもしてなかったら、あたしが会社を訴えちゃおうかって思ったぐらいよ」

俊作「…そうだったんだ。そいつは頼もしいな」

伸子「ちょっと、他人事みたいに言わないでよ。自分のことじゃん」

俊作「わかってる。そこまで思ってくれてたから、ちょっと驚いただけだよ」

伸子「もう……長い付き合いじゃない。柴ちゃんがセクハラなんてするような人じゃないってわかってるから心配だったのよ? あたしだけじゃなくて、藤堂部長も心配してたし」

俊作「藤堂さんも?」

伸子「うん。部長も今回のことを不審に思ってるよ」

俊作「そうか……」

伸子、米本、そして藤堂――。

みんなに迷惑をかけたのか。

俊作は、少しばかり罪の意識を感じた。

伸子「それに部長は、人事から呼び出されたみたい」

俊作「え? 何で?」

伸子「“自分の部署の社員が起こした不祥事”ってことらしいわ。“何らかの影響があるかもしれない”って言われたんだって」

俊作「マジ? じゃあ笹倉も同じように人事から呼び出されたのか?」

伸子「ううん。課長は呼び出されなかったみたい」

俊作「あぁ? 何だそれ?」

伸子「ね? おかしくない? 課長のほうが近くで柴ちゃんを見てるはずなのに」


俊作は考えた。


自分の“不祥事”を人事に報告したのも笹倉だった。

その報告もでたらめで、俊作にとって不利なものであったことは間違いない。


そして、笹倉だけがお咎めなし、という人事の対応。責任をとらせる順番が違うだろう。


この二つが、何か1本の糸でつながっているような気がしてきた。


笹倉は、人事部の誰かと関係している――?


こんな推論が、俊作の中に浮かび上がる。


そういえば、藤堂には以前俊作の顧客返還に協力してもらったことがある。笹倉からすれば面白くない。同時に、藤堂は俊作の味方だとみなしてしまうだろう。


それを踏まえれば、藤堂だけ人事から呼び出されたのも説明がつく。


俊作「…おそらく、人事にヤツの仲間がいるんだろうな」

伸子「あぁ……その可能性はあるね。それを割り出せば、一気に真相に近付けるかも」

俊作「そうだな」

伸子「でも、どうやってやるの?」

俊作「人事には米本がいるだろ? あいつにも協力してくれるよう頼んである。米本ならうまくやってくれるさ」

伸子「米本くんも?」

俊作「あぁ。あいつが人事部にいることが、こっちにとっちゃ好都合だぜ」

伸子「そうだね。情報収集しやすい所にいるんだもんね」


あぁ、と俊作が頷く。

伸子が水を飲む。


ちょうどそのタイミングで、俊作と伸子の注文した料理が同時に運ばれてきた。


俊作「…さて、食うか!」

待ちかねたのか、俊作の顔が幸せそうな色に一瞬で染まった。


伸子「うん! いただきまぁーす!」

伸子も給食を目の前にした小学生のように無邪気な笑顔を浮かべた。



羽村佐知絵は、末広真智子と秋葉梨乃を連れてクラブ「RYU-JIN」へ入っていった。


つかず離れずの距離でその後を追う純。

ここに来るまで、彼女たちが話したことは全て録音している。


会社を急に休んで迷惑をかけたので、そのお詫びに佐知絵が真智子と梨乃を連れて来たらしい。チケットとドリンクの料金は佐知絵のおごりである。


そういえば、彼女は先日黒野にそんなこと言っていたな。

――ということは、当然事件のことが話題に上る可能性が高い。


純は、サングラスの位置を直した。


佐知絵たちがバーカウンターに立つ。

ドリンクを注文している隙に、純はサッとギャラリー専用通路へと駆け上がる。


ざっと、フロア全体を見回してみる。


客の入りは前回来た時より気持ち多めか。SFテイストな黄色いレンズのサングラスをした青年がターンテーブルを自在に操っている。その前で、好きに踊ってみたり、足でリズムをとってみたり、客が各々のやり方で楽しんでいる。


黒野はまだ来ていなかった。これは来るまで待つしかない。


純は、タバコに火をつけた。

ふぅ、と一息ついてから、再度フロアを見下ろした。


佐知絵たちがフロアへおりてきた。さりげなく録音の準備をする純。


梨乃「ホントにおごってもらっちゃっていいの?」

佐知絵「いいよ! 2人には心配かけちゃったし」

真智子「そんな、心配だなんて…。気にしないでいいのよ」

梨乃「あたしが電話しても出なかったのはさすがに心配したけど、元気になってよかったよ」


純「電話…?」

そういえば、前に梨乃を尾行した時、彼女は途中で電話をしていた。


もしかしたら、梨乃は佐知絵の身を案じて電話をかけたのかもしれない。

純「……わりと友達思いなのかもしんねぇな、秋葉梨乃って子は」


真智子「その点に関してはあたしも心配だった」

佐知絵「ごめんね、2人とも」

梨乃「ホントだよぉ」

真智子「もぉ、梨乃が心配性なのわかってるでしょ? もう心配かけちゃあダメよ!」

佐知絵「……うん」

佐知絵は小さく頷いた。

真智子「…まぁいいわ。今日は楽しもうよ! 梨乃もいいよね?」

梨乃「うん!」

梨乃の顔が、まるで霧が晴れたように明るくなった。


純は思う。


もし、これが佐知絵の策略(計画したのは彼女だけではないが)だとわかったら、真智子と梨乃はどう思うだろう。佐知絵は、自分を心配してくれている同期の友人を騙していることに気づいているのか。そういう後ろめたさがまったくないのなら、いよいよこの女は「どうしようもないカス」だ。


そんな考え事をしていると、大音量で騒ぐ男の声が入り口のほうから響いてきた。


この下品な騒ぎ方は、あの男しかいない。


黒野だ。

何日かぶりに再会した俊作と伸子。

一方、純は再びクラブ「RYU-JIN」へと向かう。

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