23.想定外の空振り
目撃者とされる人物、秋池は意外にもちかくにいた…!
まさか、あの男が秋池だったとは。
秋池は純の聞き込みに対し、「何も覚えていない」と答えた。それも事務的というか、何かカンニングペーパーでも読んでいるかのようにだ。
あんな態度では、その言動をどうしても不審に思ってしまう。
それに秋池は黒野とトラブルになっている。
ただの偶然だろうか?
何か、これらが何か一つの糸で繋がっているような気がする。
いや、職業柄これは疑わなければならないだろう。
純は、すかさず俊作に携帯電話からメールを送った。
『お楽しみのところすまないが、至急事務所に戻ってくれ!』
俊作「至急事務所に戻れって、何かあったのか?」
伸子との食事の最中、俊作は自分の携帯電話とにらめっこをしていた。
伸子「どうかしたの?」
俊作「うん…至急事務所に戻れってさ」
伸子「ホントに? 何かあったのかな?」
俊作「たぶんな。だからそろそろ行かないと」
伸子「…そうだね」
伸子は残念そうに言った。
俊作「また今度、ゆっくりメシ食おうぜ」
伸子「うん…」
2人は会計を済ませ、店を出た。
新宿駅を目指して歩く俊作と伸子。
ここで俊作は、伸子の口数が少なくなっていることに気づく。
俊作「どうした? さっきから黙ったままだけど……」
伸子「え? どうもしないよ?」
どこか動揺しているような感じだ。
俊作「……そうか」
伸子「……」
そうこうしているうちに、新宿駅の東南口が見えてきた。
やはり伸子は口数が少ない。もともとおしゃべりなほうではないが、ここまで静かだとどうしても気になってしまう。
俊作「なぁ、やっぱりのぶちゃんさっきから変だぞ。どうしたんだよ?」
伸子は言い辛そうにしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
伸子「…柴ちゃん、あたしも一緒に行っていい?」
俊作「え? 事務所にか?」
意外な発言に、俊作は目を丸くする。
伸子「…うん」
俊作「でも、事務所は板橋だし、のぶちゃんはかなり遠回りになるぞ?」
伸子「わかってる。だけど柴ちゃんの力になりたいの」
俊作「……」
伸子「笹倉課長は邪魔者がいなくなったとばかりにイキイキしてるし、末広さんや秋葉さんは羽村さんの言うことを信じてるのよ。何で柴ちゃんがそんな扱い受けなきゃいけないわけ?」
俊作「そりゃこっちが聞きてーよ。この事件でいちばんムカついてんのはオレなんだぜ」
伸子「あ、そうか。でも、腹が立ってるのは柴ちゃんだけじゃないからね!」
不意に、俊作はニコリと微笑んだ。
俊作「ありがとうよ、のぶちゃん」
伸子「え……?」
俊作「でも、わざわざ今すぐ事務所に来なくてもオレらを手伝うことはできる」
伸子「何をすればいいの? 課長や羽村さんの様子を探るのかな?」
俊作「それもそうなんだけど……のぶちゃんには今日みたいに時々こうやってメシにつきあってほしいんだ」
伸子「…え?」
俊作「今日、3日ぶりにのぶちゃんの顔を見たら、なんだか安心してね。だから、時々一緒にメシでも行けたらなぁーって。それにたまには息抜きも必要だしな」
伸子は「プッ」と吹き出した。
伸子「なぁに、そんなこと? 別に改めて言わなくてもいいじゃん! ご飯ならいつでもつきあうよぉ!」
俊作「そうか! あはは!」
伸子「柴ちゃんったら変なのぉ〜。でも、事件のほうも手伝わせてもらうからね!」
俊作「あぁ、わかった。何かあったら事務所へ来るといい」
伸子「うん! 何かあったら連絡するね!」
山手線の池袋・上野方面行き電車に乗り込む俊作を見送ると、伸子もホームの反対側に滑り込んできた中央線各駅停車の三鷹行きに乗ろうとした。
その時、背後から伸子に声をかけてくる者がいた。
会田だった。
ビックリして足を止める伸子。
伸子「会田さん、こんな所で何やってるんですか?」
会田「学生時代の友達と西新宿で飲む約束をしててね。今から向かうんだ」
伸子「それにしてはちょっと遅くないですか?」
会田「あぁ、そいつ今仕事が終わったみたいで。だからこんな時間になっちゃったってわけ」
伸子「そうなんですか〜…」
ホームに発車ベルとアナウンスが流れる。
伸子「あっ、すいません、そろそろ電車出ちゃうんで行きますね!」
会田「あぁ、じゃあまた明日」
伸子「はい! お疲れ様です!」
伸子は急いで電車に飛び乗った。
会田が軽く手を振ると同時に電車が動き出す。伸子も軽く会釈して応える。
会田「……」
ある程度電車がホームから離れていくのを見送ってから、会田は地下通路へ続く階段を降りていった。
事務所に戻った俊作は、純から調査報告を受けていた。
俊作「なるほど、てめぇの店ェ営業停止に追い込まれたクラブのオーナーがあの店でね……。しかも、やったのはあの黒野って野郎か」
純「それに聞き込みでのあの態度…っつっても、お前は見てないがな。なーんか臭いと思うんだよな」
俊作「そうだな。何らかの関連性はありそうだ。さっそくその秋池ってのを調べてみる必要があるな」
純「あぁ。ちなみに今のところわかってんのは、ヤツが29歳ってことと原宿在住だってことだけだ」
俊作「うーん…まだ情報が足りねーな」
純「あぁ。すまないが、俊作は黒野と秋池の周辺を洗ってくれ。オレは引き続き社内の様子を探る。でも、夕方からだったら手を貸すよ」
俊作「わかった」
純は、タバコに火をつけた。
純「そーいやさ、ふと気になったんだけど、お前が羽村佐知絵と“源”に行った時、どっちから“あの店に行こう”って言ったか覚えてるか?」
俊作「え……あ、確か彼女のほうからだったな」
純「確かか?」
俊作「あぁ。オレは“源”なんて店は知らなかったし……あ、これってもしかして――」
俊作が何かに気づいて純の顔を見る。
純「羽村佐知絵に何らかの意図があってあの店へお前を連れて行った可能性があるぞ。“たまたま知ってる店が近くにあるからそこを選んだ”ように見せかけてるけど、何か裏があるかもしれない。それを念頭において調査に臨むんだ」
俊作「そうだな。…あ、秋池の顔写真か何かあるか? ターゲットの顔がわからなくちゃあ、調査に出ても意味がねぇ」
俊作は、まだ秋池の顔を知らなかった(…というより、もしかしたら見た顔かもしれないが名前と一致しないだけだといったほうが正確のような気もするが)。
純「ロッキーから送ってもらった写メがあるよ」
純は、秋池の画像を俊作の携帯電話にメールで送信した。
その画像とにらめっこをしながら俊作が言う。
俊作「あぁー……確かにこんなヤツがいたなぁ。こいつならオレと羽村のやりとりを見てるかもしれない」
純「だとしたら、“あの日のことは何も覚えてない”って言い張るのはおかしくなってくるよな?」
俊作「そうだな。何か言えないわけでもあるのかねぇ」
純「そう考えるのが妥当だろう。あと、黒野が言ってた“バイト”ってのも気になる。普通の仕事じゃねぇと思うんだ」
俊作「よし、その辺ちゃんと聞き出してくるか」
純「頼むぞ。それと、わかってると思うけど、これからは敵と接触する可能性が高くなってくるだろう。無闇にケンカを仕掛けんなよ」
俊作「わかってるよ。ガキじゃねーんだ。無用な戦闘は避けるさ」
純「Good! それでこそ大人の俊作だ」
俊作「…ふん。あぁ、それからな、高根さん……のぶちゃんも協力してくれるってよ」
純「…今、何で“のぶちゃん”って言い直した?」
俊作「…別に答える必要はねーだろ」
純「そうか、オレも気兼ねなく友達になることを許可するってんだな? いやー、よかった。勝手に話しかけたりしたら俊作に怒られそうだもんなぁ」
俊作「うるせーな! 協力者が増えたんだぞ! 素直に喜べよ!」
純「はっはっはっ! I know,I know! わかってるって! 彼女はどう動くって言ってる?」
俊作「いや、たぶん羽村の様子を探るんじゃないか?」
純「あ、そう……」
純は、半分以下の長さになったタバコの煙を吐き出した。
純「まぁいいや。明日直接会って話してみるよ、“のぶちゃん”に」
俊作「“のぶちゃん”だけ語調を強めんなよ」
純「はっはっはっ! いいじゃないの!」
俊作「……」
翌日、株式会社マグナムコンピュータ3階・人事部前。
藤堂営業部長は、人事部長の大成に会うためここを訪れていた。
昨日、藤堂は「柴田俊作の解雇に関して不明な点がいくつかある故、早急な回答を願う」といった旨のメールを大成人事部長に送った。
しかし、一晩明けた今でも一向に返事がない。
返事が来ないのであれば直接聞きに行くべし。
藤堂が人事部を訪ねたのはそういった理由だった。
人事部のフロアへやって来た藤堂にいちばん早く気づいたのは米本だった。
米本「藤堂営業部長!」
藤堂「ん…あぁ、米本くんか」
米本は足音をたてずに藤堂のもとへ駆け寄った。
米本「聞きましたよ! ウチの部長に柴田のことで抗議のメールを送り付けたそうじゃないですか」
藤堂はビックリして目を丸くした。
藤堂「えっ? 何でそれを知ってるんだ?」
米本「昨夜、高根さんがケータイのメールで教えてくれたんですよ」
藤堂「そうか、キミと高根さんは同期なんだよな」
米本「はい。ボクらは柴田の同期として、今回の事件は納得がいきません。だからあいつの無実を晴らしてやりたいんです」
藤堂「それはオレも同じだ。みんなで協力して柴田の無実を証明しよう」
米本「藤堂部長……」
藤堂「ところで、大成さんはいるかな? そのメールの件で用事があるんだ」
米本「はい。いますけど、何かあったんですか?」
藤堂「まぁな。ありがとう」
藤堂は足早に大成人事部長のデスクへと向かった。
フロアのいちばん奥にあるデスクで、狸のような外見の中年男性が書類に目を通している。
この中年男性が大成である。
藤堂「大成さん」
藤堂が名前を呼ぶと、何だろうといった感じで大成が顔を上げる。
大成「おぉっ、これは藤堂さん」
体格に似合わず低音のきいた声だ。
しかし、少し驚いたようなリアクションだ。藤堂がなぜ、ここを訪れたのかわかっているのだろうか。
大成「藤堂さんが自分からここへ来るなんて珍しいですね。どうしたんですか?」
まさか、本当に知らない……?
藤堂「い、いや、どうしたって、メールの件ですよ」
大成「メール……?」
大成がぽかんとした顔をしている。
藤堂「ほら、柴田のことでメールしたじゃないですか」
大成「柴田…? こないだ解雇した営業部の柴田ですか?」
藤堂「そうです」
メールボックスを確認しながら、大成が言う。
大成「…いや、そのようなメールは来てませんよ」
藤堂「え……?」
メールが来ていない?
藤堂は一瞬、思考回路がフリーズした。
おかしい。
確かに送信したはず。
藤堂「あっ、あの…ホントに来てないんですか?」
大成「ええ。いつ頃送られました?」
藤堂「昨日ですが」
大成は再度、自分のメールボックスを確認した。
大成「うーん……やっぱり来てないですねぇ」
……そんなバカな。
藤堂の思考回路も、再度フリーズしていた。
更に、大成人事部長の言葉が藤堂に追い討ちをかける。
大成「でも、仮にメールが来ていたところで結果は同じだと思いますよ」
藤堂「は?」
大成「だいたい予想はつきます。“柴田の解雇を取り消せ”という内容で送られたんでしょう?」
藤堂「ええ、そうです」
大成「それは無理ですよ。既に決まったことですし、そもそも証拠まであがっているんですから。それとも、柴田の無実を証明するものが何かあるんですか?」
藤堂「いや、それはないんですけど……」
大成「うーん……残念ですが、それなら柴田の解雇は取り消せないですね……」
この時は何故か、これ以上藤堂の思考回路が働くことはなかった。
彼は、大人しく営業部へ戻るしかなかった。
メール届かず!
送信ミスか?




